第5話

 ここから先、ガナルの実力を全員に見せるまではM×Mに戻る事はない。途中途中休憩は挟むし、近場の村や町で準備を整えはするが殆ど一直線に西へ向かう。全て今日一日で終わらせるつもりだ。

 三十時間あるこの世界での正午がやってくる一時間前、腹が空きはじめた頃に旧坑道へ辿り着いた。かなり大きな坑道で入口付近の平地には幾つか建物もある。だが全て廃墟と化していた。

 かつてはここ近辺で一番の採掘場だった。だが十年前に魔物が出現、大量虐殺を経て閉鎖されガナルのような腕っ節のある人間以外、立ち入りを禁止されている。

「ここにある鉱石が欲しいらしい。広いとは言え身動きはとりづらい。危険が及んでも各自で対処してくれ」

 ダンジィを先に行かし、他四人は後ろに続いた。ランによる光魔法で照らされた内部は陰鬱としており、魔族の気配が充満しきっている。

「ここじゃあ鼻も効かないわね」

 ヒューラが不快そうに鼻を押さえつつ呟いた。気配も臭いも染み付いているせいでどこに何がいるのか全く分からない、そりゃあ実力のある人間以外は食い殺されて終わりだ。

 かなり進み、ぴちゃんぴちゃんと滴り落ちる水滴の音が近づいてきた。どこからか漏れているらしく、幾つかある。然しそこで彼が立ち止まった。

 一筋、充満するなかで一筋濃い気配がある。感じ取れたのはダンジィとガナルだけだ。

「ドラゴン族」

 彼が低く呟く。それに二人以外は驚いた。

「ぜんっぜん気配感じないんだけどお」

 マジャルはレッドドラゴンを殺しその死体を所有している。それに霊魂の証は他の同族を感知する能力があり、誰よりも先に気づいていなければおかしい。幾ら充満していても、霊魂の証による感知はそれらをものともしない。

 いつもの調子で両手を広げたが、内心はかなり焦っている。証が能力を失ったと考えるより、ここにいるドラゴンがレッドドラゴン以上の強者だと考える方が妥当だ。

 そんな奴を、ダンジィの実力を示す相手として選んだのか? 今までの流れ的にワンランク下の魔族だろう、だとすれば彼の実力は……。

「竜殺しのバーサーカーって、まさか君のこと」

 ランが口を開く。三つの眼で彼の背中を見た。

「見てれば分かる」

 そう答えると膝を折り、一気に前に出た。後を追いかける。そこには巨大な空洞が広がっていた。

「地下闘技場みたいね」

 ただの空洞ではなくきちんと造られた空間だった。ここが栄えていたのはそういう理由だ、そして大量虐殺があったのも。

「インフェル、レッドドラゴンの上位種だな」

 軽く腕を組む。地下闘技場の中心には丸まって眠っているドラゴンがおり、赤黒い鱗を全身に纏っていた。ガナルの発言に「だからか」とマジャルは溜息を吐いた。レッドドラゴンの上位種は殆ど幻獣と変わらない。

 ダンジィが上空から先制攻撃をしかける。脳天を狙って。然し一瞬尻尾のようなものが払うように動いた。

 一つ遅れてぶわりと風圧がやってくる。ガナルは一切動じなかったが、他の三人は一歩退いた。

 彼はいつの間にか地面に足をつけており、四つの拳を構えていた。ハーフタイタンとは言え純血に比べれば耐久値は低い。それに起き上がったドラゴンを引っ掴める程の体格もない。

「でっか⋯⋯」

 レッドドラゴンでさえかなりの大きさだ。然しインフェルは一回り程デカい。地下闘技場もそれなりの広さだが圧迫感を覚える、人間からすれば大きい彼もインフェルの前では大差がない。

 お互いに睨み合った。張り詰めた空気が染み渡り、観戦している彼らも無意識に身体を強ばらせた。

 その時、どくんっとダンジィを中心に心臓の鼓動のような音が響き渡った。反響し大きくなる。インフェルが身体を低くして唸り始めた。

 もう一つ、どくんっと強く波打つ。刹那、インフェルの火炎が彼の頬を掠り、ダンジィの拳がドラゴンの頬の下辺りに触れた。口から火炎を吐く前に避けながら拳を振るっており、一秒差で彼が攻撃を当てたことになる。

 だがその程度では怯まない。インフェルは彼を睨みつけたまま空中に幾つもの炎を展開、刃の形になると一切の猶予も与えずに猛スピードで刺しにいった。

 一瞬終わったかと思ったが、彼は瞬間的に移動していた。翼の骨部分を右側の手で掴んだ状態で現れ、インフェルは長い首を動かして唸りながら振り向いた。翼を大きくはためかせる、その前に。

 どくん。また一つなった瞬間、翼の根元辺りから血が噴き出すのと、ドラゴンの断末魔が耳を刺すのは同時だった。ガナル以外はその破裂する程の声に耳を塞いで耐えた。

「⋯⋯インフェル程度じゃ一瞬か」

 彼女の言葉に呼応するように、ダンジィは引き抜いた翼の神経を放り投げた。そうして怒り狂ったインフェルの怒涛の攻撃を避け、またどくんっと音を鳴らした。

 本気になったドラゴンが口内に高温の火炎を纏いながら突っ込んできた。その速度も限界まで開かれ斜めに傾いた口も絶望しかない。

 然し口内にダンジィが吸い込まれた瞬間時が止まる。よく見ると左側の腕を喉奥に突っ込んでおり、右側の手で器用に上下の顎を掴んでいた。

 どくんっと鼓動が響き渡った時、大量の血が噴水のように飛び出した。それは丁度彼の手がある喉奥の部分で、鱗の間から絶え間なく噴き出してくる。

「普通素手で壊すかよ、心臓」

 マジャルが呆れたように言う。ドラゴンは喉奥か胸のどちらかにあり、インフェルのような高火力の魔法を上体で使うタイプは喉奥に心臓がある。ダンジィの場合はそれを握りつぶしたので、心臓と繋がっている筋肉も引っ張られ首から血を流す形になった。

 どしんっと身体から力が抜け、最後に彼が手を離すと血溜まりのなかに項垂れた。軽く左腕を振る。ぴちゃっと幾つか飛んだ。

 拍手が轟く。少し籠ったそれはガナルのもので、表情は満足げだった。

「流石は竜殺しのバーサーカーだな。ルーラがあんたを選ばない理由はない」

 竜殺しのバーサーカーはその異名と存在、そして伝説だけが語られている。誰も姿は知らないし種族も性別も不明だ。初めから知っていたかのような口ぶりに「私そんな人に⋯⋯」というヒューラの独り言が聞こえた。

「もう最近はやってない。久々だから少し苦戦した」

 当たり前の調子で自身の手を握る。それにマジャルは呆れたように眼をぐるりとした。

「レッドドラゴン如きでイキってたのバカみたい。やる気なくすわあ」

 とはいえネクロマンサーでドラゴンの死体を所有出来るのは少数だ。士気が下がるのもよろしくないので、ガナルが慣れないフォローを入れようと振り向いた。

 刹那、ランが本を開き、マジャルが杖を振りかざし、ヒューラが矢を引いた。

 ランの防壁にガナルは視線をやる。眼前で透明な壁にぶつかる魔物を冷たく見た。

 マジャルの幾千もの棘と遠くまで貫き通すヒューラの矢が放たれ、坑道から迫ってきていた魔物達が一瞬にして吹き飛んだ。

「インフェルが居なくなって騒ぎだしたか」

 防壁をそのまま光魔法に転用する。白き太陽神の力をもろに食らった魔物達は弾け、跡形もなく消え去った。ガナルは柄を掴み、広い地下闘技場のなかに踏み入る。

「この際だ。ラン、あんたの実力も見せろ。相当な数がいる」

 坑道側はエルフの二人で十分すぎるが何せ物量が凄まじい。充満し続けていた濃厚な気配は全てそいつらのものだろう、なだれ込んでくる魔物に対し、ランは本のページを捲ったあと両腕を開いた。

「白き太陽神様、お恵みを」

 眼を瞑る事はない。ジャブ程度の力だ。

 彼の足下を中心に白い魔法陣が花開き、一気に地下闘技場の地面を覆い尽くした。そしてなだれ込んできた魔物達に対し、魔法陣から光の柱が吹き上がった。勿論ダンジィとガナルに影響はない。

「っ⋯⋯凄まじい力ね」

 背中に圧を受け、一歩前に出た。ダークエルフにとって光魔法は対極にあるもの、嫌味を言う余裕もなく、爆風に抗うようにして矢を構えた。

「キリがねえよ。一気に坑道埋めちゃうか」

 マジャルが舌打ち混じりに言う。ヒューラもそれには同意した。

 黒魔法から召喚魔法に切り替える。死臭が鼻を掠る、ヒューラはそれに腕で口元を覆った。

「ハイゾンビ」

 低く呟く。するとどこからともなく動き回る死体が現れ、凌駕する程の物量で押し始めた。その数はざっと見ても千は行っている。狭い坑道のなかではもはや蠢く死肉の塊でしかない。

「どれだけ墓荒らしをすればこれだけの数を集められるのかしら」

 しかもマジャルが召喚したのはハイエンドゾンビ。一般人ではない、ガナル達ジョブと呼ばれる人間達の死体だ。

 しんっと静まり返る。地下闘技場の方もランの一掃によって消えていた。

 だが誰も彼も身構えたままだ。まだ気配が、強い気配が充満している。

「ランクの高い奴がいるな」

 じゃらりと鎖が鳴る。どのぐらいの奴か、どの辺りの奴か、大体の検討はついているようだった。然しどこにいるのかは分からない。その時、ランがふっと動いた。

 ガナルの視界に彼の白いマントが舞う。視線を下にやった。

 ランは彼女の足元に右の掌をつけ、短く「散れ」と命令した。瞬間、掌から逃げるようにして地面から黒い泥のようなものが這い出てきた。

「トリック系の奴だったか。あたしでも怪我をしていたかもしれん」

 本を片手に持ったまま腰をあげる。軽く掌をズボンで拭った。

「あの手の魔物は光魔法以外では感知できませんからね」

 飛び出してきた魔物はむくむくと空中で膨れ上がり、人のような形を保った。眼と口の辺りがぽっかりと白く空いており、よく見ると腹の部分に核らしきものが浮いていた。

「シャーマンでないと倒せない魔物だな。ダンジィ、ここは退くぞ」

 奴以外の気配はなくなった。坑道側はマジャルの召喚したゾンビ達によって一掃されており、またヒューラの弾の効果で残っていた魔族の気配も全て消えていた。斧を背中に戻しつつ身を退く。

 二人が離れたのを一瞥するとランは余裕を持って本のページを捲った。

「魔法防壁」

 ぼそりと呟く。白魔法である魔法に対する防壁が展開された。

「浮遊」

 次に数センチだが身を浮かせる白魔法を告げる。彼の足元に風が通った瞬間、地下闘技場の地面全てが漆黒に変わった。ガナルのつま先近くまで侵食する。

 ニール、それが魔物の呼び名だ。そこまでレベルは高くないがかなり独特な存在であり、白魔法、光魔法以外は通用しない。もし彼がいなければ、幻獣討伐が出来るスレイヤーでも逃げるしか選択肢はない。

 彼が右手を軽くあげた瞬間、風が吹き荒れ天井に大きな魔法陣が現れた。それに対抗するようにニールは奇声をあげる。すると共鳴した地面の漆黒が唸りはじめ、ランに向かって一気に集まりだした。

 幾ら魔法防壁をかけていても魔力の塊であるニールの攻撃には耐えられない。勿論それはランであっても同じ、削られていく音を耳に魔物を見ながら右手を下げた。

 ぱりんっと防壁が弾け飛ぶのと魔法陣がプレス機のように下りるのは同時だった。ランに攻撃が当たる直前に魔法陣がニールを押し潰し、そのまま漆黒の地面に吸い込まれるようにして消えた。無論彼だけはすり抜けている。

 静まり返る地下闘技場内。ややあってぶくぶくぶくと波打ちはじめ、沸騰したように激しく動くと徐々に消えていった。それを合図にぱたりと本の閉じられる音が響く。

「ニールを魔法陣だけで潰すとか⋯⋯」

 呆れて嫌味の一つも浮かばなくなったヒューラに、同じ魔法使いであるマジャルは苦笑しか出なかった。全てが消え去った地下闘技場の中心でランは一つ欠伸をもらした。

 予定になかったニールの登場で彼の実力は明らかになった。その為依頼として受けていたものはガナルの独断で破棄、最後に彼女自身の力を示す事になった。

「別に寒くないわよ紳士ぶったところで貴方がバーサーカーな事は」

 地下洞窟にある極寒の地、ザリ・ヤァン古代遺跡場、そこに巣食う幻獣と同等のドラゴンを前に柄を掴む。クリスタルなのか氷なのか区別がつかない程の世界で白い息を吐き、ゆっくりと外した。

 ランとマジャルがそれぞれの魔法で暖を取る横で、ヒューラはごちゃごちゃと嫌味を言いながらもダンジィの腕にひっついていた。

「なあ、なんか懐いてない?」

 こそっと言うもランはどうでも良さげに無視をした。

「はじまりますよ」

 ドラゴンが起き上がり、斧の先が地面につく。翼のない地竜と呼ばれるタイプで、蜘蛛のように計六本の腕がある。素早く力強く、何百何千と生き抜いてきた実績がその威風堂々とした佇まいにあった。

 だが幻獣を相手に出来るスレイヤーにとって、同等とはいえ所詮それ以下でしかないドラゴンは脅威ではない。特にこのタイプの、物理で殴りあってくる奴は。

 咆哮と共に飛び出してきたドラゴンに対し、ガナルは跳び上がった。かと思えば空中で腕力だけで斧を投げる。自重も相俟ってその速度は桁違いだ。

 二つ共ドラゴンの首元にヒット。切れ味と重さ、そして彼女が投げた分の力が加わりすぱんっと斬られた。

 口を開けた状態で飛び上がるドラゴンの頭。身体が力を失ったあと、ガナルは楽々と着地した。頭は綺麗なクリスタルのうえで跳ねてから転がった。じわじわと血が流れ出す。

 ぴちゃりと血を踏みながら斧を回収する。刃はダイヤモンドよりも硬いクリスタルに突き刺さっており、そこを中心にひび割れていた。

 振り返ると彼らは唖然としていた。それもそのはず、ガナルが一瞬で殺したドラゴンはインフェルよりも上、数ある強者のなかでも更に上を行く存在だ。

 マジャルが所有するレッドドラゴンでさえ危険度はMAXを超えており、それの上位互換であるインフェルはもはやヒューマンやエルフなどの種族では相手に出来ない。だが彼女はヒューマンだ。ただのスレイヤーであり、歳もそこまで若くはない。

 斧を背に戻し、白い息を吐きながら通り過ぎる。

「冷えてきた。M×Mに戻るぞ」

 軽く腕を擦り、「さむっ」と呟いた。

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