第4話

 森の神殿は本来の姿を取り戻した。屋根の修理や魔獣によって枯れた草花などは、白き太陽神の使者軍団が自費で修復する予定であり、代表の一人が彼女らに対して感謝の言葉を告げた。

「あたしはトドメを刺しただけだ。主にやったのはこのエルフだ」

 ランと同じように白い礼服に身を包んだ男に、ガナルは素直にマジャルの背中を押した。驚きながらその強い力に折れ前に出る。自分よりも小柄な男に手をとられ、強く握手をされる。

「貴方のお陰で森の神殿を取り戻す事が出来ました。ありがとうございます」

 しっかりと眼を見て話すのが彼ら使者軍団の特徴だ。その四つ眼に「いや、」と口ごもった。ややあって彼らは北の支部に戻っていく。お礼や報酬は後でM×Mで受け取る手はずだ。

「恐らくルーラは全員を活かせる仕事を寄越してくるはずだ。あんた達も気を引き締めておけ」

 振り向き、他三人に言った。素直に肯いたのはダンジィだけだ。口数は少ないがパーティの緩和剤になってくれる存在だろう。ランも肯きはしなかったが、わざわざかき乱すような事はしないはずだ。一人でも冷静な人間がいれば場は収まりやすい。ただ、ヒューラは……。

「へへ」

 すぐ傍から笑い声がし、視線をやった。マジャルが背中を丸めて小刻みに震えていた。

「どうした」

 ガナルが覗き込む。すると彼女は握手された側の手を握りしめ、顔をあげた。向けられた笑みは小っ恥ずかしい気持ちを誤魔化すようなもので、素直に驚いた。

「人に感謝されるのってめちゃくちゃ嬉しいんだなあ」

 えへへと笑う様子に一つおいてふっと口角を引いた。

「そうだろう」

 視線を逸らす。もう何年も何十年も人に感謝された事などない。

 マジャルの様子にダンジィとランは顔を見合わせ、ヒューラは不快そうに吐き捨てた。

「異端気取りかしら」

 それに場がふっと冷える。黄色い瞳は光を吸収し、一部の淵が消えて見えた。酷く嫌悪するような双眸にマジャルの手が開く。

「ヒューラ。流石に何百年も下の子に向かって言う事じゃない。彼女だって」

「いいよ」

 諦めたような声が遮る。どうにかリーダーとして意識しはじめたガナルは言葉を失い、口ごもった。すっとヒューラを見る。その眼に光はなかった。

「エルフなのにネクロマンサーだからね、うち」

 自嘲気味の声にヒューラは面食らったような顔を一瞬見せた。だが認めたくないのか、ぐっと眉根を寄せて踏み出す、その時ダンジィが動き太い腕を出して止まらせた。

「チッ、貴方、バーサーカーなんでしょう? 優しい風に装っているけれど、本性は暴れたくて仕方がないんでしょう。バーサーカーなんて、ただの殺戮者よ」

 自分を止めた彼に対して噛み付く。ガナルが「おい」と低く言うも聞く気はなかった。だがランの冷たい一言で沈黙が流れる。

「あの、パーティの輪を乱すような人って要らないと思うんですけど」

 冷たい空気と風が白髪を揺らす。ランはヒューラを一瞥し、ガナルに提案するように続けた。

「どんなに実力があっても、こういうのってチームワークが必要だと僕は思う。腹は立つけどマジャルの方が実力的にも精神的にもいいかなって、思います」

 冷静な、一歩退いた台詞だった。それにヒューラはぎりっと歯を鳴らし、ざっと踵を返した。ガナルが慌てて呼び止めるが勿論意味はない。

「……まあいい。ルーラに報告しておく。あんた達は先にM×Mに行っておけ。あたしの仲間だと言えばマスターが対応してくれる」

 ヒューラの事をルーラに伝えると溜息を吐いた。相変わらず白い手袋は汚れが一つもない。

「ダークエルフはそもそも人嫌いだけど、彼女は特にそうみたいだ」

 出された紅茶を啜る。窓の外を見つめながら話す姿を一瞥し、椅子に背を預けた。

「確か、人と馴れ合いをしない為にと十の時に舌先を切るんだろう? そこまでの種族なのに、国王の命令だからと言って素直に従うとは思えない」

 ガナルの言葉に肯く。

「実際ダークは国王様だろうが白き太陽神様だろうが言うことを聞かない。私も、彼女の嫌味な口調の裏には何かあると感じてるよ」

 振り向いた大きな眼を見上げ、とんとんっと人差し指で机を叩いた。

「ところでマジャルの実力はどうだった」

「申し分ない。ただ油断しやすい」

 簡潔に答える。ルーラは「そうか」と視線を逸らしたあと、扉に向かって歩き出した。彼女の横を過ぎる際に肩をぽんっと叩いた。

「大変だろうが上手いことやってくれ。あれ以外の遠距離は残念ながらいない」

 酷く現実的な声音のあと、扉の閉まる音が流れた。ややあって紅茶を少し残して立ち上がる。

「何回甘ったるいって言えば分かるんだろうな……」

 ガナルがM×Mに戻るあいだ、マジャルが得意げに自慢話をしていた。ダンジィはちゃんと聞いているようで、ランは殆ど居眠りをしていた。

「それでさあ、うち一気に百体ぐらい操ったんだよお」

「へえ。そりゃあ凄いな」

 適当に相槌をうつハーフタイタンと永遠と喋り続けるエルフ、そして完全に眠りこけるヒューマン。若者なだけあって反りが合うのか、程よくざわつくM×Mのなかでは全く目立たなかった。

 然しからんっと扉が開き、マスターが「いらっしゃい」と反射的に声をかけた。ふっと眼を開けたマジャルが言葉を途切れさせ、意気揚々と動いていた両手をさげた。ダンジィが振り向く。

「ヒューラさん」

 名前を呼ぶ。彼女は横目で三人を見つめたあと、無視をした。マスターのいるカウンターまで真っ直ぐに行く。

 そして平然と仕事の話をはじめた。その様子を見てマジャルは頬杖をつき、ダンジィは小さくかぶりを振りながら視線を外した。

「うち、あのオバサン嫌い」

 ぶっきらぼうな拗ねた言い方に俺もと口に出す事はなかった。然し心の中では同意した。あそこにいた連中と、同じ眼を彼女はしている。

 ややあってガナルが到着し、口を開いた。だがヒューラが一人で依頼を受けている姿に閉じた。

 マジャルとダンジィはその様子を気配を消して見つめる。彼女の横顔は半分眼帯で見えなかったが、苛立っているのが手に取るように分かった。

 木の床を鳴らしてヒューラの後ろに立つ。自分を覆う影に言葉が途切れ、振り返りながら見上げた。反抗的な眼つきを見下す。マスターは察したのか一歩退いた。

「なにかしら」

 それに口を開かず、右手でがっと顔を掴んだ。ざわめきが収まる。若者二人は驚き、ランは寝ぼけた眼で適当に見つめた。

 大きな手のあいだから驚愕と怯えで揺れる瞳。隻眼なのに、彼女の眼光は剣のように鋭い。

「勝手な事をするな」

 地の底から這い上がってくるような畏怖にヒューラは声が出ず、ぱっと離されると余韻で数歩後ろに行った。どんっとカウンターに腰が当たる。

 鼓動が比較的小柄な身体を駆け巡った。背を向けてマジャル達に指をさす姿に、ずるずると崩れ落ちる。

「お前らもいつまで休んでる。次に行くぞ」

 ぶっきらぼうだがどこか包容力のあった彼女は、あくまでもリーダーとして、若い子もいるからと意識していた仮の姿だ。本来のガナルは厳しく、そのせいで幼馴染のワズィぐらいしか仲間は居なかった。

 小さく呼吸を繰り返すヒューラを頭上から覗き込み、マスターは脚をばたばたとさせた。

「ダークエルフさん、あんまり彼女には逆らわない方がいいですよお。その気になれば貴方ぐらい」

 斧を使わずとも殺せる。それが今の世界で唯一幻獣討伐の出来るスレイヤーの姿であり、ヒューラは嫌味な性格よりも先に本能が勝った。慌てて立ち上がると脚がもつれそうになりながらも追いかけた。

「次は少し遠い。南西方面にある幻影草原にいる狂鳥を狩れという命令だ。狂鳥のクチバシは近衛兵の防具に使えるからな」

 とすれば必然的に遠距離職の彼女の出番となる。坂の上で振り返ると俯いたまま足を止めていた。

「あたし達は手を出さない。命の危険がない限りはな」

 ヒューラに聞こえるよう少し大きく言うとさっさと歩き出した。マジャルとランも同じようについていく。そのなかでダンジィだけは少し戻って彼女に手を出した。

 四つの手のうちの一つ。一番背が高く大柄な彼からのそれに、ヒューラは顔をあげて息を吸った。然し先程の、命を刈り取るような眼光を思い出して言葉が引っ込んだ。

 彼女の様子に手を差し出したまま呟く。

「これ以上ガナルさんに怒られたくないなら、俺の肩に乗ってくれ」

 その言葉に土色の双眸を見上げ、片方の口角を引っ張った。

「ハーフタイタンってデリカシーがないのかしら」

 なるべく普段の調子で言ったが、自分でも分かるぐらいには声が震えていた。軽く二の腕を掴む。ややあって掌に右足を乗せた。

「おかしなとこ触ったら斬るわよ」

 短く睨みつけられながらもヒューラを肩に担ぎ、「はいよ」と適当に答えた。軽く膝を折る。タイタンの移動法である兎跳びで一気にガナル達を追い越した。

「え〜、ダンジィのヤツ、熟女好きなのかよお」

「多分違うと思うけど」

 明らかに嫌そうな顔で手を翳すマジャルに、ランがぼそりと呟いた。

「タイタン自体かなり器が大きいから、ヒューラぐらいじゃ何も思わないんじゃないですかね。多分、子犬がキャンキャン吠えてる程度……」

 現実的な言葉にマジャルは手をおろした。

「本人が知ったらやばそうだね」

 人間の攻撃が単なる羽虫のそれと同じように、タイタンやハーフタイタンにどんな罵詈雑言を浴びせたところで意味はない。その事をヒューラが知ればプライドをへし折られそうだが、千年以上生きている彼女がそれを知らない訳もない。

「だからこそ、なのかもしれん」

 ダンジィには何を言っても通用しない、幻影草原の中心部まで行く彼らを見て足を踏み出した。

「ヒューラの実力を見る為だ。追いつくぞ」

 草原の中心部には世界各地に点在する、謎の巨大な紋様がある。それらは近くにいる強い魔族を引き寄せる性質があり、ここでは狂鳥が必ず一羽上空を支配している。

 紋様の上でダンジィは止まり、空を見上げた。

「タイタンなんて愚鈍なだけだわ。おろして」

 冷たく言う。だが彼の手はヒューラの身体を支えたままだ。流石に苛立ち躊躇いもなく舌打ちをかます。

「身体を触りたいだけなら風俗にでも行って」

 肩上の子犬の威嚇を無視し、ダンジィは視線を巡らせた。その時、かなり上の方から急降下してくる巨大な鳥が見えた。

「ヒューラさん」

 名前を呼ぶ。もう数秒で鋭いクチバシに貫かれる。

「いちいち煩いわよ」

 太ももにあるリボルバーを抜き取るとハンマーを下げ、ノールックで発砲した。乾いた銃声と共に特殊な弾丸が額に着弾、狂鳥は頭を仰け反らせバランスを崩して背中から地面に落ちた。

 ホルスターにしまい、同時に弓と矢筒を出現させる。右足を肩の上に置き、もう片方は委ねた。

「自分で買って出たんだから、私の思う通りに動きなさいよ」

 矢を番える。ダンジィが後ろに大きく跳び退き、起き上がった狂鳥に対してヒューラは腕を引いた。

 狂鳥は図体に似合わず速度が尋常ではない。一瞬にして突っ込んでくる。然しその前に一気に限界まで引き絞った瞬間に放した。

 額に着弾、深く突き刺さり血が吹き出す。それでも死にはしない。狂鳥の振り下ろされたクチバシをダンジィが余裕で避け、その最中にも矢を引いた。

 身体が前のめりになる。だが彼を信じているのか、それとももっと自分勝手な理由なのか、一切の躊躇いがなかった。勿論大きな手で腹の辺りを支える。

 少し上空から狙いを定め、放った。飛び上がろうとした狂鳥の右側の翼の付け根に着弾、神経まで切り裂くように突き刺さったのか、断末魔が響く。

「なあ、ダンジィがいたら実力分かんなくない?」

 つまらなさそうにしゃがんで頬杖をつく様子にガナルは「いや」と否定した。

「ダークエルフの身体能力では狂鳥の攻撃を回避出来ない。それを知っているからダンジィが手を貸したんだろうし、それを見越してこれを寄越してきたんだろう」

 仲間として連携がとれるかどうか、ダークエルフなら尚更懸念すべきポイントだ。

「実力自体はハッキリと示されてる。幾ら彼が支えているとは言え不安定な足場、かなり体幹が良くなければ難しい。そしてその状態で確実に弱点を撃ち抜いてる。魔法によって矢の威力も底上げしているんだろう、あんな一発で翼を壊せないぞ、普通」

 ガナルの解説にマジャルは小さく「たしかに」と返した。

「次で終わりにするわ」

 片方の翼をやられてもなお暴れ回る魔獣に対し、ヒューラは完全に肩の上に立ち上がった。ダンジィは手を離し、低姿勢のまま固まった。

 幾らハーフタイタンの肩の上とは言え不安定極まりない。呼吸もしているから尚更だ。然し彼女の立ち姿は綺麗で、クチバシを鳴らしながら突っ込んでくる狂鳥に対し真っ直ぐ弓を引いた。

 矢の先端に小さな魔法陣が展開される。黒っぽいそれは闇魔法系の魔法陣であり、普通アーチャーでは扱えない。だが一切乱れる事なく、舌を出して顎を外し食らいついてきたその喉奥を狙った。

 一瞬、狂鳥の身体が浮いた。一筋の黒い稲妻が横切ったあと爆発するように内側から弾け、放たれた矢が飛び出した。数十メートル先にある木の幹に突き刺さる。そこを中心にひび割れ、煙が登った。

 ヒューラはすました顔で弓をおろした。ややあって肩から跳びおりる。振り向いて彼を見た。

「……認めてやってもいいわ」

 どこまでも上から目線な彼女にダンジィは布の下で少し笑った。

「光栄です」

 あまりしない若者のノリを見せ、腰をあげた。だがヒューラの背は強ばっていた。視線の先にはガナルがおり、顔がこちらに向いていた。

「……次はダンジィ、あんたの実力を見せてもらう。このままリーン旧坑道に行くぞ」

 声を張り上げて言った。さっさと草原を横切っていく彼女にヒューラの肩が少し落ちた。

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