第3話
「十年前の乾季の頃だ。お前の相棒だったワズィが私のところに来た。彼女は一言、『形見の品』だと言ってたよ」
大霊都市の中心に鎮座する城の一角で、ガナルは背を丸めて座っていた。ルーラはみすぼらしい見た目から本来の見た目に戻っており、清潔な手袋でその品物を撫でた。
「……確かに、奴は形見を一切残さずに消えた。だがあれは予測出来なかったはずだ」
ワズィは大魔法使い、ワンの娘だった。五歳の頃には白魔法黒魔法両方を操る事ができ、十を超えた頃には召喚魔法や白き太陽神の力も使えるようになった。
ワンの生き写し、そう言われた彼女は幼馴染という理由だけでガナルと共に歩む事を決めた。天涯孤独を好み、その職業柄忌み嫌うものもいる、それでもワズィはスレイヤーのガナルを追いかけた。
「お前は幼馴染だったんだろう。なのに彼女の力を把握していなかったのか」
とんっと指で品物を叩いた。ガナルは顔をあげ、少女の顔を見た。
「ワズィには予知能力があった。しかもワンの生き写しで魔力は相当なものだった。魔力量と比例して見える長さや解像度が変わる。彼女は一年前から、自分が死ぬ未来を見ていたんだよ」
それに血の気が引いた。
「一年前……」
ぼそりと呟く。ルーラは「ああ」と肯いてから品物に向き直った。大事な物を愛でるようにして指を這わせる。
「勿論お前が生き残る未来も見えていた。だから私にこれを形見として残しておくように伝えに来た」
ワズィにとって、魔法隊長であるルーラは頼れる存在でもあった。ヒューマンとフェアリーでは生きる長さも体格も違うが、二人のあいだには姉妹のような絆があった。
然しそれをなぜ今更、ガナルがそう問いかけるよりも先にルーラが顔をあげた。
「“魔王が復活した”」
彼女が驚いて固まったのを見て形見の品から手を離した。
「十年前、お前達が討伐したはずの魔王の卵はなぜか今、孵化をした。まだ産まれたばかりだから影響はないが時間の無駄だ」
ワズィという犠牲のもとに葬り去った魔王の卵。それを称えて彼女の銅像がワンと並んで置かれてある。
「現在幻獣討伐が出来るスレイヤーはお前しかいない。それにワズィの仇でもある。世間はお前を許さないだろうが、私達は信用してるんだ」
ただのスレイヤーよりも偉大なワンの娘である彼女の方が貴重な存在だった。それを守れず見殺しにし生き残って帰ってきたガナルは、世間からすれば最低な人間だった。
「魔王が復活した事を国民が知ればどうなるか、分かったもんじゃない。きっとお前の肩身は狭くなるし、幾ら私達でも援護はしきれないだろう」
ルーラは形見の品を持ち、ガナルが座る椅子の真横に立った。その俯いた金髪を見下げ、厳しく言った。
「すぐに出発しろ。お前の役に立つ腕利きの連中を既に大霊都市に呼んである。そいつらとすぐに世界の中心に向かえ」
動きはなかった。ルーラは「おい」と低く言った。すると少し顔があがる。少女からは眼帯しか見えなかった。
「もう仲間は要らない。あたし一人で十分だ」
そう言うと立ち上がった。斧を掴む。
「おい、おい!」
ずかずかと立ち去ろうとする彼女の前に慌てて立ち塞がった。自分よりも大きな身体に対し、眉根を寄せる。
「魔王は幻獣の頂点とも言える存在なんだぞ。全ての属性を持ち、全ての魔法を使える。白き太陽神がやっとの事で鎮め弱体化させたのがあの姿だ。神をも殺す存在にただの人間一人が適う訳がない」
ルーラは形見の品を抱えたまま必死に言った。
「これだけ説明しても分からないのか。十年前に魔王に関して教えたはずだぞ」
それにガナルは手を伸ばした。少女の抱える品を掴み取りながら低く返した。
「そんなもの、とうの昔に忘れた」
ワズィが残した品は美しい彫刻で彩られた重たい箱だった。とは言えガナルからすればトレーニングにも使えない。小脇に抱えたまま城を出ようとした。
「ちょっとお、いつまで待たせんだよお」
響き渡る軽薄な声に振り返る。執事に詰め寄るひょろりとした黒マントのエルフがおり、他にシャーマンらしき男と、同じエルフの女と、恐らくハーフタイタンだろう男がいた。宥める男達を無視して赤髪のそいつがあれこれと捲し立てる。
「喧しい連中だ」
小さく呟いて視線を逸らした。だが。
「オバサンに言われたかないなあ」
ぴたりと足が止まる。四人共振り向いて彼女を見ていた。ガナルは眼帯の方を向けて返した。
「あんた五百年以上は生きているだろう。ヒューマンのあたしからしたら、あんたの方がよっぽどババアだけどな」
とは言え、五百年ぐらいでは人間で言うと十七歳かそこらになる。精神年齢ではかるなら、ガナルの方がおばさんなのは間違いではなかった。
むきいっと鮫のような歯を剥き出して怒る様子に、ハーフタイタンの男以外は無視を決め込んだ。その様子を見て足先を向けた。
「あんた達、寄せ集めの連中か」
全員他人行儀だ。それにルーラが呼んだと言っていた……小さな独り言を聞き逃さなかったその感覚の鋭さも相俟って、ガナルは彼らを未来のパーティメンバーかも知れないと睨んだ。
「うちはマジャル。エルフの十七だよ」
赤髪のやつが答える。ウィッチとネクロマンサーの二刀流であり、元々ナーリャン国にいた。
「私はヒューラ。ダークエルフで三十八歳よ。この中じゃ最年長かしらね」
白髪の女が答える。ガンナーとアーチャーの二刀流で、精霊都市にいた。
「僕はラン。ヒューマンの二十五歳です」
黒髪の男が答える。シャーマンで、ミャン・シーにいた。
「俺はダンジィ。ハーフタイタン。二十五だ」
スキンヘッドの男が答える。バーサーカーで、グァン=ザ渓谷にいた。
「……あたしは、ガナルだ。ヒューマンの三十五歳。スレイヤーだ」
彼女が自己紹介をしたあと、沈黙が流れた。それぞれ仲間など必要としていないように見える。ただ国王の名のもとに呼ばれ、渋々やって来たように見える。
実力も分からないし面倒な気配しかしない……ガナルは溜息を吐き、遅れてやって来たルーラに腰に手をやった。
「既に伝わっているとは思うが改めて。十年程前に討伐した魔王の卵がなぜか孵化し、今エネルギーを蓄えているところだ。魔王が完全に復活してしまう前にお前達で殺してほしい」
彼女の言葉にマジャルがぼそりと「だる」と返した。それだけだ。なぜか全員他人事で、危機感も何もなかった。ルーラは少し困ったように頭を掻いてから続けた。
「場所は既に判明しているが、ルートはまだ分かっていない。五十年前の魔王討伐を行った際の記録が残されているが、幻獣の活躍もあって幾らか地形も変化している。それに二十年前に戦争によって滅んだ国もあるし、正直世界の中心地帯が今どうなっているのかは我々でも分からない」
聞いているのかいないのか、欠伸を漏らしたり髪を弄ったり、そっぽを向いたりと自由勝手気ままな反応を見せた。実力は確かだが人間性はどうだろうか……ルーラは細かく説明する気も失せて、ぱんっと掌を鳴らした。ふっと視線が集まる。
「とにかく、サポートは十分にするつもりだが、現場の事はお前達に任せる事になる。それで早速だが、ここ最近北の森の神殿付近にかなり強力な魔族が確認されている。お互いの実力を見る為にも討伐しに行ってくれ」
解放されたものの、彼らはバラバラだった。溜息を吐くルーラを一瞥し、マジャルとヒューラの言い争いを適当に眺めた。
「あたしにやったように、幻獣を召喚すれば済む話だろう」
それにバツの悪そうな顔を浮かべる。
「すまなかった。お前の腕が落ちていないか、不意打ちで試したかったんだよ」
ややあってガナルは歩き出した。ワズィの形見の品は中身だけを抜き出し、箱はルーラに返した。彼女にとってもワズィは大切な人、独り占めをする気はなかった。
箱のなかに入っていたのは、小さなクリスタルだった。紐がついており首にかける事が出来る。だが仕事の邪魔だ、ガナルはポケットにそれを押し込みマジャルとヒューラのあいだに割り込んだ。
「喧嘩は後だ。さっさと神殿に行くぞ」
とは言ったが、終始口喧嘩を続けている二人にガナルは頭を抱えた。大霊都市の北口から出て暫くしたところで一旦休憩の姿勢をとったが、未だに続けている。
「まあじオバサン臭い」
「貴方それしか言えないのかしら。随分と頭のできが宜しくないのね」
すぐ煽りすぐキレるのはマジャルだが、何か言えば嫌味ったらしい事を返し永遠と続けるのはヒューラだ。最初は宥めていたダンジィも無視するようになり、もはや同じ事をお互いに繰り返しているだけだ。
「エルフってもう少し利口なイメージだったんですけど」
いまいち性格が掴みきれないランがぼそりと呟く。かなり力のあるシャーマンで大人しいが、どこか一線を引いている。悪く言えば他人に興味がない……。
「マジャルの方は知らないが、ダークエルフは性格に難のある者が多いからな」
まあガナルも人に特別興味があるタイプではない。ダンジィとランは好印象に見えた。
「でもヒューラさん、ガンナーとアーチャーって言ってたよな」
ダンジィの言葉に彼女に視線をやる。眉を顰めて罵る横顔を見つめた。
「ああ。まあ何かあるんだろう。実力さえあれば事情はどうでもいい」
ふっと逸らし、ぱちぱちと弾ける焚き火を見た。ダークエルフは見た目こそ普通のエルフと変わらないが、魔法適性が大きく黒魔法や闇魔法に傾いている。なかなかそれ以外をやろうとすると上手くいかないぐらいには。
勿論ガンナーやアーチャーが使う遠距離魔法、属性魔法は別物だ。何か事情がなければ、わざわざ大変な方に行こうとは思わない。
「マジャルもエルフなのにウィッチとネクロマンサーですね」
ランのどうでも良さそうな言葉にああと声を漏らしたが、ぎゃーぎゃーとイキり散らす様子を見て適当に返した。
「あいつは単に性格が厨二病なんだろう」
北にある森の神殿。かなり奥まったところにあるそれは、白き太陽神の加護を受けられる数少ない神殿の一つであり、加護巡りの対象にもなっている。勿論その分美しい姿を保っており、神聖な領域が広がっていた。
然しその領域に黒い霧が広がっていた。神殿を食らうようにして、魔獣のなかでもレベルの高いキメラが屋根の瓦を踏み締めた。
「あたしは一応手は出さないつもりだ」
森の神殿に続く道の前でガナルはそう言った。マジャルが「んじゃあお先にい」と軽い足取りでなかに入った。姿が消える。
他の三人も続いて足を踏み入れ、最後にガナルが入った。瞬間景色が変わる。蛍のようなものが辺りを浮遊し、美しい蝶や鳥が出迎えてくれた。
然し進んでいくと淀んだ空気が肺を満たすようになる。美しい彼らは消え、木々の彩りは影っていた。
「植物性のキメラだねえ」
四人の背にざっと靴底を鳴らした。黒い霧がふわりと押されて紛れていく。眼前には純白の神殿とそれを覆う黒い魔獣の姿があった。
「私がやるわ」
ヒューラが虚空から弓と矢筒を出した。既に一本矢を持っており、彼女の周囲にあった黒い霧が離散した。だがマジャルが細長い腕を出す。
「弓は効かない」
ガナルからは僅かに横顔が見えた。口元はニヤついているが眼差しは確かだ。ヒューラが反抗し、腕を無視して弓を引こうとする。
「マジャルに任せる」
わっと響き渡る声。腹から出されたよく通る言葉にヒューラは眉根を寄せて振り向いた。ランとダンジィは端から解っているのか否か、一歩退いたところにいた。
「ヒューラ、残念だがウィッチの判定は百発百中だ。今回は下がれ」
叱るように視線をやる。流石に弓を下げ、不服そうに顰めたまま一歩退いた。千年以上は確実に生きているが、実戦経験はあまりないのだろうか……ガナルは彼女の横顔を見てマイナスの評価をつけた。
「じゃあ、遠慮なく」
マジャルはそう言いながら右手に被せるようにして左手を置き、そのまま横にスライドした。まるで手の中から出てきたかのように一本の杖が現れる。小型のロッドだがかなり魔力の高い樹で作られている。
すっと先を魔獣に向けた時、ライオンのような口を大きく開けて咆哮した。木々が揺れ、髪や衣服の先が舞い上がる。ガナルは腕を組みじっと観察した。
屋根の一部が割れる。キメラが前脚に力を入れ、跳んだせいだ。地鳴りを響かせながら着地する。マジャルとの距離は数メートル、軽く前に出るだけで太い爪が引っかかる程だ。
だが彼女は一切そこから退かずに一言言った。
「チェーンロック」
黒魔法の一つが発動。空中に黒い太い鎖が現れたと思えば、一瞬のうちにキメラの身体を締め上げた。ただ最高クラスに近いだけあって怯む様子はない、牙を剥き出して襲いかかってきた。
然しマジャルが杖をくいっと動かした瞬間、前脚をあげた状態で鎖が一気に力を加えた。声にならない声を出して固まる。ぎちぎちと締め上げていく鎖は、一部が皮膚のなかにくい込み始めていた。
「かなり高度だ」
シャーマンのランが呟く。それにヒューラが認めたくないように顔を歪めながらも同意した。
「虫唾が走るわ」
チェーンロックは黒魔法のなかではレベルの低い魔法の一つだ。だがその分使用者の技量に左右されやすく、大魔法使いのワンは拘束だけでなく攻撃にもこれを用いた。マジャルはそれに近い事をしている、彼女の力は確かだ。
ただチェーンロックだけで仕留められる程ではない。すっと杖を横に一線引いたと同時に、同じ調子で命令した。
「ファイアー」
瞬間、炎の刃が出現。キメラの身体を横に切り裂き同時に燃え移った。
植物性の魔獣は火に弱い。切り傷から内部にまで入り込んだ魔法の炎は消えず、一気にキメラを包み込んだ。もはや断末魔は聞こえず、属性魔法に反応して自動的に神殿に対魔法防壁が展開された。
燃え盛る巨体にマジャルは牙を見せ、眼を三日月のように歪ませた。そして両手を広げながら振り向く。黒いマントは内側が血のように赤い。
「どおよ! これでうちの実力が」
然し火に包まれたキメラの腕が彼女に向かって動き出した。瞬間、矢を構え、聖書を取り出し、拳を握りながら膝を折った。だが彼らが反応し、マジャルが振り返る前にガナルは斧を握りしめていた。
右足を前に出し、思い切り両方共ぶん投げる。くるくると回転し、綺麗にキメラの頭に突き刺さった。
魔獣の動きが止まる。ヒューラとランが慌てて力を緩め、ダンジィはしゃがんだまま拳を解いた。ガナルは顔をあげ、腕を組み直す。
「実力は確かだ。だがその調子じゃあ真っ先に死ぬ」
振り返ったマジャルの前でキメラは崩れ落ち、同時にチェーンロックが外れた。鎖は相手の死亡確認がとれない限り発動したままだ。
全員ガナルを見た。ルーラから言われた通り、自分達のリーダーとなる彼女は想像以上の力を持つのかも知れない。あれだけイキっていたマジャルでさえ何も言えず、小さく「はい」と呟いた。
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