39 巻き添え
「ほんと……なんで私まで、罰当番に巻き込まれなきゃならなかったのよ」
放課後の教室で、天梨は三度目となる文句を口ずさんだ。
罰当番。
今日一日、双子が入れ替わっていたと判明した瞬間、教室は歓声で満たされた。しかし教師側からしたら、感心するだけで済ますわけにはいかない。
結果として、一生は教室のバツ当番を担任から言い渡された。凛子と二股も知っていたということで、その連帯責任を負わされたのだが、天梨も手伝うよう申し付けられたのだ。かつて一生を受け持っていた担任だからこそ、四人にさせてやろうという計らいであった。
「いやー、ずっと上手く演じてきたのに。まさか最後の最後に、ボロを出すハメになるなんて」
天梨を巻き込んだことについて悪びれもせず、一生は悔やんだように眉尻を下げた。
「まさか兄貴とラブホに行ったと思わせて、逆襲してくるなんてな」
「軽い気持ちで恋人を騙すとどうなるか。今のうちにわかってよかったじゃない」
二股と凛子は、他人事だからこそおかしそうにしている。
そんなふたりに口を尖らせたのは、一生ではなく天梨だった。
「卓はともかく、なんでリンも教えてくれなかったのよ」
「天梨がいつ気づくかなー、って面白かったから」
「面白かったじゃないわよ。今日一日で、私がどれだけ苦しんだと思ったのよ」
二股がニヤニヤした目線を一生に向けた。
「それ以上にイッセーが苦しんでたのが傑作だったな」
「傑作だったじゃないよ。ホテルの写真を見たときなんて、本気で血の気が引いたんだから。土曜の事件なんて比じゃないよ」
「テロリストのほうがマシとか、矢継の逆襲は大成功だったわけだな」
「終わったように言ってるけど、帰ってからが本番だから怖いんだ。白雪、家で待ってるらしいから」
「文字通り、本命が待ってるのね」
天梨にそんな軽口を叩かれて、一生は苦々しい表情を浮かべた。その弱った様がまた、凛子と二股を笑わせたのだ。
「でも元気そうでよかったわ、イッセー」
改まって天梨が言った。
「あんな事件があったばかりだったから、本当に心配したのよ」
「心配かけてごめん。でもこの通り、ピンピンしてるから」
「やっぱり帰ってきたのは、事件の影響?」
「うん。終わったら終わったで、今度はマスコミで騒がしいからさ。白雪のお爺さんが、落ち着くまでは学院を離れてろってさ。今学期中には戻れそうにないから、少し早い夏休みかな」
「じゃあ、しばらくこっちにいるの?」
「とりあえず今週いっぱいは。ティアナから別荘に招かれてるから、来週はそっちに行く予定なんだ」
「ティアナ?」
女性だとわかる名前に天梨は眉をひそめた。
「学院でできた友人だよ」
「そ、そう……もしかして、女の子?」
「うん。実は中二のときに、一度だけ会っていてね。学院で再会したんだ」
「イッセー……またそうやって、女の子と再会したの?」
天梨は呆れたように肩を落とした。
「いやいや、またって言われるほど――」
「ノエル、華香、矢継さん、そして私」
「あー……そう言われたら、またなのかな?」
「あんたねー……いい加減にしなさいよ」
「いい加減にしろって言われても……好きで――」
「好きで? 今、好きでの後、なんて言おうとしたのよ? 私たちとの出会いを、好きで? 好きでなんなのよ?」
「ごめんなさい、そういうつもりじゃないんです。言葉を間違えました」
恨みがましく睨めつけてくる天梨に、一生はタジタジとなり身を縮こませた。
しばらくしてから、天梨はため息を漏らした。
「そういう意図がないのはわかるけど、言葉には気をつけなさいよね。あんたにとってどうかは知らないけど、みんなにとってはいい思い出なんだから」
「うん……そうだね。みんなと初めて出会ったときの記憶は、僕にとってもいい思い出だ。
素直な気持ちで語った一生に、天梨は満足したように微笑んだ。
「でも、天梨と出会ったときのことは、まだ思い出せてないんだろ?」
「そ、それは……」
いい話でまとまったところ、二股はグサリと突かれた一生は怯んだ。
天梨はそんな一生に対して、ジッと細めた目を向けた。すぐに耐えきれなかった一生は、逃げるように目を伏せた。
「はぁ。……結局最後まで、私のことだけは思い出して貰えないのね」
「その……ごめんなさい」
「もういいわよ。意地張ってる自分が、馬鹿らしくなってきちゃった」
やれやれと天梨はかぶりを振った。
かつては思い出してもらえないことに、憎たらしさすら覚えていた。でも今となっては、そんな気持ちも浮かんでこない。好きになったからこそ余計意地になってしまったが、当の本人はもう他の女の物になってしまった。
これ以上、意地を張っても仕方ない。
華香と泣き言をぶつけ合うようになってから、ようやく気持ちに整理がついてきた。前よりもずっと、前を向けている自分がいた。だからいざイッセーを前にしても、かつてのように振る舞えたのだ。
いい機会だと天梨は思った。これ以上未練たらしく、この想いを引きずるのは止めにしたい。
せめて最後に、初めての出会いを思い出して貰えれば、少しはこの気持ちも報われる。
「私たちが初めて会ったのはね、小4の夏休みよ」
そう自分に言い聞かせた天梨は、忘れられない思い出を語り始めた。
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