38 久しぶり

 六時間目も終わり、残すところはホームルームだけとなった。


 担任が来るまでの僅かな時間の間に、スマホを触るものは少なくない。


 天梨もその例に違わず、スマホを触り始めたところで、


「ぁああああ……!」


 今日一番のうめき声を上げた。最早悲鳴に近いそれに、注目が集まったのは一瞬だけ。どうせ一生絡みだろうと、すぐに興味を失くしたのだ。


 天梨がこんな風に取り乱すのは、自分のインスタを見てなのは疑う余地もない。今度はどんな写真が上げられたのかと、一生は恐る恐る尋ねた。


「こ、今度はなんだよ」


「これ……」


 涙目の天梨は、スマホの画面を見せてきた。


 その写真は、ホテルの一室だった。ベッドの対面にある壁はガラス張りとなっており、浴室が覗ける構造となっている。ただのビジネスホテルではないのは、容易に想像ついた。


「ここ……そういうホテル、よね」


「はぁあああああああああああああ!?」


 息絶え絶えに意見を求めてくる天梨に、一生は絶叫した。


 教室中の視線はまた、一生に集まった。叫んだのが天梨ではなく一成だと思っているからこそ、何事かと視線は集中したまま。天梨もまた、自分以上に取り乱した一生に驚いていた。


 教室に入ってきた担任にも気づかず、慌てて一生は電話をかけた。


「もしもし兄さん!」


 3コール目で電話が通じた途端、一生は叫んだ。


「あの写真どういう――」


『やあ、イッセーくん』


「……え」


 兄にかけたはずの電話に、女性の声が応答した。


 それは聞き間違えようのない声だった。


「し、白雪……?」


『随分と取り乱しているようだけど、どうかしたかな?』


「えっと……インスタの写真、見たからさ」


『ああ、あの写真かい。あれは適当に拾った写真だよ』


「じゃ、じゃあホテルにいるわけじゃ」


『心外だな。あの手の場所に、私が他の男と行くとでも、本気で思ったのかい?』


「そ、そんなことは思っていないです! はい!」


 いつもよりワントーン高くなった白雪の声音に、一生は敬語となった。


「ただ、相手が僕だと思ってるなら、そうなってもおかしくないかな……って思っただけで」


『あー、そうだった。お兄さんと入れ替わって、私がイッセーくんじゃないことにいつ気づくか。そんな楽しそうな遊びを仕掛けてきたんだったね』


「それは兄さんが――」


『乗った時点で同罪だ』


 言い切る前に、白雪はピシャリと断じた。


『だから目には目を、歯に歯を。欺瞞には欺瞞を。そのまま返させてもらったよ』


「返させて……?」


『今日の写真、楽しんで貰えたかな?』


「あ、もしかして。今日の写真全部……?」


『イッセーくんに見てもらいたくて、撮ったものだよ』


 恋人が満面の笑みを、電話の向こう側で浮かべている光景が脳裏に映った。いくら白雪の笑顔が好きとはいえ、今だけはその側にいたくない。入れ替わりを仕掛けられて、相当お怒りなのがわかったからだ。


『おう、イツキ』


「あ、兄さん?」


 向こうの通話はスピーカーモードだったのか、少し遠くから兄の声がした。


『白雪ちゃん、すげーな。イツキじゃないって秒で見抜かれたぞ』


「そうだったんだ」


 あの兄が本気で自分を演じたのに、すぐ見抜いてくれた恋人が嬉しかった。


 そんな喜びが湧いたのも束の間。


『というわけで、覚悟を決めてから帰ってこい。最愛の恋人様が、今日の件についてしっかりお話し合いがしたいそうだ』


『家で待ってるよ、イッセーくん』


「え、待って白雪! 話を――」


 通話はそこで途切れた。


 言い訳は電話で聞かない。面と向かって話させという、恋人の力強い意思を感じ取った。


 家で待ってるとは、瀬川家のことだろう。一生は今日ほどあの家に帰りたくないと思ったことがなかった。


 痛めた頭を抱えそうになったところ、教室がざわついていることに気づいた。


 見渡すと全員が、自分を注目している。ここにいるはずがない人物を前にして、生徒だけではなく教師まで目を丸くしていた。凛子と二股は苦笑いを浮かべており、隣の天梨は目を瞬きながらこちらを見上げている。


「……イッセー、なの?」


 尋ねるようでありながらも、確信めいた口ぶり。


 これはもう言い逃れはできないと諦め、一生は後頭部を撫でながら言った。


「えっと……みんな久しぶり」


 そう認めた瞬間、教室中が湧き立ったのだった。

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