32 映画版の弟

 その日、学院を占拠したテロリストたちは、国家に対してひとつの要求をした。


 すべての死刑囚の解放である。


 こんな要求、到底受け入れられるものではない。だがテロリストたちは、その要求を一切譲歩することなく、十八時をタイムリミットだと告げたきり連絡を断った。


 この時点で、テロリストたちの狙いが死刑囚の解放ではないと、見抜いたものがいた。


 令和のシャーロック・ホームズと呼ばれる女探偵、シャロンである。テロリストたちの要求はブラフであり、真の目的は別にあると見破ったのだ。


 そもそもこの日は、休日である。部活動などで登校しているとはいえ、生徒の数は平日と比べ圧倒的に少ない。それに生徒たちも分散しているから、一箇所に集めるだけでも大変だ。


 平日を狙えば、学校には何百人と生徒がおり、まとめて人質にできる。重火器や爆弾を準備できるような頭の持ち主たちが、それがわかっていないわけがなかった。それだけで死刑囚の解放が目的ではないと、暗に示していた。


 テロリストたちは最初から、この学院に目的があった。だからこそ、何百人と人質を抱えるのは邪魔でしかなかった。


 では、真の目的はなにか?


 それをもたらしたのは、令和のアルセーヌ・ルパンと呼ばれる千変万化・神変出没の大怪盗。怪盗モリスであった。怪盗モリスはシャロンのライバルでもあり、その仮面をかならず暴いてやると誓っているが、まさかその正体が――




「待て待て待て待て! なんでおまえが、謎に包まれた怪盗の正体を知ってるんだよ」


「まあ、色々あってさ」


「なんだよ色々って」


「ほら、前に二度とごめんって言ったら、って話をしたでしょ?」


「あー、あの話か。はいはい、つまりモリスの正体は、クラスメイト辺りの女子ってわけだな」


「え、なんでわかったの!?」


「そこまで聞かされたら、明らかだろ」


「明らかって……あのシャロンですら、学院の生徒だって疑ってないのに。さすが兄さん、やっぱり凄いや!」


 令和のシャーロック・ホームズすら疑っていない真実を見抜いて、イツキは心から感服している。またひとつ、俺の偉大な幻想せなかが肥大化してしまった。


 話の続きを聞いて、そんなイツキの幻想が一気に重く肩にのしかかった。


 なにせ、校舎の一角が爆弾で吹き飛んだ後、イツキたちはテロリストの目的を阻止するために動いたのだ。令和の女探偵と怪盗の共闘。男装の麗人のシークレットサービスと中国三千年歴史を背負う中華娘の大立ち回り。そんな彼女たちに送り出された先で、イツキは仕掛けられた爆弾を発見した。残り三十分以内に爆弾を止めなければ、閉じ込められている生徒たちの命はない。そこには愛すべき恋人、白雪もいるのだ。逃げ出すわけにはいかないと男気を見せたイツキは、電話でシャロンの指示を受けながら、爆弾の解体を試みた。順調に進んだ爆弾の解体は、最後に二本の導線を残して、シャロンの指示は止まってしまった。ようは究極の二択を、イツキは迫られるハメになったのだ。


 開かない扉越しに、イツキと白雪は病めるときも健やかなるときも、なんてことを誓いながら、死がふたりを分かつなんて認めないと、イツキは最後の一本を切った。


 爆弾は無事止まって大団円。ハッピーエンド、完である。


「ほんと、なにやってんだよおまえ……」


「僕だって、好きであんな目にあったわけじゃないよ。あんな目にあうなんて、もうごめんだよ」


 心底うんざりしたような弟は、コナンの映画みたいなことをこなしてきたのだ。そんな主人公っぷりを発揮した本人が、俺にだけは絶対に敵わないと本気で信じている。話を聞いてるだけでお腹一杯なのに、それを上回る兄を演じなければならないのは、本当に肩が重くなる。ああ、もうごめんだよって言ったらさ、って話が続かないかヒヤヒヤしている。


「ほんとおまえはあれだな。人生の作風変えすぎだろ」


「作風? 前もそんなこと言ってたけど、どういうこと」


 キョトンとしたように、イツキは小首を傾げた。


 そんな話を終えた辺りで、俺たちは家にたどり着いた。


 俺に続いて玄関に入ってきたイツキは、


「お邪魔します」


 そんな頓珍漢なことを言い出した。


「なに変なこと言ってるんだよ」


「え……? ああ」


 今使った言葉に気づいて、イツキは苦笑いを浮かべた。


 三ヶ月ぶりに入った家。それは俺と入れ替わりに、自分は出てしまったと無意識で考えていたのかもしれない。


 でもここは、イツキにとってお邪魔しますなんて言うような場所ではない。


 俺はただの代わりに来ているだけで、この家の家族ではない。新しい瀬川家の息子は、イツキだけだ。


 改めてイツキは、久しぶりの我が家に向かって言い直した。


「ただいま」


「おう、おかえり」

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