22 事実陳列罪
ベッドの下にエロ本を隠しているわけでもないから、家探しされても困るような部屋ではない。
身から出た錆だと反省しながら、当日を迎えた。
家のチャイムが鳴ったので、インターフォンを確認せず扉を開いたら、
「なんで御縁までいるんだよ」
春夏冬と並んで御縁がそこにはいた。
「イッセーくんのお部屋を見せて貰えるって、天梨が……」
俺の口ぶりが、おまえは招かざる客と責められたように聞こえたのか、御縁は身を縮こまっていく。
そんな友人の様が見ていられないと義憤に駆られたかのように、春夏冬が睨めつけてくる。
「華香がここにいてなにが悪いのよ。仲間はずれにしろって言いたいの? それって酷くない」
「酷いのは、報連相してないおまえの怠慢だ」
「ぶぎゃっ!」
頭部にチョップを喰らわすと、春夏冬はブサイクに鳴いた。
「昼食わせてやるって約束までしておいて、なんで御縁も連れて行っていい? の連絡ひとつよこさないんだ」
「でも……だって」
「でもでもだってちゃんに見せる部屋も食わせる飯もない。御縁を置いて、今すぐひとりで帰れ」
「ごめんなさい! 反省してるから。あんたが悪い言ったところ、全部治すから。もう一度だけチャンスをちょうだい。お願い……!」
俺の腕にしがみつき、涙目で懇願してくる春夏冬。まるで恋人に別れを告げられ、必死にすがりつく女のようだ。
こんなやり取りをご近所に見られようものなら、誤解しか招かない。この前瀬川さんの家の息子さんがね、なんて醜聞が広がっても困る。
「わかったわかった。とっとと入れ」
春夏冬の頭を掴んで、そのまま中へと入れた。
「御縁も気にしないで入ってくれ。悪いのは報連相を怠ったこのポンコツだから、気兼ねしないでいいぞ」
「はい、お邪魔しますね」
こうしてふたりを招き入れた俺は、そのまま真っ直ぐ二階の部屋に案内した。
部屋に入ってすぐ右手側には、ベッドとナイトテーブル。正面にはデスクと椅子、カラーボックス。左手側には収納スペース。床はフローリングになっており、ラグの類は引いていない。
ゴチャゴチャしておらず、整理整頓されたシンプルな室内だ。収納スペースは左奥の一角を除いて仕切りがないから、間取り以上の広さを感じられる。
個人的には住みやすい部屋ではあるが、面白みを見出すのは難しいだろう。
だが、
「わー、これがイッセーの……!」
「イッセーくんのお部屋……」
たとえ選ばれなかったとはいえ恋する乙女。彼女たちにとってこの部屋は、いつか訪れたかったテーマパークくらいの価値があるようだ。
部屋に入った途端、周囲をキョロキョロと見渡しながら、かつてここで過ごしていた男の面影に思い馳せている。春夏冬に至ってはここを浦安にある東京ランドと勘違いしているのか、自撮り撮影まで始めやがった。
しばらく好きにさせたまま、部屋の入口でふたりを眺めていると、
「一成くーん、来てるの春夏冬さんだけじゃないの?」
下から上がってきたノエルが尋ねてきた。
「あれ、ノエル? 友達と出かけたんじゃないのか」
「待ち合わせになっても来ないから、連絡したら熱が出たらしくてさ。死ぬほど謝られて帰ってきた」
「連絡したつもりが、ってやつか」
「そうそう。熱で朦朧としてたらしい。待ち合わせは駅前だったから、帰ってきたの。――それで、春夏冬さんが来るっていうのは聞いてたけど、もうひとり来てるよね?」
玄関の見慣れない靴で察したのだろう。
「報連相を怠った春夏冬が、御縁を連れてきたんだ」
「そうなんだ。ま、仲間はずれはいけないよね」
「そうだな」
俺は室内のふたりに目を向けた。あまりにも夢中すぎて、ノエルのことに気づいていない。
「選ばれなかった恋愛敗北者同士だ。仲間はずれはいけないよな」
「はぁ!?」
「むっ!」
ノエルには気づかなかったくせして、こういう言葉には耳ざとく反応した。
「誰が選ばれなかった恋愛敗北者よ! バーカバーカ!」
「一成さんなんて……ブラックホールみたいなのに飲まれちゃえ」
いつものように知能指数を落とした春夏冬と、サッカーボール大の肉塊になれとえぐいことを言う御縁。
そんなふたりを鼻で笑っていると、
「そういう言い方、止めなよ一成くん」
面白くなさそうにノエルがたしなめてきた。
調子に乗っていた俺は、ノエルのたしなめなどどこ吹く風。腕組みしながらニヤニヤとした。
「敗北者は敗北者だろ。真実を口にしてなにが悪い。事実陳列罪ってやつか?」
「その言葉、わたしにも刺さるって忘れてない?」
「お、おう。そういえば、そうだったな」
俺は秒で勢いを失い、タジタジとなった。
ギラギラと凍てつくようなノエルの殺気が、
「謝って」
「すまんな」
「すまんな? 随分と言葉が軽いね」
「全面的に俺が悪かったですごめんなさい」
腹の奥から響くような剣幕に圧倒され、思わず頭を下げた。
「あの最低な男に頭を下げさせるなんて……」
「瀬川さん、凄いです!」
後ろのふたりはこの状況を、素直に感動していた。
もういいだろうと頭を上げると、ノエルは腕組みしながら凄んできた。
「セブンの季節品のシュークリーム」
「え?」
「セブンの季節品のシュークリーム」
「買ってこいと?」
「今すぐね」
「わかったわかった。だから怒りを沈めてくれ」
「人数分ね」
春夏冬と御縁の分も買ってこいとノエルは言った。多分ここで抵抗しようものなら、また凍てついた眼差しが、俺を突き刺すだろう。
ノエルがそうだとも忘れ、自分で蒔いた種だ。ここは自業自得と甘んじよう。
ハンガーラックにかけてるポーチを取ると、ふたりに向かって言った。
「散らかさないなら好きに見てもいいが、下着は漁るなよ」
「漁らないわよ! 私たちをなんだと思ってるのよ!」
春夏冬はそう憤るが、もう一度念を押す。
「一応だ、一応。さすがに下着類はお下がりじゃないからさ」
「……そうなんだ」
「なにちょっと残念そうな顔してるんだよ」
態度があからさますぎて、念を押してよかった。御縁まで残念そうに眉尻を下げている。
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