19 人が殺されたり、恐怖に怯えたり、不幸に陥るような話が好物
春夏冬に責められたことに触発されたわけではないが、たしかにこのままで不味いのはたしかである。
なにせ御縁とは、素で楽しい時間を過ごしてしまっている。優しくしているつもりはないが、向こうは生き生きとしていた。イツキがいなくなった今、好きな話を存分にできる相手を得られたのがよっぽど嬉しいのだろう。
これでイツキを忘れられるのならいいが、やはり御縁は想いを捨てきれていない。ふとした瞬間、イツキを相手しているような感覚に陥ったのか、恋する乙女の眼差しがこちらをジット見るときがある。イッセーくんと呼んだときなんて、自分が口にした言葉を気づいていない様子だった。
このままではいけないとはいえ、急に距離を置くと御縁も戸惑うだろう。あの自己肯定感が低い少女なら、俺の気に障ることを言ったかもしれないと自己完結し、落ち込んでしまう。
このままではいけない。けれど下手に距離は置けない。となれば御縁から距離を置くように仕向けるしかない。
もちろん、御縁はなかったです事件のような真似をするわけではない。苦手意識をもたせるのではなく、俺に求めているものを逸らすのだ。
そういうわけで、昨日の内に御縁を昼に誘った。
「おー、御縁」
昼休みとなり、教室外で食べるクラスメイトが、一通り捌けた後。御縁が後方のドアから、俺を求めて遠慮がちに覗き込んでいた。
近づくと、迷子だった子供が母親を見つけたように、パッと表情を明るくした。
「図書委員の仕事は大丈夫なのか?」
「はい。今週は当番じゃないですから」
「でも昨日は受付にいただろ」
「いつも、みんなの代わりに出てるだけなので」
「大丈夫か? いいように使われてたりしないのか?」
「ち、違います! そういうのはありません。お昼は落ち着いて本を読みたいから、わたしのほうから変わってもらっていたんです」
「だったらいいが」
その言葉に隠したいものはないと察した。
おそらく昼休みの居場所が求めた結果なのだろう。当番という名目であれば、図書室にいつもいても変ではない。昼休みに教室の隅でぽつんといつもひとりでいる奴と、思われたくないという自尊心があるのかもしれない。
「ともかく、飯食おうぜ」
「はい。今日は天気がいいから、お外とかですかね?」
「うちの教室でいいだろ」
「え」
身を翻して、自分の席へと戻る。遅れながらも御縁は、その後ろからついてきた。
予めくっつけておいた、二股の席へ手を差し伸べた。
「ほら、こっち使っていいから」
「は……はい。失礼します」
向かい合うような形で御縁は席に座った。
自分のクラスじゃない教室は居心地が悪いのか。招かざる客だと目を向けられていないか、気にするように周囲の様子を気にしていた。
「ほら、食おうぜ」
俺が弁当を広げると、覚悟を決めたように御縁もそれに倣った。
こちらの弁当箱と比べて、サイズは半分くらいだ。蓋が開いた中身は、男だったら一口サイズのいなり寿司が二貫に、ミニハンバーグを主役とした色鮮やかな弁当だった。
「お、美味そうじゃないか。御縁が作ってるのか?」
「いえ、お母さんのお弁当です。一成さんのほうこそ、美味しそうなお弁当ですね。えっと……これは、瀬川さんが?」
うちの事情を知っている御縁は、これは母親が作ったものではないとはすぐに察した。この場合の瀬川は、クラスメイトでもあるノエルを指している。
「いや、俺が作った。今週は当番だからな」
「へー、凄い。一成さん、お料理できるんですね」
「できるぞ。なにせノエルに教えてる側だからな」
いただきますも兼ねて、御縁は感動したように手を合せた。
今日の弁当は、俺の力量を御縁に見せつけるため、少々張り切った。昨晩から段取りしていた炊き込みご飯に、鶏つくね。レンコンの白さを生かしたキンピラ、ブロッコリーと人参の和え物、ほうれん草の胡麻和え、卵焼きにぷちトマトなどを添えた。
彩り溢れた映えを意識しながら作った弁当は、今頃友達と食べているノエルも、きっと大満足だろう。
「折角だからおかずとか交換しようぜ」
「はい、是非!」
こうしていなり寿司と炊き込みご飯、ミートボールと鶏つくね、といった具合に交換していきながら、楽しいランチを過ごしていた。あれだけ居心地悪そうにしていたのに、御縁は自分のクラス――いいや、人目のつかない外にいるかのように、すっかりとリラックスしていた。
御縁にとって、イツキがいなくなってから一番楽しい時間が今。きっとこれは、自惚れや勘違いなんかではないはずだ。
勘違いではないと言えば、もうひとつ。
隣から殺意にも似た波動が送られてくるのは、きっと思い違いなんかではない。今日もボッチ飯を決めている失恋モンスターは、楽しそうに御縁とお昼を過ごしている俺が気に食わないのだ。きっと御縁がいなくなった瞬間、扱いの差に切れだすに違いない。
ここまでは予定通りだ。わざわざ小林に、今日もお昼は別な場所に行ってもらったのだから、しっかりと目的を完遂せねば。
弁当も食べ終わり、片付けた後、
「あ、そうだ一成さん。これ、どうぞ」
思い出したように御縁は、一冊の本を差し出してきた。
「おー、サンキュー。この本、気になってはいたんだけど、前住んでいた近くの図書館になかったんだよな」
「これほどの名作がですか?」
「多分、誰かが借りパクしたんだな。ずっと貸出になってるんだ」
「心無い人もいるんですね。一成さんは絶対、この本は好きだと思います」
受け取った本に目を落とした。
タイトルは『葉桜の季節に君を想うということ』だ。
「なにそれ、恋愛小説?」
ずっと隙を窺っていたハイエナが飛びかかるように、低い声音をもたしてきた。
「あんた、そういうの見るの? 顔に似合わないものを嗜むのね」
「言っとくがそれ、イツキにも当てはまることだからな」
「うっ」
失恋モンスターは、バツの悪そうな顔を浮かべた。
「それに御縁のおすすめの時点で、恋愛小説はまずないぞ」
「あ、そうなの? 御縁さん、普段どんなものを読んでるの?」
交流がない相手へ、こういう風にあっさりと話を振れるところは、さすが学園ナンバー1女子。ただ男子から持て囃されてきただけではない、いつだってクラスの中心となってきたコミュ力は健在だった。
「えっと、あの、その……」
一方、春夏冬と正反対のような性格をした御縁は、いきなり話を振られたことに動揺した。これは間に入ってやる必要がありそうだ。
「御縁はな、人が殺されたり、恐怖に怯えたり、不幸に陥るような話が好物なんだ」
「へ、へー……なんか、意外ね」
春夏冬は顔を引きつらせた。
御縁は慌てるように叫んだ。
「か、一成さん……!」
「嘘はついてないだろ、嘘は」
「……それは、そうですけど」
「えー、本当なんだー……」
御縁が肯定したことに、ますます春夏冬は引いていく。
誤解を積極的に招いた俺に、御縁は顔を伏せ、肩をプルプルと震わした。きっと前髪の向こうには、恨みがましい上目遣いがあるに違いない。
泣かれる前に、あっさりとネタバラシをする。
「ミステリーだよ、ミステリー。御縁はミステリ大好き女子なんだ」
「あ、そういうことね。素直にそう言えばいいのに、わざわざ誤解を招くとか、ほんと酷い男ねあんたは」
「酷い人なんです、一成さんは」
春夏冬と御縁は顔を合わせると、力強く頷きあった。
「でもミステリーか。御縁さんが好きなそれって、殺人事件が起きて、その謎解きをするやつでしょ?」
「はい。父がそういう本を書いている人なので、その影響で」
「へー、御縁さんのお父さんって、ミステリー作家さんなんだ。すごーい」
物珍しいものを目の当たりにし、感動したような表情を春夏冬は浮かべた。御縁は父親の存在を褒められたのが嬉しかったのか、面映そうに頬が綻んでいる。
「でもミステリーか。昔はよく見てたなー」
「え、春夏冬さんもミステリが好きなんですか?」
「今は溜まったら、まとめて見る程度だけどね。御縁さんと比べたら全然よ」
「ど、どんな本を読んでいるんですか?」
ワクワクしたように食いつく御縁。きっと前髪の向こう側は輝いているだろう。
「名探偵コナン」
「ああ……私も全巻持ってます。映画も全部、見てますよ。コナン、面白いですよね」
その輝きが失われたのは、前髪を掻き分けなくても明らかだった。
コナンが悪いのではない。かといって春夏冬が悪いというほど、俺も鬼ではない。
「そっか、そんなに御縁さん、コナンが好きなのね」
「違う違う。いや、違くはないんだが」
「なによ、うるさいわね。人の話に入ってこないでよ」
やっぱりこの女が悪いでいいか?
イラッとした憤りを堪えながら、御縁が主張できない認識をすり合わせる。
「御縁が語りたいほど好きなのは、その元ネタたちだ」
「コナンの元ネタ?」
「シャーロック・ホームズとか、それを生み出したコナン・ドイルとか。後は江戸川乱歩とかそういうのだ」
「あ、ミステリー小説が好きなのね」
「そうだ」
得心がいったような顔をした春夏冬は、途端に閃いたように手を合せた。
「もしかして江戸川コナンって、その作家たちから取って付けられた名前だったりする?」
「嘘だろおまえ」
このポンコツ、第一話の内容すら忘れてやがる。
御縁もこれには顔を曇らせた。同好の士になりえないと諦めたのだ。
「カトー、おまえは普段、小説とか読まないのか?」
御縁に借りた本を開いて見せると、春夏冬は眉をしかめた。ピーマンを食べろと言われた子供のようだ。
「別に読まなくたって生きていけるし」
「イツキだってよく読んでたぞ。それこそおまえの何十倍……いや、ゼロになにをかけてもゼロだったな」
「ゼロとは心外ね! 読書感想文だって書いてきたんだから、小説くらい読んだことあるわよ!」
「そういう学校にやらされて仕方なくはカウントに入らん。自発的に物語を求めて、読んだことがあるのかって話だ」
「……あ、あるわよ。そのくらい」
春夏冬は活字を前に目を滑らせるように、俺から視線を逸らした。
あ、これは嘘だな。
「なにを読んだんだ?」
「は、ハリー・ポッター」
「嘘つけ。おまえのような人間が、映画で済ませられるものをわざわざ活字に求めるわけないだろ」
「うっ……」
正論に怯むように、春夏冬は口元を歪めた。痛いところを突かれたようにしているから、自分でも無理があった嘘だと自覚があるのだろう。
「絶妙に読んでそうな作品をあげるのがセコいというか、なんというか。必死すぎて滑稽だな」
「キィー!」
春夏冬は悔しそうに金切り声を上げた。
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