18 ちょっとウケるな

「言っとくけどね、御縁さんは――」


「わかってるわかってる。おまえと同じ、イツキに選ばれなかった恋愛敗北者だろ?」


「誰が恋愛敗北者だ! いくらなんでもその言い方は酷いんじゃない!?」


「悪かった悪かった、口がすぎたよ」


「本当に反省してるの?」


「反省してるって。いくらなんでも傷心中の女の子相手に、過ぎた言葉を使ってしまったって。御縁はなかった謎掛けの件もあるんだ。御縁には心から謝罪しないとな」


「私は? ねえ、私は?」


「おまえは所詮、選ばれなかった敗北者だ」


「取り消しなさいよその言葉!」


「嫌だね」


「キィー!」


 春夏冬は悔しそうに顔を真っ赤にした。


「なんで御縁さんと比べて、私の扱いこんなに悪いのよ……」


 怒髪天を衝いている春夏冬をこのまま放置していこうとすると、


「もしかして、私のこと嫌いなの? ……そこまで嫌われるようなこと、したっけ、私?」


 途端に覇気を失い、弱々しく肩を落としていく。


 病みモードである。このまま放置すると、メンタルが底なし沼に引きずり込まれて、最終的には手首を切りかねない。いくら俺なりの思惑があり、粗雑に扱っているとはいえ、そうなったら本末転倒だ。


「カトー。俺はな、心からふたりが失恋から立ち直って、前を向けるようになってほしいと願ってるんだ。イツキへの想いをいつまでも引きずっていても、幸せになんてなれないだろ?」


「それは、そうだけど……でも、だって」


「それが簡単じゃないのもわかってる。だけどここは堪えどきだ。前にも言ったが、優しくされたカトーは絶対に俺のことを好きになる。愛を求めずにはいられない。でもな、それはただ俺が、イツキの上位互換だからって話じゃないんだ。おまえがイツキを本気で想ってきたったからこそ、瓜二つの男が側にいたら、代替品を求めずにはいられなくなる。それだけはダメだ。イツキの代わりはいないってことをちゃんと受け止めて、カトーには前を向いてほしいんだ」


「あんた……ちゃんと、私のこと考えてくれてたのね」


「俺が厳しく接するしかない理由、わかってくれたか?」


「うん。わかった……ありがとう、私のイッセーへの想いを大事にしてくれて」


 言葉を尽くしたことで、俺のこれまでの態度に春夏冬は納得したようだ。


 これで少しは、俺にイツキの面影を求めることを、控えるようになってくれればいいが。


「だけどよ」


 丸く収まったところ、二股が言った。


「それって御縁と比べて、扱いが悪い説明にはなってねーよな」


「あ……」


「チッ。二股、余計なことは言うな」


 春夏冬がそれに気づいてしまい、俺は舌打ちをした。


 改めて春夏冬に向き合って、扱いの違いについて説明する。


「御縁はか弱い女の子なんだ。おまえと同じく、雑に扱うわけにはいかんだろ」


「そもそも私を雑に扱わないで!」


「おまえは今の扱いで、彼女面し始める失恋モンスターだぞ? 御縁のように扱えば、無限に求めてくるに決まってる。おまえはこれからもこの扱いだ!」


「いや! 私も御縁さんのように、か弱い女の子として扱って!」


「か弱くないからダメだ!」


「キィー!」


 顔を伏せると、悔しそうに机をバンバンと叩く。


 小林がいればこのまま放置してもよかったのだが、戻ってきたら病み堕ちしていても困る。


 これはもう少し、相手をしてやるしかなさそうだ。


「そもそも、イツキのどこに惚れたんだ」


「優しいところ」


 膨れた子どものような声音で春夏冬は答えた。


「どいつもこいつも、揃いも揃って優しい優しいって。俺の弟には、もっと他にいいところはないのか」


「全部よ。そんなイッセーを愛してるの」


「そのイツキは、他の女を愛しているがな」


「うぅ……」


 机に伏せたまま、春夏冬はめそめそと呻いている。


「そもそもなんでおまえのような女が、わざわざイツキを好きになったんだ」


「私には、イッセーを愛する資格もないってこと?」


 絶望した横顔がこちらを向いた。


「逆だ逆。なんでおまえほどの女が、イツキを好きになったんだって話だ」


「……それって褒めてるの?」


「褒めてる褒めてる」


 疑心暗鬼に陥った春夏冬に、俺は力強く頷いた。


「今でこそポンコツで、急に彼女面し始める失恋モンスターという恐ろしい怪物だが、元々はこうじゃなかったんだろ?」


「天梨はずっと、男たちの憧れだからな。基本こいつ、なんでもできるから」


 二股が一切の忖度のない顔で答えた。


「イツキも言ってたぞ。世界は天梨が中心に回ってるんじゃないかってくらい、輝いている子だって」


「本当!? 本当にイッセー……私のこと、そう思ってくれてたの?」


 跳ねるように上体を起こした春夏冬は、その目を輝かせた。


「ああ、本当だ。そんな凄い女には一番凄い男がお似合いだって、カトーの相手に俺を推してたくらいだ」


「イッセー……! こんな酷い男、私嫌だ!」


「気があうな。俺もおまえのような失恋モンスターはごめんだ」


「イッセーの奴、天梨の好意にマジで気づいてなかったんだな」


 嘆いている春夏冬を、二股は同情するように眺めていた。


「そもそもイツキを、好きになるキッカケとかあったのか?」


「どうやらふたりは、小学生のときに一度だけ会ってるらしい」


 答えたのは二股だった。


「そのときに恋をしたってわけではないらしいが、大切な思い出としてずっと残ってたらしくてな。中学に上がったとき再会して、ってやつらしい」


「またベタな再会しやがって」


 御縁と同じじゃないか。ノエルと白雪もそのパターンだ。


 我が弟はとんだ主人公体質だ。運命力が高すぎる。


「それで、イツキとはどんな出会いだっんだ」


「嫌よ。絶対に教えない」


「は、なんでだよ?」


 語りたがると思っていただけに、虚を突かれてポカンとしてしまった。


 敵愾心を燃やすような、恨みがましく春夏冬に睨めつけられる。


「絶対なにかにつけて、酷いこと言うもの。イッセーとの思い出を傷つけられるのはごめんだわ」


「じゃあいいや。イツキに直接聞くから」


「あ、それ無理だぞ」


「え?」


 二股がそう告げられ、面食らった。


「イッセーの奴、天梨と初めて出会ったときのこと覚えてないんだよ。それがショックだったらしくてな。意地になって、イッセーに自力で思い出してもらおうとしてたんだ」


「無理だぞ、って意味はもしかして?」


 言葉は不要というように、二股は力強く頷いた。


 春夏冬に目を向けると、バツの悪そうにしていた。


「知ってるか? イツキを愛した女たちは全員、おまえと同じパターンだぞ」


「同じって……なにがよ」


「小学生のときに出会って、中学生で再会ってやつが」


「そうなの?」


「その中でひとりだけ思い出して貰えないとか、ちょっとうけるな」


「うけてるんじゃないわよ! バーカバーカ!」


 小学生レベルまで知能を落とした春夏冬の罵声を浴びていると、ふと過去を思い出していた。


「実は俺もイツキのように、一度だけ小学生のときに出会った子がいてな。まるで天使のように可愛かった」


「さすが双子だな。そういう経験まで瓜二つかよ」


「あれはもう一目惚れ、初恋だったな」


「その子とは?」


 二股に尋ねられ、苦笑しながら肩をすくめた。


「イツキのような運命力は、どうやら俺にはないらしい。もし目の前に現れたら、一目でわかるんだけどな」


「あんたのような酷い男が、運命のような再会なんてできるわけないでしょ」


「思い出してもらえない女が、なんかほざいてる」


「キィー!」


「なーに、またやってるの?」


 保護者こばやしが戻ってきたのでバトンタッチして、俺は図書室へと向かったのだった。


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