13 俺たち双子はバファリン
「おはよう」
「おう」
「あー」
「んー」
男子たちにとって、最早嫌がらせでしかない挨拶をしながら、自分の席へと向かった。
今日も春夏冬と小林は先に席へ着いており、仲良くお喋り――はしていなかった。
「どうしたんだ、このポンコツは?」
机に伏せ、小林に頭を撫でられている春夏冬を見て、何事なのかを訊ねた。
「なんで俺が来る前から、めそめそうじうじ病んでる」
「イッセーくんのインスタ見てね。この有り様なの」
小林が状況を簡潔に説明してくれた。
この場合は、俺のインスタではなく、イツキのアカウントの話だ。
直近に更新された写真を思い出し、すべてに得心がいった。
「ああ、あの映えそうなホテルの写真か」
「そうそう。イッセーくんが泊まったホテルの写真」
イツキは承認欲求を拗らせたいいね乞食ではない。残したい思い出を、気ままに撮る。見られる相手は友人間に限定されているから、近況報告的な日記感覚で、こんなところへ行ったと写真を上げるのだ。
リゾートのスイートホテルというわけではないが、庶民が気軽に泊まるような場所ではない。それこそ記念日に奮発するような部屋であった。
春夏冬がダメージを受けたのは、その部屋で彼女と身を寄せ合っている自撮り写真である。
「あの後ろに映ってたでかいベッドに、ふたりで寝たんだろうな」
「あぁー! うぅー!」
嫌々するように春夏冬は両耳を塞いだ。
外界の情報をすべてシャットダウンしたい。そんな深海の貝になりたそうな春夏冬の左手を無理やり掴んで、耳から離した。
「恋人持ちのSNSなんて見たら、あんな写真があることくらいわかるだろ」
「わかってるけど……でも、だって」
でもでもだってちゃんは、絞り出すように言った。
「イッセー、今なにしてるんだろうなって思って、つい」
「そうか、いつもの自業自得か」
「うぅ……」
「バーカ」
「ん~~! ああ、もう!」
病み落ちしそうになっていたところに追い打ちをかけると、春夏冬は机をバンと叩いて熱り立った。やはりこういうときは、シンプルな罵声で怒らせるに限る。
「なんで傷心中の女の子相手に、そんな酷いことばかり言えるのよ! 生まれたときイッセーに、いいところ全部持ってかれたんじゃないの!?」
今にもキー、と言い出しそうな迫力で春夏冬は凄んだ。
少しは調子が戻ってきたかと、真っ向から相手をしてやることにした。
「バカいえ。むしろ俺は、イツキの完全上位互換だぞ。わかりやすい数字で、それを証明しただろ」
「あれには驚いたね。イッセーくん、口だけの男じゃないんだって」
小林は頬杖をつきながら、感心した面持ちを向けてきた。
「まさか万年一位だった天梨の座に、あっさり着いちゃったんだから」
「あ、あれは……調子が悪かったから」
「そうだな。調子が悪すぎて、一桁が二桁になったな」
「うぅー……」
俺が死体蹴りをすると、力なく春夏冬は椅子に座って、肩を落とした。
春夏冬の才媛ぶりを見たことがないのは、こういうことだ。テストではずっと一位だったらしいのに、今や十一位にまで転落している。体育でもバレーボールを顔面に受けたり、短距離走では転んだり、とにかくいいところなしだ。
イツキに選ばれず、いなくなったショックは、ここまでメンタルに響いている。この有り様をイツキに知られる前になんとかしてやりたいが、こればかりは俺ひとりの力でどうにかなるものではない。
「で、でも……! イッセーのいいところは、数字じゃ出ないところだから!」
なにか言おうとする前に、再び春夏冬は噛みついてきた。イッセーより俺が上だということだけは認められない。その思いが折れない心を生み出したのだろう。春夏冬の扱いをまたひとつ覚えてしまった。
「あんたはただ、お勉強ができるだけ。イッセーのほうが、よっぽど人間として優れているわ!」
「具体的には?」
「イッセーは優しいから」
ドヤ顔で春夏冬は胸を張る。
複雑な気持ちが、胸に染み渡っていく。
俺ですら、イツキが俺より優れている長所を、パッと十個は思いつく。でもイツキを愛した女にそれを聞いたら、真っ先に出てきたのが優しさ。個性もなければ褒めるところもない人間の美点を、無理やりひねり出したテンプレ的な解答であった。
途端に春夏冬が可哀想になってきた。可哀想なので、その自慢げな顔に付き合ってやることにした。
「まあ、俺たち双子の性格はたしかに違う。なにせふたりでバファリンみたいなところがあるからな」
「バファリン?」
俺の言いたいことがわからず、春夏冬は首を傾げた。
「聞いたことはないか? バファリンの半分は優しさでできているって」
「聞いたことはあるけど……それがどうしたのよ」
「あいつはな、その優しさでできているんだ。そして残ったもう半分で俺はできている」
「なんなのよ、そのもう半分って」
「厳しさだ」
厳かな声音で俺は言った。
「だからイツキが今まで優しくした分だけ、俺はおまえに厳しくしなければいけないんだ」
「なんでそうなるのよ!?」
「俺たちは二人合わせてバファリン。そうじゃないと薬が成立せんだろ。俺だって本当はおまえに優しくしたい。だけどおまえのためを思って、心を痛めながら泣く泣く厳しくしてるんだ」
「そんな厳しさいらないわよ! 優しくしたいなら、素直に優しくしてよ!」
「ダメだ、俺はカトーには絶対に優しくしない。これからもおまえのために、厳しく接していく所存だ」
「この男、もう嫌だ……助けてイッセー」
他の女を選んで旅立っていた男に助けを求めながら、春夏冬はめそめそとしながら机に伏せた。それを小林が頭を撫でるまでがセットである。
今日も世界は平和である。
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