04 恋心

 肩をぶるぶると震わせ、恨みがましい目で、春夏冬は不満を訴えようとしてくる。


「そもそも好きなら好きって、とっとと告げときゃよかっただろ」


 それをインターラプトするように、こちらから口火を切った。


「イツキを本気で好きな女なんて、俺が知ってるだけでおまえを含めて四人はいるぞ。誰かに先を越されると思わなかったのか?」


「もちろん……考えてはいたけど」


 春夏冬は痛いところを突かれたように、絡めた手をもじもじさせながら目を逸らした。


「じゃあ、なんでとっとと好きだって言わなかった?」


「それは……」


「それは?」


「……言われたかった」


「は?」


 頬を染めながら口ごもる春夏冬に聞き返す。


「イッセーから好きだって、言われたかった」


「その結果がこの有り様か。自業自得だな」


「でもでもだって!」


 バッサリと切り捨てると、言い訳するように春夏冬は叫ぶ。


「いいか、でもでもだってちゃん。おまえはな、幸せになりたかったら素直な気持ちを伝えればそれでよかったんだ」


「だって……断られるのが怖かったんだもん」


「あいつだって男なんだ。こんな綺麗で、可愛くて、その上スタイルだって完璧な美人に求められたら、嬉しいに決まってるだろ」


「で、でも……あんたが言ったんじゃない。イッセーは、上辺だけで私を好きになるような、他の男とは違うって」


「まあ、その場ですぐカップル成立はないだろうな」


「ほら、みなさい! 適当なこと――」


「いいから話を聞け。元々イツキからの好感度は絶対的に高いんだ。ちゃんと気持ちを伝えて意識さえさせれば、一ヶ月もあれば心からオチるぞ」


「たった、一ヶ月で?」


「あいつだって少女漫画の純愛に憧れるような、悟りを開いた仙人じゃない。好きな相手がいない内に、自分を好きになってくれる仲のいい女の子がいたら、惹かれるに決まってるだろ」


 品定めするように、春夏冬の頭から足先まで見る。


「それが誰もが憧れるような美人ならなおさらだ」


「じゃあ、一ヶ月っていうのは……?」


「あいつは真面目だからな。付き合うのならちゃんと好きになりたいっていう、イツキなりの心の整理の時間だ。告白した時点で、その気持ちを受け入れているようなものだぞ」


「そっか……好きっていうだけで、私、イッセーに好きになってもらえたんだ」


 イツキにとって、自分がそのくらいの立ち位置の女だった。それにちょっと嬉しそうにしているが、すべては取り返せない過去である。


「ま、なにを言っても後の祭りだがな。今のあいつの心は、他の女のものだ」


「うぅ……イッセー!」


 また卓上に伏しながら、春夏冬は泣きわめく。


 折角病み状態から回復したばかりなのに、と恨みがましく小林が見てくる。


「リンリンも、なんでこいつの背中を押してやらなかった。中学からずっとイツキを見てたら、いけるってわかっただろ」


「逆に聞くけど、押さなかったと思う? 好きなら好きって言えばいいのにって、月一で言ってきたわよ」


「親友の忠言すらも無視するなら、なおさら自業自得だな。同情の余地がまるでない」


 小林と顔を見合わせ、お互いに嘆息を漏らした。


「イツキが白雪ちゃんを好きになったのは、たしか去年のクリスマスだろ? 年末くらいに、『これが誰かを好きなるって気持ちなんだ』みたいなこと言ってたぞ」


「あのときも絶望してたわね天梨。こんなことなら早く好きって言えばよかったって」


 またシクシク泣いている春夏冬の頭を、小林は撫でている。


「だからチャンスがまたやってきたときは、反省を生かそうとしたのにね」


「白雪ちゃんがこの地を離れなきゃいけないから、告白を断ったときか?」


「そうよ……もうこんなチャンスは二度とないって、今度こそ告白しようとしたんだもの」


 伏したまま、涙声で春夏冬が言った。


「バレンタインにチョコをあげたとき、失恋の気晴らしに付き合ってあげるって、約束したのに……そこで、告白するつもりだったのに」


「なんでその場で、そのチョコは本命だって言わなかった?」


「でも、だって……」


 でもでもだってちゃんは鼻をすすった。


「さすがに矢継さんが旅立つ日に、本命だって言えないじゃない」


「で、本命のチョコを渡した直後に、あいつは学校をサボって本命を求めに行ったのか」


「なんでなの……! なんでそうなるのイッセー!」


 失恋モンスターは悲しみの咆哮を教室中に響かせた。


「なんだ、またやってるのか」


 彼女との時間を満喫してきたのか、二股が戻ってきた。


「学習しない天梨が、イッセーに遊ばれてるのか?」


「ううん。イッセーくんのバレンタインの話したせい」


「ああ。イッセーが学校サボって、矢継のもとへ行ったときのか」


「それをイッセーくんが蒸し返したの」


 二股は得心した顔で椅子に座った。しかし俺たち兄弟のことを、同じくイッセー呼びしているのに、よく混乱しないで通じるものだ。


「でもあれって、イッセーくんらしくないよね」


「だよな。イッセーはあんな思い切ったことをする奴じゃ、なかったはずなんだが」


「天梨が背中を……押すわけないとして、本当どうしたんだろ」


「イッセーの奴、いきなり漫画の主人公みたいに覚醒したからな。今でもイッセーの中で、なにが起きたのか不思議でならん」


 ふたりともイツキの行動に、未だ疑問を抱いているようだ。


 小林が俺に目を向け、


「イッセーくん、イッセーくんになにがあったか知らない?」


「知ってる知ってる。あのときの話はよく覚えてるぞ」


「お、マジか。聞かせろ聞かせろ」


 二股は椅子の向きをそのままに、身体ごと振り向いた。


「多分、丁度春夏冬からチョコを貰った直後だろうな。イツキから電話が来たんだ」


 あの日のことは、今でも忘れられない。

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