03 中古の恋心

「これで他に彼女を作ろうもんなら、『あれだけ好きだって言ってくれたのに!』とか記憶改ざんして刺してきかねん。だから俺は、こいつに優しくしないんだ」


「いっそもう、この子を貰ってあげたら? ほら、こんな美人、テレビ以外じゃ滅多にお目にかかれないわよ」


 小林は名案を思いついたように、そんな提案をしてきた。


 こいつは本当に親友なのかと訝りながら、春夏冬を品定めする。


 たしかに春夏冬は飛び抜けた美人である。


 日本人の両親から生まれたとは思えない、陶器のような白い肌。大きい宝石のような青い瞳。そして月の光を溜め込んだような、金色の髪が左右で結ばれている。目元の華やかさや堀の深さは日本人離れしているが、外国人のような彫刻的な堅い印象はない。日本人らしい親しみやすさがある。いわゆる日本人好みのハーフ顔だ。正確には春夏冬の場合、クォーターらしい。


 すらりと手足も長く、出るところは出ており、引っ込むところは引っ込んでいる。モデルをやっていると言われたら、訝るよりもやっぱりね、と誰もが口にするだろう。


 これでテストを受けさせれば万年一位。運動部に引けを取らない身体能力も兼ね備えているようで、まさに神が二物も三物も与えた、誰もが憧れる将継学園の才媛である――というのは伝聞であり、春夏冬の才媛っぷりをお目にかかったことはない。初めて会ったときには、既にメンタルがズタズタの失恋モンスター。ただのポンコツであった。


 言い伝えの中で唯一残っている美点は容姿であるが、


「たしかにこれほどの美人、彼女にできたら鼻は高いが」


「でしょ? 今は株価が最低値を割ってるから、お買い得よ?」


 ふたりの友情に思うことはあるが、今はあえて突っ込まない。


「弟の使い古しを彼女にするのはさすがにな……」


「誰が使い古しよ!」


 春夏冬が物理的にも精神的にもいきり立つ。


「そうだった。使ってもらえなかったんだっけ?」


「キィー!」


 悔しいときキィーなんて現実で言う奴がいるなんて、と感動した。


「でも今回の場合は、心の話だよ」


「心?」


 訝るように春夏冬は眉根を寄せた。


「初恋をイツキに捧げて想い続けてきたんだろ?」


「そうよ。私はずっと、イッセーのことだけを想ってきたんだから。気持ちが揺れたことなんて、一度もないわ」


「ならイツキで散々擦り続けてきたその恋心は、立派な使用済みだろ。いくら学園の人間関係を引き継いたとはいえ、中古の恋心までは引き継ぎたくねーな」


「どこまで最低なのよ、この男……」


 春夏冬から軽蔑の眼差しを向けられた。


 ちょっと言い過ぎたと反省し、フォローを入れる。


「どうあれ、男たちの憧れであることには代わりないんだ。イツキのことなんて、とっと忘れて次を探したほうがいいぞ。カトーと付き合いたい男なんて、それこそ星の数ほどいるだろ」


「そ、それは……」


 持ち上げられて、少し嬉しそうにする春夏冬。


「ま、俺は弟の払い下げなんてごめんだけどな」


「バーカバーカ!」


 間髪入れず告げると、小学生レベルの罵倒を吐かれた。その姿は、才媛だった頃の面影はまるでない。




     ◆




 昼休み。二股は学園で作った彼女と過ごすようなので、俺はひとりで弁当を食べていた。なにせ男子から目の敵にされているから、二股以外の男友達がいないのだ。こればかりはイツキから引き継いだものではなく、二カ月足らずで生み出した状況である。


 二股の後ろ盾があれば困ることはないので、気にするほどの悪環境ではない。嫌ってほど気になるのは精々、隣からチラチラと見てくる選ばれなかった恋愛敗北者の視線である。


 春夏冬はどれだけ粗雑に扱われても懲りないかまってちゃんだ。相手にされないくらいなら、コケにされて顔を真っ赤にする道を選ぶ。イツキとの失恋で、性癖が歪んでしまったのかもしれない。


 マゾ心を刺激し、悦ばすのも癪なので、春夏冬の視線をガン無視した。


 チラチラからジィー、ってなっても屈しない。弁当もとっくに食べ終わり、スマホで料理動画の視聴に集中していると、


「どうして……どうしてなの」


 いよいよ泣き言が漏らし始めた。


「どうして私を選んでくれなかったの、イッセー……」


 こうなった春夏冬はとにかく面倒くさい。底なし沼にハマったかのように気持ちが沈んでいき、泣き言を漏らし、自己肯定感を失い自虐的になる。この状態で粗雑に扱うと、怒るどころかますますメソメソして、マイナス思考を拗らせ病んでいく。その状態を放っておけば手首を切りかねない。


 怒る元気がある内はまだいいのだ。だからこうなる前に一度怒らすのだが、今回はメンヘラの管理を失敗したようだ。


 小林がいつものように、よしよしと春夏冬を撫でている。


「そうねー、どうしてかしらねー」


「イッセー……なんでなの」


「こんなに可愛いのに、なんでかしらねー」


「可愛くないから、選ばれなかったのかな……」


「そんなことないよー。天梨が一番可愛いよー」


「じゃあなんで、イッセイは選んでくれなかったの……?」


「なんでかしらねー。不思議よねー」


「矢継さんと比べて可愛くないから、私は選ばれなかったのよ……」


「そんなことないよー。天梨が一番可愛いよー」


 顔を伏せながら、しくしくめそめそじめじめとしている春夏冬を、小林はスマホ片手にあやしている。言葉にはまるで感情がこもっていない。


 小林は、別に友達甲斐がないわけではない。こうなった春夏冬に言葉を尽くしても無駄なのを、小林は誰よりも知っている。大事なのは苛立たず、そして面倒くさがらずに、根気よくあやしてやることだ。


 こんな面倒くさい友達を投げ出さず、相手にしている小林は偉い。そんな小林のためにも、貝のように閉ざし続けていた口を開いた。


「それは違うぞ」


「え?」


 ずっと伏せていた春夏冬は、そのまま横顔を向けてきた。


「イツキから将来のいもう……白雪ちゃんの写真を見せられたことはあるが、主観的にも客観的にも、おまえのほうが美人だぞ」


「本当? 本当に私のほうが可愛い?」


「ああ。これは慰めの優しさでもなんでもない。心からそう思ってる」


 涙で濡れた真っ赤な目は、花咲くように見開いた。でもそれはつかの間だけ。つぼみが閉じるように目は細くなる。


「でも、イッセーは矢継さんを選んだ……」


「それはな、あいつが見た目だけで、女を好きになるような男じゃなかったってことだ」


 椅子を引き、身体ごと春夏冬に向き合った。


「おまえだって、美人だからって理由で選ばれても、素直に喜べないだろ?」


「うん……やっぱり中身を含めて、好きになってほしかった」


「だからあいつは、上辺だけでおまえを好きになるような、他の男とは違ったっていうだけの話だ。選ばれなかったから、自分は可愛くないなんて自虐する必要はないぞ」


「そうよ。いつも言ってるでしょ。天梨はいつだって一番可愛いって」


 ここが持ち直し時だと悟ったのか、小林はスマホから顔を上げていた。


 卓上にずっと伏していた顔を上げて、春夏冬は感動したように瞳を潤ませた。照れ隠しのように顔を覆い、涙を拭う真似をする。


 どうやら感情の底なし沼から脱したようだ。


「……待って」


 これで一安心と思ったら、春夏冬は気づいたように声を上げた。


「それって、中身で負けたってこと?」


「あっ……」


 俺はわざとらしく、口元を覆った。

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