第19話 ディートの杖専門店
「杖が壊れた」
夕食が終わってリビングで休んでいると、ユウリがそんなことを言ってきた。
見ると樫の木を使った杖は真ん中でパッキリと折れ、芯になるユニコーンの骨片が露出している。
「急に壊れたのか?」
「うん。放課後に魔法の練習をしてたらいきなり」
入学したばかりの一年生が杖を折ることはほとんどない。
覚えたばかりの魔法では注がれる魔力も少なく、大きな負荷がかからないからだ。
ただ、天使化の経験があるユウリは違う。
短時間とはいえ、人間では扱いきれないレベルの魔力が杖を通ったと思う。
さすがに壊れても仕方がない。
「気にするな。テープでも巻いておけばいいだろう」
「これから魔法を使う時は先生に杖を握ってもらう」
「明日は休みだったな。街へ買いに行くか」
ここまで重症だと、俺の魔法でどうこうできるレベルじゃない。
杖は魔法使いにとって、身体の一部みたいなものだし、ちゃんとした店で購入した方がよさそうだ。
「……それって……」
「どうした?」
「ううん、なんでもない。明日楽しみにしてる」
ユウリは微笑むと、嬉しそうに階段を上がっていった。
なにか含みがあるような気がしたけど、たぶん気のせいだと思う。
翌日。
俺とユウリは朝から、街のサンドリヨン通りを歩いていた。
石畳の大通りを挟むように、左右には様々な店が並んでいる。
陳列棚には口を縫われたマンドレイクが置かれ、鳥籠に入ったワイバーンの幼体は火を吹いている。
魔法に関わる品物が当たり前のように売られているのは、アストラル魔法学園のお膝元ということなのだろう。
通行人も魔法使いらしくローブを羽織っている人が多い。
「先生、わたしの服どう?」
「似合ってるんじゃないか」
「その目、興味なさそう」
「そんなとこはない。色合いと……形がいいんじゃないか」
「…………」
ユウリは花柄のワンピースと二ットベストを着て、その上から新品のローブを羽織っていた。
落ち着いた雰囲気で可愛いとは思うけど、正直俺に服ことを尋ねられても困る。
人間が一年間も同じ服装で暮らすとどうなるか。
答え、「穴が開いてなけりゃなんでもいい」
のんびりと雑談をしながら、俺たちは大通りを歩いていく。
そして十字路を何度が曲がると、
「ここだな」
看板に『ディートの杖専門店』と書かれた店に到着した。
この店は街で三本の指に入るくらい、杖の品質いいという話だ。
学園にもポスターが貼られていたから、よく覚えている。
古そうな木製の扉を開くと、ギイイィーと蝶番がきしむ音がした。
「いらっしゃい。今日はどんなご用件で?」
「この子に新しい杖を売ってもらいたい」
店の奥から、長い鼻をした老人が姿を現す。
その周りには杖の入った箱が、棚の上から下までぎっしりと詰まっていた。
雰囲気や匂いは古書店に近い気がする。
「見たところ一年生のようですが。ずいぶんとお転婆ですな」
「今時の子供はいろいろと複雑でな」
「よろしくお願いします」
ペコリ、とユウリが頭を下げる。
ディート老人は顎を手でさすると、一枚の紙を差し出した。
「この紙にあなたの魔力を通しなさい。さすれば最も相性のよい杖を選んでくれるでしょう」
「どの杖にも合わないなんてこともあるのか?」
「もちろんあります。うちの杖は気難しい物が多いですから。ただ選ばれた一本は未来を切り開いてくれるでしょう」
意味深なことを言う老人だけど、たしかに何とも言えない迫力がある。
「ユウリ、やってみるか」
「うん。絶対いい杖を当ててみせる」
ユウリは紙を手に取ると、魔力を流していく。
すると紙の表面に魔法陣が浮かび、青白く発光を始めた。
これは魔道具を起動するときに多い反応だ。
この紙も同じ性質を持っているんだろう。
「紙の形が変わっていく……」
「ほう、面白いな」
ユウリの紙は鳥、犬、船と目まぐるしく姿を変えていく。
まるでちょっとしたサーカスみたいだ。
そして、最後は蝶の姿に変身して、翅を広げてパタパタと飛び立った。
「なるほど。蝶とは面白いですな」
「どこに行くんだろ」
「お、止まったな」
紙の蝶は深緑色の箱に、チョコンっと止まった。
ディート老人はその箱を手に取ると、ユウリの前に運んで蓋を開けた。
「どうぞお嬢さん」
これがユウリの新しい杖になるわけか。
なんだか関係ないのに俺まで緊張してきた。
「これがわたしの杖……」
「素材はトネリコの木ですな。芯にはグリフォンの牙を加工した物を使っております。もう三十年も主人に出会えていなかったのですが、それがあなたとは。……どうやら数奇な運命をお持ちのようだ」
「かもしれない」
ユウリは鈍色の光沢を放つ杖を、じっくり見つめている。
瞳がキラキラしていて、感動しているのが丸わかりだ。
普段はあまり感情を出さないけど、やっぱり魔法が好きな女の子なんだな。
とりあえずいい杖が見つかってよかった。
ただ、俺には一つ気になっていることがある。
それは……。
「この杖すごくいい。ディートさん、ありがとうございます」
「いえいえ、あなたの素質が選んだのです」
「話を遮るようだが、この杖はタダということでいいか? 三十年ぶりに主人が現れた記念ということで」
「いえ、お代はきっちりといただきます」
いい雰囲気で誤魔化す作戦失敗。
やっぱりそんな美味い話はないか。
このあと提示された値段を見て、俺は軽く吐きそうになった。
お、おおう……。
とりあえず一ヶ月分の給料がお亡くなりです。
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