第18話 ユウリとの日々

 ユウリと同居を始めて、一週間が経過した。


 女子生徒と暮らすなんて、地雷原を歩くようなものだと思っていたけど、意外となんとかなっている。


「おはよう。もうすぐご飯できるから」

「ああ」


 朝食はユウリの担当だ。


 火精式トースターから香ばしい匂いが漂い、フライパンで焼かれたハムエッグが皿に乗せられる。


 食欲が刺激されて、お腹が鳴り出した。


 ちなみに昼食は各自で調達、夜は俺が担当している。


「主よ、今日も恵みに感謝します」

「感謝します」


 ユウリは手を合わせて、食べる前に祈りを捧げる。

 俺は特に信心深いわけではないので、ポーズを真似しておく。


「ん、美味いな」

「本当? 何点くらい?」

「前日比で八十点。卵の殻が入ってないからな」


 俺たちはハムエッグをフォークで口に運び、バターを塗ったトーストをほおばる。


 ずっと祖母に料理を任せていたらしく、ユウリはまったく料理ができなかった。それでも最近は慣れてきたみたいで、パンや卵なら普通に焼いてくれる。


 初日に爆発した卵が出てきた時は、どんな魔法を使ったのかと思ったけど。


 朝食が終わると、身支度を整えて学園に向かう。

 変な噂を立てられないために、ユウリから先に出ることにしている。


「先いってるね」

「待て。魔道具は全部持っているな?」


 結界に干渉されない『隠れ家の鍵』、天使化の暴走を抑える『禁じられた十字架』、狙撃魔法の対策『石の心臓』、すべてユウリを守るために学園長が用意してくれた魔道具だ。


 どれも高価な逸品で、それだけユウリの可能性に期待しているらしい。

 俺は値段を聞いた時は、目玉が飛び出るかと思ったけどな。


「心配しすぎ。ちゃんと持ってる」

「そうか。ならいい」

「先生ってパパみたい。じゃ、いってきます」


 ユウリは制服の裏地にピンで止めた魔道具を見せる。

 過保護と思われても仕方ないけど、俺も人生がかかっているからな。


 二度と死にかけるほど、ハラハラするのはごめんだ。


 パタンッと音を立ててドアが閉まる。

 少し間を置いて、次は俺が学園に向かう番だ。


 ぼんやりと時間が過ぎるのを待っていると、ここ最近の出来事がフラッシュバックしてくる。


 …………。

 ………………。

 ……………………。


 ……なんか急に不安になってきたな。

 俺はユウリと上手くやっていけるのだろうか?


 映写機が回るように、過去の記憶が蘇ってくる。






 あれはお風呂に入っていた時のことだ。


「あ゛ー、今日も疲れたな」


 おっさん丸出しのセリフを吐いて、俺は肩まで湯舟に浸かっていた。


 家のバスルームはこじんまりとしていて、浴槽も足がはみ出くらいの広さしかない。


 それでも職員寮の共同浴場よりはマシで、一人でゆったりとできるのはありがたいけど。


 目を閉じて仕事の疲れを癒していると、浴室のドアが開く音が聞こえた。


「は?」


 高速で意識が覚醒し、パチッとまぶたが開く。

 この家には俺とユウリしかいないはずだ。


 どうやって結界を突破したのか知らないけど、明らかに人のいる浴室に入ってくるなんて、敵しかありえない。


 杖を部屋に置いてきたことを後悔して、舌打ちをする。

 魔力を拳に込めて、臨戦態勢になった俺の瞳に飛び込んできたのは──。


 バスタオル巻いたユウリだった。


「キャーッ! な、なにをしている?」

「一緒に入ろうと思って」


 びっくりして、キャーとか言っちゃったよ。

 というかなんでユウリが入ってくるんだ!?


 俺が入ってるのわかってるよな?


「まてまてまて。状況はわかっているな? いまは俺の入浴時間だ」

「うん、知ってる。でもいいかなって」

「全然よくない。出ていけ」


 ユウリはバスタオルを身体に巻いただけで、その他にはなにも身に着けていなかった。


 鎖骨や太腿がほんのりと朱色に染まり、胸のふくらみもしっかりと見える。


 男ならサービスシーンに大興奮する展開かもしれないけど、その前に俺は教師だ。


 ヤバいヤバいヤバいヤバいヤバい。


 未成年淫行で捕まる!

 クビになる!


「一緒に入ったらお湯も節約できる。そこ詰めて」

「翻訳魔法が必要か? 普通に入ろうとするな」

「先生って真面目すぎ。こんなの普通だよ」

「どこの世界にも生徒と入浴する普通はない」

「ケチ。じゃあ背中を流すだけならいいよね?」

「妥協したみたいに言ってるがダメだからな? とにかく俺が上がるまでバスルームの外で待っていろ」


 この時はなんとか追い出したけど、天使化の時並みに心臓が止まりかけた。

 あと、俺の身体をジッと見てくるのが怖い。


 あれは網膜のフィルムに焼き付ける視線だった。

 ユウリって距離感の詰め方がヤバいタイプだったのか……。


 原作の主人公だから、勝手にまともだと思ってた。


 そして、こんなトラブルは就寝中にも起こった。





 夜、俺がベッドで眠ろうとしていると、毛布に人が入ってくる気配を感じた。

 恐る恐る顔の向きを変えて見ると、そこにはやっぱりユウリがいた。


「先生、一緒に寝よ」

「……なんで俺のベッドにいるんだ」

「一人で寝るの怖いから」

「女児か。自分の部屋に帰れ」


 なんで当たり前みたいに入ってくるの?

 俺にはもう最近の若者がわかりません。


「じゃあギュッてしてくれたら帰る」

「ギュッ、これでいいだろう」

「口で言うのはナシ。ほら、背中に手を回して」

「流れで触らせようとするな」


 いくらなんでもスキンシップが過剰すぎる。

 普通に手を握ってくるのは反則です。


 だいたいヘイズは女性経験皆無だし、記憶はないけど俺も多分モテなかったと思う……。


 だからこうやって積極的に迫られると、正直どう反応していいかわからない。


 いまのユウリは俺に助けた恩を、返す方法がわかってないんだろう。

 まさか生徒が教師に惚れるわけもないし。


 ……ないよな?


 もしそうだったら、学園をクビになるのから全力で抵抗するけど。


 ようやくピンチを乗り切ったと思ったのに、ヘイズ=ブラッドリー先生の日々は前途多難なようだ。



 



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