第17話 新しい家と同居人

 学園から少し離れた場所にある一軒家に、今日から俺は住むことになった。

 三角屋根の二階建てで、中は五人家族でも快適に暮らせる広さだ。


 一階にはリビング、キッチン、トイレ、バスルームなどがあり、二階には寝室に使えそうな部屋が四つもある


 元々は学園長が使う工房の一つで、召喚魔法や魔法薬の実験を行っていたらしい。


 そのせいか、家を囲む垣根を起点にして、十重二十重の結界が張られていた。

 これなら並みの魔法使いや使い魔には、家の近くを通ることもできなさそうだ。


「大体運び終わったか」


 学園長の精霊やゴーレムに手伝ってもらったおかげで、アパートにあった家財道具はすぐに運び込むことができた。


 まあ元々数えるくらいしか私物はないんだけど。

 スパイという立場場、すぐ逃げられるように荷物は少ないんだろう。


 俺は箒で床を掃きながら、これからのことを考える。

 想定外の状況だけど、ユウリと暮らせるのは悪くない展開のはずだ。


 彼女との距離が縮まるほど、バッドエンドを回避できる可能性が高くなる。

 問題は教師が女子生徒と同棲してるってことなんだけど……。


 いくらファンタジー世界でも、倫理的に大丈夫なのだろうか?

 学園長が上手く説明してくれていることを、祈るしかないな。


「暗くなってきたか」


 日も落ちてきたので掃除は終わりにして、パンと干し肉、豆のスープで簡単に夕食を摂る。


 それから二階の寝室に入ると、ベッドに身体を投げ出した。


 疲労が津波のように押し寄せてきて、もう一歩も動きたくない。


 今日一日で不良生徒との決闘から、天使化ユウリの解放、引っ越しと色々ありすぎた。


 あとのことは明日の俺に任せよう……。

 目を閉じるとすぐに意識がぼんやりして、夢の世界に落ちていった。





 三日後。


 新しい家に少し慣れた頃、職員室で昼食を食べていると、セレスから話があった。


 今日の放課後、ユウリが家に来るそうだ。

 検査も問題なく、再び天使化する兆候もないと診断結果が出たらしい。


 ふー、これでひとまず安心だ。

 ユウリが無事でないと、計画が終わってしまう。


 よし、午後の授業をきっちり終わらせて、真っ直ぐ家に帰ることにしよう。





 そして放課後。


 家に帰った俺は布巾でテーブルを拭いていた。

 女子生徒を迎えるわけだし、なるだけ綺麗な方がいいだろう。


 そわそわしながら待っていると、玄関からベルの音が聞こえてきた。

 小走りで駆け寄って、ドアを開ける。


「先生、お邪魔します」


 ドアの前には大きな鞄を両手に持った、ユウリがいた。

 私物が重いらしく、肩で息をしながら汗をかいている。


「まずは荷物を置いてこい。二階には空いている部屋が三つ残っている。どれでも好きなところを選べ」

「そうする。あと鞄重いから手伝ってほしい」


 鞄を二階に運んで、ユウリが選んだ部屋の前に置く。

 休んだら今後のことを話そうと伝えて、俺は階段を下りた。


 それから十数分後、階段の方から足音が聞こえてきた。


「おまたせ」


 ユウリは学園の制服から私服に着替えていた。

 モコモコしたセーターと、ジーンズを身に着けている。


 あれ?

 今まで意識してなかったけど、めちゃくちゃ可愛いくないか?


 原作の主人公なんだから、当たり前と言われればそうなんだけど、頬の火傷が気にならないくらい美少女だ。


 学園では教師と生徒の関係でしかないから、余計にギャップがすごい。


 落ち着け俺。

 意味もなく緊張するな。


 ユウリはこっちに来ると、テーブルを挟んで俺の向かい側に座った。


「今後のことについて説明しておく。まず身の安全についてだが、家と敷地を含む半径五十メートル以内に認識阻害の結界が……」

「まって。その前に言いたいことがある」


 ユウリは手のひらを見せて、話を途中で止めた。

 言いたいことって、一体なんなのだろうか?


 ……まあ、いきなり教師と同居させられるのが嫌なのはわかる。

 年頃の少女が担任おっさんと暮らすなんて、俺の立場で考えても最悪だ。


 文句の一つや二つは覚悟しておこう。


「先生……あの、わたし……あ、ああ……あ……」

「なんだ。はっきり言え」

「ありがとう! 決闘場で撃たれたあとの話、学園長から全部聞いた。天使化して暴走してるわたしを止めてくれたんだよね? 先生がいなかったら、無関係な人をいっぱい傷つけていたと思う。だから……本当に感謝しています」


 ユウリは立ち上がって、俺に頭を下げた。 

 瞳には涙が浮かんで、ポロポロとテーブルに落ちていく。


 ちょっとこれは予想外の展開だな。


 ユウリの好感度は最悪だったし、怒鳴られることはあっても、感謝されるなんて思ってもみなかった。


 あと女の子に目の前で泣かれるの、すごく気まずいな。

 ここは教師っぽいことを言っておこう。


「気にするな。学園の教師ならだれだって同じことをする。天使相手に自分の魔法を試す絶好のチャンスだからな」

「ふふ、先生もそんな冗談いうんだ」

「俺はいつでも本気だぞ。ただ生徒を傷つける奴には容赦しない。それが天使だろうが神だろうがな」


 緊張が解けたのか、ユウリはクスリと笑って腰を下ろした。

 色々あったが、風は俺の方に吹いているみたいだ。


 ヘイズが入学式で言った暴言も、リカバリーされていると思いたい。


「説明を再開するぞ。結界の種類と数については……」


 それから俺は家を守る結界のことや、事前に学園長から渡された結界通行用の鍵、対狙撃魔法の魔道具、学園での過ごし方、この家で暮らすことなどを伝えた。


 ユウリはその話を聞いて、すぐに受け入れてくれた。

 数日前なら考えられなかったことだと思う。


 一通り説明が終わると、今度はユウリの方から話しかけてきた。


「先生、わたしと一緒の家に住むって聞いた時、どう思った?」

「お前に同情した。プライベートにも担任がいるなんて拷問だろう」

「わたしはイヤじゃなかった。先生はいま一番信用できる人だから」

「そ、そうか」

「うん。今日からよろしく」


 そう言ってユウリは俺の手を取り、両手でぎゅっと握手した。

 なぜだか頬が赤く、じっと目を見つめてくる。


 …………んん?

 好感度が上がったのはいいんだけど、変なフラグが立ってないか?


 万が一にも俺に好意を抱いていたら、社会的にマズいんだが。

 生徒に手を出す教師なんて、一発でアウトだ。


 十三歳の女子生徒がおっさんに惚れるわけないし、心配ないと思うけども。


 ともかく、こうして俺とユウリの共同生活が始まった。



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