第16話 戦いが終わって

「止まった……のか」


 俺の前には地面に倒れているユウリの姿があった。

 天使のリングや羽はもう消えている。


 呼吸が聞こえるから死んでるわけじゃないが、意識を失っているみたいだ。

 ひとまず、危機は去ったと思う。


「はー! 死ぬかと思ったぞ」


 大きく安堵の息を吐いて、両膝に手を置く。


 全身から力が抜けて、杖を握った手のひらがビッショリと汗をかいていることに気づいた。


 天使は召喚魔法で呼べる魔法生物の中でも、Sクラスの怪物だ。

 人間には習得できない、天界独自の魔法を覚えている。


 ユウリの先祖には天使と子供を作った者がいて、隔世遺伝で彼女も同じ力を使えると原作に書いてあった。


 その辺りの話はもう少しあとでするはずなんだけど。


 ……ここでバッドエンドになるパターンも全然あったな。

 ヘイズの好感度を下げたくないから、残って戦ったけど正直逃げたかった。


 というか、あらゆる魔法が効かないってチートすぎないか?


 杖の向きで魔法を回避する技も当たったら即死だし、最後のパンチが防御魔法を突破できる保証もなかった。


 途中で天使がビビッてくれたから、こっちのペースに巻き込めたけど、ギリギリの勝負だったな。


「ブラッドリー先生! 怪我はありませんか!?」

「天使に勝てる人間っているんだ……おとぎ話だと思ってた……」

「先生がいなかったら、わたしたちみんな死んでたかも」


 決着がついたと気づいたのか、生徒たちが駆け寄ってくる。

 お前たちのためにやったわけじゃないけど、無事ならそれでいい。


 ヘイズのいい評判を広めてくれ。


「どうやら手足は繋がっているようですね」

「遅いぞセレス。もう終わったあとだ」

「そのようですね。天使を行動不能にするなんて、貴方は人を驚かせることが趣味なのですか?」


 セレスが差し出した手を取って、俺は背筋を伸ばした。


「事後処理は学園長の精霊に任せてください。ユウリ=スティルエートについては治療魔法医が検査を行います」

「信じていいんだな? ユウリは俺の生徒だ。秘密裏に処分したり、実験動物のような扱いをすることは許さんぞ」

「学園の職員を信じられないのはわかりますが、そこまで人の心を失っていません。必ず元の生活に戻れるように、私から言い含めておきます」


 アストラル魔法学園は、大魔導士を誕生させることしか頭にないからな。


 命の危険がある決闘を推奨しているように、人命が大切なものだと思っていない。


 原作では天使の力を移植しようとする職員に、解剖されかけたこともある。

 だから念のために釘を刺しておいた。


「あとは天使を見た生徒の記憶消去が必要ですね。しばらく決闘場で待機してもらいましょう。ブラッドリー先生も協力してください」

「記憶を消す必要はあるのか? 授業では得られない経験だったと思うが」 


 せっかく俺が活躍したのに忘れられるのは困る。

 こっちは死ぬ思いまでしたのに。


「ダメです。天使化が可能な生徒なんて前代未聞ですから。このことは一部の職員に貴方と私、あと学園長だけの極秘事項ですね」

「む、厳しいな」

「当然です。いま魔法薬学のバックナー先生に忘却薬を調合してもらっているところです。記憶の消去が終わったら、私と学園長室に行きましょう。今回の件についてじっくりと聞かせてもらいますからね」


 おっと、これは面倒なことになったかもしれない。

 そもそも決闘を承諾したのは俺だし、監督責任を追及されても仕方ないな。


 まあクビにはならないと思っておこう。


「お前たちまだ帰るなよ。俺とバックナー先生、セレス秘書で検査するからな。具合が悪いやつは先に言うように」

「「「はーい」」」


 生徒たちを引き留めてから十数分後、バックナー先生がフラスコに入った忘却薬とマスクを持ってきた。


 俺たちはマスクを装着して、フラスコの栓を開ける。


 その瞬間、ボワンッと緑色の煙が広がり、生徒たちはここ一時間ほどの記憶を失った。


 不良生徒のことも気になったが、あいつらは天使の姿を見た時点で、全員気絶していたようだ。


 失禁した状態で、闘技場の隅に運ばれていた。

 あそこまで醜態を晒せば、しばらく一年生を恐喝することもないだろう。


 とりあえず一件落着かな。


 あとの事後処理は精霊に任せて、俺はセレスと学園長室に向うことにした。





「大騒動じゃったな、ブラッドリー先生。よく事態を収拾してくれたものじゃ」

「いえ、教師として当然のことをしたまでです」

「その勇気に敬意を表して儂の洋酒を贈呈しよう。バジリスクを漬けた年代物じゃぞ」

「こ、光栄です」


 やらかしたと思ったが、学園長からのお説教はなかった。

 むしろ天使を止めたことを褒めてくれている。


 緊張が解けて、俺はホッと胸を撫で下ろした。

 ヘビの頭が入った酒はいらないけども。


 それから決闘が起こった経緯や、使用した魔法の詳細を報告した。

 もちろんユウリが狙撃されたこともだ。


「弾痕からは複数の魔力反応ありと報告を受けました。追跡魔法が通用しないことから、かなりの手練れだと思われます

「なるほどのう。さしずめ魔弾の射手じゃな」

「学園にユウリを狙う人物が? 彼女はまだ一年生です」

「ユウリくんの生い立ちは特殊じゃからな。魔王教団の仕業かもしれん。この件は儂の方で調査チームを編成しよう」


 狙撃のことは俺も気になっていた。

 今学園にいるスパイも、この時期のユウリに手を出すなんてありえない。


 入学したばかりの一年生よりも、卒業を控えた三年生をマークするはず。


 まだなんの実績もない女子生徒を、わざわざ殺そうとするなんて意味がわからない。


 原作のイベントが前倒しになっているのも気になる。

 俺の行動で、早くもシナリオが変わり始めているのだろか?


「先の話じゃが、儂はユウリくんにはこれまで通り登校してもらうつもりじゃ。検査で問題がなければじゃがな。二人の意見はどうじゃ?」

「俺も同意見です。天使の血が混ざっているなら、なおのこと魔法を学び制御できるようになるべきだ」

「学園長がおっしゃるなら異論はありません。ただ天使化や狙撃手について対策が必要ですが」


 よし、ユウリのことはいい方向に話が進んでいる。

 学園長が彼女を通わせるつもりなら、俺が反対する理由はない。


 安全のために別の学園へ転校なんてことになると、バッドエンド回避計画が台無しだからな。


 ただ、学園長の次のセリフは予想外だった。


「うむ、セレスくんの言うことはもっともじゃ。ではこうしよう。ユウリくんが目覚め次第、ブラッドリー先生と同居してもらうのじゃ」


 んん? いまなんて言った?

 いきなり話があさってに飛んでないか?


 俺とユウリが同居だって? 


「天使を止めたのじゃから、これ以上の適任者はおらんじゃろ。狙撃魔法にも次は対応できるじゃろう?」

「そ、それはまあ……いや、しかし同居というのはさすがに……」

「男性教師と女子生徒が同じ住居というのは問題では? 万が一ということもあります」


 やめろ、セレス。万が一なんてない。

 俺をロリコンみたいに言うな。


「心配はいらん。儂はブラッドリー先生を信用しとる」

「女性の立場から考えれば嫌だと思いますが……セレスもそう思わないか?」

「……私は学園長のお考えに従うだけです。くれぐれも破廉恥な行為はつつしんでください」


 セレスに助けを求めたが、あっさり拒絶された。

 この裏切り者! お前こういうことには人一倍厳しいだろ!



「ではすぐに家を手配しよう。荷物をまとめて今日からそこに住むのじゃ」

「ほ、本気ですか……?」

「うむ。もちろん引き受けてくれるじゃろ? よろしく頼むぞブラッドリー先生」


 学園長は満面の笑みだが、魔力による無言の圧力がすごい。

 並みの魔法使いなら気を失ってるな。


 これはもう首を縦に振るしかなさそうだ。

 俺は大きく深呼吸してから、


「……わかりました。それが生徒のためなら全力を尽くします」


 と、セリフを絞り出した。

 正直むちゃくちゃ不安だが……無人島で修行をさせてもらった恩もある。


 腹をくくってやるしかなさそうだ。

 こうして、俺とユウリの同居生活が決まった。





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