第15話 天使降臨

 全身が光に包まれたあと、気づいたらわたしは立っていた。

 目の前には何人かの生徒と、ブラッドリー先生の姿が見えた。


 そういえばなにしてたんだっけ。

 不良の先輩と決闘して、ブラッドリー生のおかげで勝ったと思ってたんだけど。

 急にお腹の中が熱くなって、そこから先はよく覚えていない。


 まあいっか。

 いまはすごく気分がいいから。


 身体の奥底から魔力が湧き上がってきて、なんでもできそうな気がしてくる。

 視界に入った人や物、なにもかも壊したくてたまらない。


「クリア・ショック【消失の閃光】」


 呪文を唱えると、杖の先から光が飛ぶ。

 それが腐った肉の塊に当たると、跡形もなく消し去った。


 これはわたしだけの力、無属性魔法だ。

 あらゆる魔法を無効化して、消し去ることができる。


 その対象がどれだけ大きくても、強力な防御魔法を使っていても関係ない。

 魔法の炎は消えるし、ゴーレムなら土に還るだけ。


 魔法で組み上げた建物なら、材料の状態に戻すこともできる。

 そしてアストラル魔法学園を含むこの国で、魔法を使われていない物質は存在しない。


 この国いる限り、わたしは無敵だ。


「なんで忘れてたのかな」


 わたしはこんなに強いのに。

 パパやママを襲った魔族たちを、全滅させることだってできたのに。


『壊せ。潰せ。滅ぼせ。この世界のすべてを』

「うん、そうだね」


 心の中に「力を使え」って声が響いてくる。

 そう、わたしは特別なんだから。


 なにをしたって許される。


「ブラッドリー先生! なにが起こってるんですか!?」

「ユウリさんが真っ白になって羽まで生えて……あれじゃまるで神話に出てくる天使……」

「説明はあとだ! 戦闘魔法学、召喚魔法学、魔法薬学の教師を呼んでこい! 学園長と秘書のセレスもだ! 防御、結界魔法の使える者は闘技場の周りを固めろ! 絶対にユウリをここから出すな!」


 周りの声がうるさい。

 どうしてわたしの前に立ちはだかるの?


 邪魔をするなら容赦しない。

 たとえだれが相手だとしても。


「どいて。クリア・ショック【消失の閃光】」

「──ッ!?」


 わたしの魔法で先生が纏っている【死霊の外套】が吹き飛んだ。

 死霊たちが悲鳴を上げ、怨めしそうに消えていく。


 何節詠唱の魔法だろうと関係ない。

 魔法である限りわたしには敵わない。


「ショック【基本攻撃魔法】」

「くっ……!」

「逃げたって無駄。ショック、ショック、ショック」


 杖から発射される魔力の光線を、先生は走りながら必死に回避する。

 汗をダラダラ流してカッコ悪いけど、がんばっちゃうのも仕方ない。


 魔法使いが攻撃魔法にも耐えられるのは、防御魔法のおかげ。

 それが消えれば基本攻撃魔法だって致命傷になる。


 わたしが魔族を全滅させられたのも、この組み合わせを思いついたからだ。


「デネブレ・シールド【闇の防壁】!】」

「させない。クリア・ディスアーム【失われる剣】」

「くそ……ダメか」


 武装解除魔法の波動が防御魔法を消し去る。

 何度やっても無駄なのにしつこい人。


「どうして邪魔をするの? わたしはこの場所から出たいだけなのに。言うことを聞いてくれるならもう攻撃しないけど」

「ここを出たら無差別に破壊をまき散らすつもりだろう。人も物も全部壊したくてたまらないはずだ」

「……なんでわかったの」

「さあな。自分で考えろ」


 ありえない。

 読心魔法は効かないはずなのに、どうしてわたしの考えがわかるの。


「だが、お前がなにを破壊しようと心の隙間が埋まることはない。本当に壊したいのは、両親を亡くした結果だからだ」

「……うるさい」

「ユウリ=スティルエート。前を見て未来へ進め。天使みたいな怪物に乗っ取られるな」

「うるさいうるさいうるさいっ! それ以上しゃべるなっ!」


 わたしが天使?

 天界に住む生物の血が混ざってるってこと?


 いや、そんなはずない。

 わたしはわたしの意思で行動しているはずだ。


 あらゆるものを滅ぼすことが、魂に刻まれた絶対的な使命なんだから。


 この人間は危険だと、本能が感じ始めている。

 いままでの経験則に当てはまらない、エラー品だ。


『殺せ。殺せ。殺せ。ここから排除しろ』


 心の中の声がまた大きくなってくる。

 破壊衝動がわたしの中で膨れ上がる。


「わかってる。クリア・ショック【消失の閃光】。ショック」

「それは見切った。シールド!」

「っ……なんで」


 消失魔法を避けて、後から放った攻撃魔法だけを防御された。

 こんなこと魔族にもできないのに。


 イライラする。

 どうしてわたしの思い通りにいかないの。


「おい、天使。ショボい魔法を撃ち合ってもキリがないだろう。死力を尽くした魔法で決着をつけないか」

「正気? 無属性魔法に勝てると思ってるの?」

「なんだ恐れているのか? 派手派手しい姿をしている癖に存外臆病だな。こちらはダラダラ時間潰して、学園長の到着を待ってもかまわんぞ。それで楽に勝つのも悪くない」

「……わかった。受けて立つ」


 ゴッドフリート学園長に出てこられるのは困る。

 その前に街へ出るつもりだったのに。


 もうあまり時間はかけてられない。

 早く決着をつけないと。


「デネブレ・レイス・カース・カース・カース……」

「クリア・ディスアーム……」


 先生は不良を倒した五節詠唱を使うつもりみたいだ。

 同じ魔法が来るとは限らないけど、大体の規模と威力は予想できる。


 呪詛魔法はたしかに強力だけど、それでも魔法であることには変わりない。

 わたしは無属性と武装解除を組み合わせて、範囲を広げて使うだけでいい。


 外練式で強力な魔法を使ったあとだと、魔力を練り直すのに時間がかかる。

 早撃ち勝負なら、初歩的な魔法で消耗の少ないこっちが有利だ。


 この魔法さえ凌げば、わたしの勝ちはゆるがない。


「いくぞ。──【冥界に捧ぐ死者の行進】!」

「なに熱くなってるの。──【失われる剣】」


 杖から激しい光が瞬いて、先生の魔法とわたしの魔法が激突する。

 わたしの目の前には、腐臭を放つ亡者の大群が広がっていた。


 傷一つでもつけられたら、強制的に亡者にされる凶悪な呪いだ。

 でも、この瞬間わたしの勝利は決まった。


 ただ的が多いだけの魔法なんて、全然怖くない。


「邪魔。消えて」


【失われる剣】で、亡者の大群が塵となって消えていく。

 断末魔がうるさいけど、それだけだ。


 あとはショックを使って終わりにしよう。

 先生はわたしから二十メートルほど離れた場所にいた。


「終わりね。ショック【基本攻撃魔法】」


 わたしの杖から魔力の稲妻が放たれる。

 この距離で外すはずがない。


 勝負は決まった。

 ──そのはずだった。


「おっと、危ない」

「……え?」

「当てる気がないなら、近づかせてもらうぞ」

「嘘……ショック! ショック! ショック!」


 攻撃魔法を連発するけど、一発も当たらない。

 まず幻惑魔法を疑ったけど、そうじゃない。


「実戦でやるのは初めてだが意外とできるもんだな。どうだ天使。お前には防御魔法を使う必要もない」

「あ、ありえない……」


 先生はわたしの杖の先を見て、魔法の当たる位置を先読みしていた。

 理屈はわかるけど、そんなこと普通は不可能だ。


 すでに放たれた矢を、素手でつかむようなものだから。


 魔法使いが武術の達人レベルの肉体修行をしてるなんて、聞いたことがない。


「外してばかりだな。もしかして目が悪いのか?」

「──っ!?」


 心臓が止まるかと思った。

 気づくと、もう一メートルも離れていない場所に先生の姿があった。


 ここで魔法を使われたら、どうなってしまうんだろう。


 ……ううん、それでも大丈夫。

 ちょっと冷静になればわかることだ。


 わたしは無属性魔法で身体の周りを防御してる。


 攻撃魔法や武装解除を、どれだけ接近して使っても魔法である限り意味がない。

 万が一無属性魔法を突破できても、その下には普通の防御魔法を展開している。どんな手を使っても、あの馬鹿な教師は傷一つつけれない。


 そうだ。これはわたしにとってチャンスなんだ。

 ノコノコと向こうから近づいてくれた。


 ここまで近ければもう外さない。

 落ち着いて呪文を唱えればいい。


「クリア・ショック──」

「遅い」

「──え?」


 そう考えていたわたしを鈍い衝撃が襲った。


 痛い! 痛い痛い痛い痛い!

 お腹のあたりがすごく熱くて、息ができなくなる。


 息ができないのはダメだ。

 呪文が唱えられなくなるし、体内で魔力を練り上げる余裕がなくなる。


 魔力がないと、いまの状態が維持できなくなる!

 わたしが消えてしまう!


 どうして!? 

 魔法無効と防御魔法、二重の守りがあるはずなのに!


「体罰に厳しい時代に悪いな。これは愛のある指導だ」

「そんな……魔法使いが……」


 最後に見えたのは、お腹に突き刺さった先生の拳だった。


 やられた。

 無属性魔法でただの拳は防げない。


 でも防御魔法はどうやって?


「消えろ天使。お前にユウリの身体は相応しくない」


 意識が遠のき始めて、なにを言っているかわからない。


 肘の部分が破れてるってことは……無詠唱でただの魔力を一気に放出したんだ。


 それで拳を加速させて、強引に防御魔法を貫通させた。

 種がわかれば簡単なことなのに、気づかなかった。


「ユウリ、殴って悪かったな。また教室で会おう」


 本当に……生徒を殴るなんて最低の先生だ。

 でも、ありがとう。


 目の前が暗くなって、わたしの記憶は途切れた。





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