第14話 決着、そして

 さてと、怪物になったギースをどう倒すか考えよう。


 殺していいなら簡単なんだけど、生徒相手にそんなことできるわけない。


 一番手っ取り早いのは魔法を解除することだ。


 武器や防具を纏うタイプなら、武装解除が有効なのだが今回は肉体が変質してしまっている。


 なので体内で荒れ狂う魔力を、強制的に排出させる方向でいこうと思う。


「先生、なにか考えはあるの?」

「ボコボコにする」

「嘘でしょ……」


 ユウリはあきれているが、端的に言うとそういうことになる。


 乱暴な方法にはなるけど、ダメージを受ければその部分の回復に、魔力を割かざるを得ない。


 かなり痛い目に合ってもらうが悪く思わないでほしい。

 俺は内練式で素早く魔力を集中させ、呪文を唱える。


「デネブレ・ショック【影の一撃】!」

「GOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOO!」

「やはり硬いな。デネブレ・ショック! デネブレ──」


 攻撃魔法は直撃したが、ギースは構わずこちらに突っ込んでくる。

 足元からは土が舞い上がり、ドシドシと地響きが聞こえてくる。


 俺は連続してショックを放つが、どれも頑丈な鱗に阻まれてしまった。


 どうやら皮膚が防御魔法の役割まで果たしているみたいだ。

 やっぱり厄介な魔法だな。


「GYAGAAAAAAAAAAAAAAA!」

「クッ……!」


 頭上から襲い来る大振りなパンチを、横っ飛びで回避する。


【死霊の外套】を展開しているから直撃しても耐えられるはずだけど、なるべくリスクは避けたい。


 ドゴンッと大きな音が響いて、一秒前まで俺がいた場所は激しく陥没していた。

 前言撤回。

 これは直撃できなさそうだ。


「すごい威力……! 肉体強化と獣化の組み合わせてだけでここまでできるなんて……」

「心配するな。俺には秘策がある」

「し、心配してない!」


 ユウリとは反対方向に走りながら、ギースの注意をこちらに引き付ける。

 攻撃魔法が通用しないなら、俺の得意分野でいかせてもらおう。


 外練式で集めた魔力と、負の感情をブレンドさせ魔法を発動する。

 セレスに最も適正のあると言われた、呪詛魔法だ。


「デネブレ・カース【カエル嘔吐の呪い】!」

「GO……ABAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAA!」


 杖の先からドス黒い波動が放たれ、巨大な体躯を覆った。


 呪詛魔法をモロに食らい、ギースは大量のカエルを口から吐き出す。

 どうやら攻撃魔法は通じなくても、呪いは防御できないみたいだ。


 元々呪詛魔法は基本的な魔法とは体系が違う。

 負の感情を魔力に乗せる技術を知らなければ、対処できないだろう。


「GA、GUUUUUUUUUUUUUUUU!」

「驚いたな。呪いを打ち消したのか。」


 ギースの口から吐き出していたカエルが治まる。


 呪詛の解除を得意とする魔法使いもいるが、知性のない怪物にそこまで器用な真似ができるとは思えない。


 少し考えて、答えがわかった。


「なるほどな。お前も呪いを抱えてるってことか」


 入学したものの授業についていけず、不良に落ちぶれた生徒は当然大きな不満を抱えているはずだ。


 同級生と比べて上がらない魔法の腕、次第に下降する成績、大魔導士を目指していた過去の自分とのギャップ、それらすべては負の感情と繋がっている。


 それは呪詛魔法に対抗する術を、すでに持っているということだ。


「GYGOAAAAAAAAAAAAAAAAA!」

「こいつ……速くなってるのか。デネブレ・レイス・レジスト【双子悪霊の障壁】」


 ギースが地団駄を踏むように足を振り、間髪入れず俺を踏みつぶそうとしてくる。

 今度は回避もできず、防御魔法を重ねがけして受け止めるしかなかった。


 角の生えた二体の悪霊が、ドーム状の障壁を発生させる。


 レジスト(魔法障壁)はシールド(魔法盾)よりも防御効果が継続し、シールドで守れない部分も防ぐことができる。


 並みの相手ならこれで十分なんだけど、


「GOOOGYAAAAAAAAAAAAAッッ!」

「チッ、少しキツいか」


 質量の爆撃に押され、死霊の外套にビキビキとヒビが入っていく。

 このままだと十数秒で、最初にかけた【死霊の外套】は砕け散るだろう。


 生身であの踏みつけをくらったら、馬車に轢かれたカエルになりそうだ。


「先生! やっぱりわたしも戦う!」

「いいからそこにいろ。いま勝ちの目が見えた」


 俺と同じ負の感情を使うなら、それ以上の呪いをぶつけてやればいい。

 ギース=ドミニコス、お前にヘイズ=ブラッドリー以上の怨嗟があるか?


「デネブレ・レイス・カース・カース・カース。その身で呪いに耐えてみろ。──【亡霊と汚泥の蝕み】!」

「GYAUUッ!?」


 俺の杖から死霊が溢れ出し、足元からギースの体躯を上っていく。


 そして全身にまとわりつくと、鱗の上から肉を溶かし出した。


「GYAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAッッ!!」

「痛いか? まあそうだろうな」


【亡霊と汚泥の蝕み】は、あらゆる魔法、物質を腐食させる呪詛魔法だ。

 ヘイズの記憶から憤怒の感情を抽出し、魔力と混ぜ合わせてある。


 これをくらえば肉が爛れ、最終的には想像を絶する苦痛の中で死ぬことになる。

 事実ギースの巨体は赤黒く変色し、ドロドロに崩れ出していた。


「GO……AAAAAAAAA……!」

「うわっ、グロ……」

「あれって呪詛魔法だよね? あんなことになるんだ」

「俺もう絶対に決闘しないわ」


 その場で膝をつくと、続いて眼球がボトリと落ち、白い骨が見え始めている。

 あまりのグロさに観客では吐いている生徒もいるみたいだな。


 んー、少しやりすぎたかもしれない。


「GYA……A、UUUUUU……」

「そんな顔をするな。本気で殺すつもりはない」


 涙をこぼしながら、ギースはこちらに手を伸ばしてくる。

 その表情は決闘してしまったことを、心底後悔しているようだ。


 俺は呪いが心臓部を残して肉体を溶かしたことを確認すると、魔法を解除する。


「GI……A……あ、オレは……」


 その瞬間、心臓がバクリと割れて、中から体液でドロドロになったギースが、全裸で現れた。


 気を失って白目を剥いているが、人の形は保っている。

 このくらいなら治療魔法でなんとかなると思う。


“死”以外のことはなんとかなるのが、魔法学園のいいところだ。


「ジャッジ、お相手にこれ以上戦う力はないようだが」

「はい。ギース=ドミニコス陣営を決闘不可能と判定しました。勝者、ヘイズ=ブラッドリー、ユウリ=スティルエート!」


 ジャッジが笛を鳴らし、決闘の終了を告げた。

 俺は小さく息を吐く。


 その途端、かすかに手が震えているのに気づいた。


 セレス以外の魔法使いと戦うのは、この決闘が初めてだ。

 戦闘中は気にしないようにしていたけど、緊張していたらしい。


「すげえ! 勝っちゃったよ!」

「最後の魔法ヤバすぎ。鳥肌立っちゃった」

「ユウリもすごかったけどヘイズ先生パないな。危険魔法生物みたいな怪物に全然ビビッてないじゃん」


 観客席から生徒たちの感嘆した声が聞こえてくる。

 ヘイズの身体でそれを浴びる、なんだかむず痒い気分だ。


 周りの人間に賞賛されるなんて、彼の人生にはない出来事だから。


「先生」

「ん? どうかしたか」

「その……ちょっと見直したかも。あんな魔法戦闘初めて見たから」

「そうか。教えてほしいならいつでも聞いてくれ」

「うん。そうする」


 少しはユウリの好感度も上がっただろうか。

 原作の展開を変えてでも、決闘に割り込んだ甲斐はあたっと思いたい。


「教室に戻るぞ。休み時間はもう終わりだ」

「わかってる。急いで──」


 ユウリが走り出そうとしたその瞬間、パンッと乾いた音が決闘場に鳴り響いた。学園では聞くはずのない、異質な音だった。


「……え?」

「なっ、なに!?」


 ユウリの腹部に穴が開き、そこから血が溢れ出していた。

 見るみるうちに制服が赤く染まっていく。


「ユウリしっかりしろ! 治療魔法の使える者はいるか!」

「う、うう……」


 俺の声で何人かの生徒が、こっちに走ってくる。


 口から苦しそうな呻き声が漏れるけど、治療魔法の使えない俺にはどうすることもでない。


 クソッ、一体なにがどうなっているんだ!


 これは狙撃魔法だ。

 何者かはわからないが、ユウリを狙ったやつがいる。


 学園には俺以外にもスパイがいるが、原作にこんな手段を用いるやつはいないはずだ。


 どこかでシナリオが変わったとしか思えない。


「あ……ああ……」

「どうした? 無理にしゃべるな」

「AA、アアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!!」


 ユウリの瞳が白くなると同時に、おびただしいまでの魔力が全方位にまき散らされる。

 頭にリングが浮かび、背中からは白い羽が生えてくる。

 

 強烈なプレッシャーに圧倒され、俺の足はガクガクと震え始めた。

 生物の本能が告げる、あれはヤバすぎる存在だ。


 他の魔法生物とは文字通り住んでいる世界が違う。


 混乱する頭で、原作小説の展開を必死に思い出す。

 これは原作三巻にあったエピソードだ。


 命の危機に瀕した主人公が内なる人格を覚醒させ、すべての魔法を消滅させる天使と化す。


 本来ならここでユウリの仲間が止めに入るが、そんなキャラクターまだいない。


 いるのは悪役教師のヘイズ=ブラッドリーだけだ。



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