第20話 レストラン・ラヴァーズ
杖の代金は持ち合わせがなかったので、分割払いで頼むことにした。
あとせっかく来たので、俺も杖を買うことにする。
さすがにユウリのような高級品は無理だと言ったら、処分する予定の安い杖を売ってもらえた。
こういう杖は主人との相性が良くないので、十数回も使えば壊れてしまうらしい。
でも、いざという時のスペアとして持っておくには悪くなさそうだ。
胡桃の木とゴブリンの髪を素材にした杖を、俺は懐にしまう。
「ごめん。ちょっと高かったかも」
「ちょっとでは済まないが気にするな。必要な出費だ」
いま俺とユウリは店を出て、大通りを歩いている。
時計の針はもうすぐ十二時を差す時間帯だ。
通行人の中にも手にパンや、串に刺した肉を持つタイプが増えてきた。
俺も腹が減ってきたな。
キュルルルルゥ~ッッ!
隣で可愛い音がしたと思ったら、ユウリが顔を真っ赤にしていた。
彼どうやら女も腹ペコもみたいだ。
「どこか店に入るか?」
「いいの? お金は大丈夫?」
「子供が大人の財布を心配するな。昼飯くらいなら余裕だ」
少し薄くなった財布を取り出して、俺はどんっと胸を叩いた。
杖の時はうろたえたけど、もうあんなピンチはないだろう。
「なにが食べたいとかリクエストはあるか?」
「先生の好きなものならなんでもいい」
「そうか。じゃああの店にしよう」
俺はハートの看板がある店を指さした。
『レストラン・ラヴァーズ』、変わった店名だけど、魔法世界ならこれが普通なのかもしれない。
そういえばヘイズになってから、外食はまったくしてないな。
ファンタジックな美味しい料理にありつけるかもしれない。
扉を開けると、ハートを逆さまにしたベルが子気味良い音を鳴らした。
やたらと顔のいいウエイターが出迎えてくれる。
「いらっしゃいませ。お二人ですか?」
「ああ」
「当店の作法はご存じでしょうか? まだでしたらご説明いたします」
「ああ、頼む」
レストランで作法?
建物がお菓子でできたスイーツ店では、食べる順番が決まっているとセレスに聞いたことがある。
ここもそういった特殊な店なのだろうか?
「当店ではお客様同士の親密さが味に影響します。カップルストローでジュースを飲んだり、パスタをお互いに食べさせ合う行為によって、料理は進化するのです」
「えーと、なにを言っているんだ?」
「その味は天にも昇るほど、もう他のレストランでは食べられなくなります。見たところお二人はカップルのようですし、問題ないとは思いますが、ここで召し上がりますか?」
……なんだかヤバい店に入ってしまったみたいだ。
おっさんと十代の女性を見てカップルと思うのも狂ってるけど、イチャつくことで味が良くなるのは意味不明すぎる。
つまりこれって、俺とユウリがバカップルみたいなことをするわけだろ?
立場や周りの目もあるし、それはキツすぎる。
俺が断ろうと口を開きかけたその時、
「うん、わたしたちカップルだから。ここで食べます」
ものすごい早口でユウリが宣言した。。
ウエイターもそれに納得したようで、テーブルを案内してくる。
いや、なにしてんの!?
俺たち教師と生徒だろ!?
「……いきなりどうしたんだ。錯乱魔法でも使われたのか」
「入ってから気づいたんだけど、ここ女子の間で人気がある伝説の店。安いのに料理は神がかって美味しい。神出鬼没だから見つけた先生はすごく強運」
ユウリはいつになく興奮した様子で説明してくる。
ここってそんなにすごい店だったのか。
カップルの真似事をするのは恥ずかしいけど、そこまで言うなら興味が湧いてきた。
それにしても、周りはカップルだらけだな。
盛り上がりすぎて、行為に及ぼうとするやつまでいる始末だ。
そりゃ普通に営業できないわけだ。
「お席はこちらです。メニューは当店のスペシャルコースでよろしいですか?」
「うん。お願い」
「承知いたしました。では、しばしご歓談を」
ウエイターは頭を下げて、厨房にオーダーを伝えにいく。
テーブルについて待っていると、すぐに飲み物が運ばれてきた。
カップルストローつきの大きなグラスで。
……もうすでに恥ずかしいんだけど。
「わたしはこっちだから、先生はあっちね」
「ものすごくスムーズに吸い口を選ぶな。俺とこういうことをして気にならないのか?」
「全然。先生が相手だし」
杖の店では大人しかったから、ユウリがグイグイくるタイプだってことを忘れていた。
ただ、俺も正直気づいてはいる。
家でやたら距離感が近いのもそうだし、ユウリはきっと寂しいんだろう。
両親がいない彼女にとって、天使の力も恐れない俺は貴重な存在だ。
父親だと思ってベタベタするのも、わからなくはない。
当初の計画とはズレていても、、信頼関係を築けるのは悪くないな。
面倒なところもあるけど、俺が生き残るために付き合ってあげよう。
「じゃあ、飲むぞ」
「うん」
俺とユウリはカップルストローの両端に口をつけ、同時にジュースを吸った。
瞬間、芳醇な甘みが脳天を直撃する!
なんだこれ!?
美味い、美味すぎるぞ!
見た目は普通のミックスジュースなのに、百通りの味がある気がする。
「これは……すごいな」
「うん。わたしもびっくりしてる」
それから俺たちは、運ばれてくる料理をお互いの口に運んだ。
前菜のサラダや、白パンすら並みのレストランのメインディッシュを凌駕している。
「先生、もっと顔を近づけて。このパンは両端から食べていくの」
「こうか?」
「ダメ、もっと」
パンを食べていると、お互いの唇が触れそうになる。
まあ、俺の頭は小麦畑にいるような衝撃でいっぱいなんですけど。
魚や肉料理ともなれば、それ以上の感動で昇天してしまいそうだ。
「先生、あーん」
「んん、このムニエルも絶品だな」
「わたしにも食べさせて」
「ほら、どうぞ」
「んふー! 舌がとろけそう」
もう恥ずかしさとか、どうでもよくなってきたな。
俺とユウリはバカップル全開で、料理を食べさせ合う。
「先生、好き。大好き」
「ああ、俺もだ」
「頭ナデナデしてほしい」
「いいぞ」
もう何を言ってるのかよくわからないけど、まあいいか。
天国のような時間がたっぷりと時間をかけ、、脳を蕩かせながら流れていった。
それから数時間後。
スペシャルコースが終わったあとのことは、よく覚えていない。
気づいたら店の外に出ていて、あたりは夕方になっていた。
「すごい体験だったな」
「うん、まだ頭がフワフワしてる」
俺とユウリは呆然としながら、並んで家に帰るのだった。
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