第12話 決闘開始

 体内の血液が熱くなり、心臓がドラムのようにリズムを刻む。

 だが、俺は別に怒っているわけじゃない。


 この動悸はユウリに不都合な情報が伝えられた焦りだ。


「盗撮? そんなことしてるの?」

「……していない。事実無根だ」


 実際には原作のヘイズがやっているわけなのだが、それをユウリの前で言うのはやめてくれ。


 ただでさえ好感度が低いのに、昨日はパンツも見てるのに、さらに変態だと思われたら終わりだろ!


「生徒を恥をかかすつもりはなかったのだがな。そこまで言うなら相手をしてやろう。決闘だ」


 俺はギースの足元に黒革の手袋を落とした。決闘を申し込む合図だ。

 相手がこの手袋の上に自分の手袋を投げれば、決闘が成立する。


「へー、やるのかよ。オレと一対一か?」

「全員でこい。それくらいでなければ勝負にならん」


 どうせ戦うなら、俺の実力を見せつけ二度と問題を起こさないよう教育する。

 こいつらが束になってもセレスより上だとは思えないしな。


「ヒュー、言うじゃねえか。なら全員でボコらせてもらうせ。なあお前ら!」

「「「「おう!」」」」

「決闘場へ向かうぞ。着いてこい」


 ギースは口笛を吹いて上に重なるよう自分の手袋を落とし、他の取り巻きたちも同じことをする。


 場所を移そうとしたその時、もう一つ手袋が落ちた。


 純白で新品同然のそれは、ユウリのものだった。


「待って。わたしもやる。先に揉めたのはわたしだから」

「覚悟があっての言葉だろうな。取り消すならいましかないぞ。学園には治癒魔法使いもいるが、当たり所が悪ければ命を落とす」

「平気。実戦を恐れていたら、いつまで経っても望みにたどり着けないから」


 ユウリは真剣な眼差しでこっちを見てくる。

 原作でも一対一なら勝っているわけだし、足手まといにはならないだろう。


 むしろ俺の魔法を見せつけるチャンスかもしれない。


「だそうだが構わないな」

「ああ、いいぜ。一年生くらいくれてやるよ。なんなら男の方も入れていいんだぜ」

「えっ、ぼくはあの……」

「お前は観戦でいい。いまはまだ学ぶ時だ」

「意外。先生ってそういうこというんだ」


 ユウリは俺が男子生徒をフォローしていると思っているのだろうか。

 でもそれは違う。


 複数人で行う決闘は、同士討ちが起こる確率が低くない。

 目の前の敵に集中するあまり、お互いが射線上に乗ってしまうからだ。


 味方に背後から撃たれるパターンが一番困る。

 連携の取れない魔法使いがこれ以上増えても、こちらが不利になるのだ。


「ブラッドリー先生、準備が整いました。ご案内します」

「ああ」


 なにもない空間から声が聞こえてくる。

 これは学園の決闘に関係したものだ。


 声の指示に従って進むと、決闘場に到着した。

 学園の決闘場は魔法協会のコロシアムをチープにしたような造りだ。


 土を敷いた円形のフィールドがあり、それをぐるりと取り囲むように簡素な観客席がある。


 新聞部が使い魔にしているフクロウに嗅ぎ付けられたのか、決闘を観覧しようと何人かの生徒が集まっていた。


 ちなみに観客席には防御魔法の類は一切使われていない。

 見るのは自由だけど、なにかあっても自己責任というわけだ。


 俺とユウリ、ギースたちがフィールドに入ると、魔法陣が出現し中から人影

 が現れた。


「立会人のジャッジです。今回はヘイズ=ブラッドリー様とギース=ドミニコス様、そして両名の協力者による決闘ということでよろしいでしょうか」

「そうだ」

「そーだよ。見りゃわかんだろ」


 ジャッジと名乗るスーツ姿の青年が、確認を取ってくる。

 一見人間にしか見えないが、彼は決闘を円滑に進めるために生み出された精霊だ。


 普段は霊体の状態で学園内を漂っており、手袋が重なった瞬間、周囲の状況を把握して決闘場まで案内する。


 道中でジャッジが声をかけてきたから、俺もこの決闘場を選ぶことができた。

 魔法の世界は先回りが得意で助かる。


「ルールは禁止項目なしの魔法戦。勝敗は降参、もしくは魔法行使が不可能な状態でよろしいですね?」


 これについても俺たちは同意した。


 禁止項目とは対戦する魔法使いの実力が高い場合、周囲に被害が出ることを抑止するためのものだ。

 高レベルの魔法の使用を封じることができる。


 今回は生徒と教師同士の決闘なので、必要ないと思う。


 魔法行使が不可能な状態とは気絶の他に、麻痺や石化などの戦闘続行が不可能な状態異常も含まれている。


 だから無理に相手を痛めつける必要はない。


 もちろん決闘中に死亡した場合も含まれるけど。


「それでは決闘を開始します。準備はよろしいですね」

「ああ、かまわない」

「ヘッ、いまさら後悔しても遅いぜセンセー」


 俺とユウリ、ギースと不良生徒たちがフィールドの両端に移動する。


 離れているように見えるが、魔法を使えばすぐにでもお互いを攻撃し合える位置だ。


 俺とユウリはベルトから杖を抜いて構えた。

 ギースたちも同じように構える。


「カウントを始めます。五、四……」

「ユウリ先に言っておく。この決闘自分の身を守ることだけ考えろ」

「は? なに言ってるの」

「俺の魔法に巻き込まれては困るということだ」

「勝手なこと──」

「三、二、一……決闘開始!」


 文句を言いたげなユウリを他所に、ピイイー!っと開始の笛が鳴る。


 さあ教育の時間だ。


「デネブレ・レイス・シールド【死霊の外套】」


 俺は手始めに防御魔法を発動した。


 霧を纏った半透明な骸骨、死霊の群れが周囲に集まり、自動で敵の魔法を防いでくれる。


 攻撃魔法が直撃すれば致命傷になる魔法戦において、防御魔法は何よりも重要だ。

 ユウリもギースたちも、真っ先に防御魔法を自分にかけている。


 もちろん実戦なら戦闘前にかけておくのだけど、事前の細工をしないのが決闘のマナーだ。


 そして、目の前で防御魔法を使われれば、相手の得意属性は丸わかりになる。


 ユウリは光、ギースは風、残りの不良生徒は水と大地が二人ずつか。

 まず一番トロいやつから片付ける。


「デネブレ・ショック【影の一撃】」

「う、ウンディーネ・ショック──お゛、おげぇっ!?」


 水属性の基本攻撃魔法が発動する前に、【影の一撃】が防御魔法を貫いて不良生徒を直撃した。


 水は対応力に秀でた属性だが、扱うには他の属性以上に修練が必要だ。

 真面目に授業を受けていない生徒では、攻撃は遅く防御は甘くなる。


「早くも四人になってしまったな」


 速さについていけず間抜け面で口を開いたギースたちに、俺は改めて杖を突きつけた。





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