第11話 悪役教師の原作介入

「お前の担任のヘイズ=ブラッドリーだ」


 俺は木の影から姿を現した。

 これ以上隠れているのは、無理だと思ったからだ。


 ユウリはこちらの姿を確認すると、ビクッと肩を跳ね上げた。


 表情は固く、ぎゅっと唇を引き結んでいる。

 うう、やっぱりメチャクチャ警戒されているな。


「なにをしに来たの」

「そう警戒するな。一年生が一人で森に入るのは褒められたことではないがな。説教をしにきたわけではない」


 ユウリはスケッチブックを抱えて、こっちを見ている。

 すぐそばではタートルモルモットが呑気にあくびをしていた。


「じゃあなに」

「心配しているだけだ。あまりクラスに馴染めていないようだからな。生徒の悩みを聞くのも俺の仕事だ」

「余計なお世話。ほっといて」


 ユウリはそう言うと横を向いてしまった。

 まだ打ち解けていないが、先に謝らないと話も聞いてくれない感じだな。


 俺は意を決して、過去に吐いた暴言を謝罪する。


「その……入学式の時のことは悪かった。あの時どうかしていたのだ」

「……どうかってなに。なんでいま謝るの」


 ユウリはジト目で俺を見てくる。

 態度が以前と違いすぎて、からかわれていると思っているのだろうか。


 中身は別人と言うわけにもいかないのが、状況をややこしくしている。


 本当にヘイズの野郎は~。

 これは前途多難だな。


「あの日を境に俺は心を入れ替えた。これからは生徒を大切にする教師になろうとな。だから入学式の暴言は本当に後悔している」

「なにそれ気持ち悪い。口が悪いのは変わってないし」

「そこは目下努力中だ。すぐに信じられなくてもかまわない。なにか困りごとがあったらいつでも相談してくれ」

「わかった。一生ないと思うけど」


 ユウリはスケッチブックを鞄にしまうと、森の出口へ歩いていく。

 今日はもう帰るのだろう。


 その時、森の中を突風が駆け抜けた。

 風を受けて、ユウリのスカートがふわりと浮かび上がる。


「ひゃあっ!?」


 可愛い悲鳴が聞こえるのと同時に、俺の目にパステルピンクの下着が飛び込んできた。


 へー、いまの女子生徒はああいうのを履いているのか。


 子供相手に興奮するわけもなく、呑気にそんなことを考えていると、ユウリがこちらを見ているのがわかった。


 キッと眉を吊り上げて、スカートを手で押さえている。


 あ、これはマズいな。


「……見た?」

「気にするな。セイレーンやマーメイドを見てみろ。あいつらには下着の概念そのものがないが、まったく羞恥を感じていないぞ」

「最低! 先生の変態!」


 怒ったユウリは、足早に去っていった。

 どうやら完全に軽蔑されてしまったみたいだ。


 でもああいう時ってなにを言うのが正解なんだ!?

 どうフォローしても無理じゃないか?


 ……まあいまの事故は忘れることにしよう。

 それよりもっと重大なことがある。



 もうすぐ原作知識が曖昧でも忘れない、一巻に出てくる大きなイベントがあるのだ。


 そこでこの先の運命を変える勝負に出る。


 俺は拳を握り、空を見上げて、濃さを増していく月に誓った。





 ◇ ◇ ◇ ◇





 数日後。

 午前の授業が終わり、いまは昼休みの時間だ。


 俺は手早く昼食を済ませると、このあとにくるイベントに備え、園庭にある植え込みの影で待機していた。


 時刻は十二時三十分を回ったところか。

 生徒たちが昼食を終えて、自由時間になったタイミングがスタートの合図だ。


 これから中庭で不良たちにイジメられている男子生徒を、ユウリが助けようとする。


 相手は中等部三年生だが、その中のリーダーに決闘を挑み、見事勝利するわけだ。


 原作のヘイズ出番は、決闘が終わったあとにノコノコ出て来て、小言を追うだけだが、俺は違う。


 教師としてもめ事を仲裁し、ユウリの信頼を勝ち取るつもりだ


 決闘を推奨する学園の理念に背くことにはなるが、新入生が関わっているなら大目に見てくれるだろう。


「そろそろ始まりそうだな」


 イベントが迫り、俺は緊張で生唾を飲み込む。。


 少し離れた場所で気弱そうな一年生が、派手な髪色をした三年生五人組に絡まれているのが見えた。


 上級生に絡まれて、明らかに委縮しているようだ。

 ああいう構図って学園では避けられないんだろうな。


「なあ、お前ん家って魔法使いの家系か?」

「え、えっと……あの……」

「さっさと答えろよ」

「は、はい……そうです」

「なら明日魔道具を持って来い。どんなショボい家でも一つくらいはマシなもんがあんだろ。俺たちが有効活用してやるからよ」

「断ったらこれから毎日呪いをかけちゃうよ~ん」


 設定を確認すると学園における不良とは、大魔導士を目指すことをあきらめた落伍者だ。


 見た目は強面で、威圧するようにシルバーアクセサリーを身に着けている。


 常に徒党を組んで歩いているが、魔法の実力そのものは大したことがない。


 腕っぷしの強さがものを言う世界ならともかく、ここでは魔法の実力こそがすべて。


 どこを見ているかわからない禿頭の生徒が、トロール十頭を召喚魔法で瞬殺した話もある。


 あんな風に恫喝されるのは、新入生の通過儀礼でもあるわけだ。


「そこ邪魔。どいて」

「あ? なんだテメェは」

「ベンチに座って読書がしたいの。魔法使いなら威圧するより魔法の技術を磨くべきだと思うけど」


 ユウリが現れ、上級にも物怖じせず言い返す。


 イメジに興味がなさそうな素振りだが、男子生徒をかばっているのは明らかだった。


「鷹のエンブレムってことはテメェも一年かよ」

「お前に魔道具貢がせてもいいんだぞ! アアンッ!?」

「ヒヒヒ、それかオレたちの彼女になってくれてもいいんだよ~ん」


 不良生徒は下品な声で笑い声を上げた。

 もうすぐユウリは手袋を投げて、決闘を申し込むはずだ。


 俺は満を持して植え込みから飛び出した。


「お前たちなにをやっている」

「……! ブラッドリー先生」

「チッ、なんだよキョーシかよ」

「別になんでもねーよ!」


 不良生徒たちは舌打ちをして、こちらを睨んでくる。

 基本的にどんな生徒でも教師に逆らうことはなく、すぐに逃げ去るだろう。


 魔法使いとしての実力差を、嫌というほど理解させられるからだ。

 それがない時点で、いかに俺が舐められているかがわかるな。


「下級生相手に立場を振りかざすな。強引な魔道具の収集も禁止行為だぞ」

「オレたちは“お願い”してるだけだっつーの」

「そうそう。生徒同士のおしゃべりに口挟まないでくれよ」

「こいつらの言うとおりなのか?」

「え、えっと……あの……」

「わたしは邪魔だからどいてもらいたいだけ」


 男子生徒は委縮して、上手く話せないようだ。

 まあ下手なことを言って、後日報復されても困るだろうしな。


 ユウリは俺と不良生徒どちらも敵だというように、冷たい視線を投げかけた。


「お前たちはもう校舎に戻れ。また同じことをしていたら罰を与えるぞ」

「偉そうに言ってるがオレたちに説教できる立場かよ。この学園じゃもめ事は決闘で決めるんだろ? あんたと戦ってもいいんだぜ」


 リーダー各の男が逆立った金髪を揺らしながら、手袋を見せてくる。

 落ちこぼれだと思っていたが、思ったより腕に自信があるようだ。


「お前の名前は?」

「アン? ギース=ドミニコスだよ」

「軽々に決闘を申し込むな。命を落とすことになるぞ。俺は生徒と戦うつもりはない」


 教師が生徒相手に本気を出すのは、さすがに大人気ないだろう。

 勝ったとしても、ユウリの評価が下がりかねない。


 ここはスルーが安定だな。


「ヘッ、逃げるのかよ。まああんたの魔法で有名なのは盗撮くらいだしな。腰抜けはそこの女でマスかいてろ」


 その言葉を聞いた瞬間、俺の血管がビキリと音を立てて浮かび上がるのがわかった。


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