第10話 好感度回復作戦

 ラゴールへの定期報告が終わった翌日。

 俺は魔族学の授業をこなしながら、ユウリの信頼を得る方法を考えていた。


 さすがにこのやらかしは痛すぎる。


 そもそも入学式の発言が問題なわけで、さっさと謝るべきなんだけど、二週間以上時間が経ってしまっては、それも難しい。


 いま俺が唐突に謝ったとしても、なんだコイツと思われるのがオチだろう。

 ユウリからの好感度も全然足りてないわけだし。


「今日の授業はここまで。次回は小テストがあるから復習をしっかりしておけ」


 チャイムが鳴ったので、授業を終えて教本を片付ける。

 窓を見ると、茜色の夕日が教室に差し込んでいた。


 ふぅ、もう放課後か。

 仕事が忙しくて、一日が過ぎるのが早く感じる。


 このあとは職員室で明日の準備をしてもいいんだけど、今日はユウリに関する情報を集めてみるか。


 ヘイズの知識があっても、この世界で彼女が具体的にどんな行動をしているかはわからない。


 主人公は自由に動いて、他のキャラクターを攻略する立場だからだ。


 ただ、自分が攻略対象になることは想定していないはず。

 さて、だれからユウリの話を聞こうか。


 一年A組のクラスメイトから選ぶにしても、口の堅いタイプでないとダメだ。

 教師が生徒の個人情報を集めているなんて、アウトすぎるからな。


 ヘイズの記憶を思い出すと、一人の生徒の顔が浮かんだ。

 うん、あの子が良さそうだ。


 この時間は薬草栽培用の温室にいるはずだし、いまから行っても間に合いそうだな。


 さっそく行ってみることにしよう。


「え、ユウリさんのことですか?」


 マンドレイクに水をやっていた女子生徒が、困惑した声を出す。


 彼女はノルン=アンシエル。前髪で目が隠れた大人しい少女だ。席はユウリの隣になっている。


 原作では薬草学の知識で、ユウリを助けたこともある。


 また話が進むにつれて学園内の事情に詳しくなり、情報屋のポジションでもあるキャラクターだ。


 押しには弱いが口が堅いので、俺の言動が漏れることもないだろう。


「ああ、そのことでお前にいくつか質問したいことがある」

「それはいいですけど……どうして先生はそんなこと訊くんですか?」

「ユウリの過去のことはお前も知っているな」

「は、はい」


 ここで俺は意味深に一呼吸置いた。


「教師として複雑な事情を抱えた生徒には心のケアも必要だと考えている。入学したばかりで心身ともに不安定な時期だからだ。担任には言えないこともクラスメイトのお前になら話していると思ってな」

「事情はわかりました。で、でもなんでわたしが選ばれたんでしょうか? そんなにユウリさんと仲がいいわけじゃないですけど」

「いや、俺が見た範囲ではお前が一番相性がいい。ユウリは物静かなタイプだから騒がしい生徒とは合わないだろう」

「はい……」

「別に緊張する必要はない。雑談レベルの内容で十分だ。もちろんここでの話はだれにも言わないと誓う」

「わ、わかりました。わたしが知ってることでいいなら……」


 ノルンは戸惑っていたが、コクンッと首を縦に振った。



 まさか未来で友達になるからなんて、言うわけにもいかないしな。

 ともかくこれでユウリの情報が得られそうだ。


「では質問するががクラスメイトと上手くいっているか? 孤立しているといことはないか?」

「だ、大丈夫だと思いますよ。積極的に話したりはしないですけど、イジメとかはないと思います。ただ過去のことが有名なので、みんなもどう接していいのかわからないみたいですけど」


 ここまでは予想通りだ。

 次は俺の評価だな。


「教師との相性はどうだ? 俺が言いうのもなんだがこの学園には変わり者が多いのでな」

「いいと思います。座学も実技もクラスで一番ですから。見込みがあると思っいる先生も多いんじゃないでしょうか。ただ……」

「ただ?」

「い、言いにくいんですけどブラッドリー先生の授業は好きじゃないみたいです。今日の魔族学も自習みたいな感じで他のページをノートにとっていましたから。いつも真面目だからびっくりしました」


 ぐっ、やはり俺の好感度は最悪なままみたいだ。

 この間の戦闘魔法学の授業も、効果がなかったのはキツいな。


 もうなりふり構わず直接会って、話をした方がいいかもしれない。


「放課後はどこにいるかわかるか? 部活動はしていないようだが」

「アラクネの森に行っているみたいです。あそこはあまり生徒が近づかないから、気楽なんでしょうか」


 アラクネの森は広大な学園の敷地にある森林だ。中では多種多様な魔法生物が住んでおり、観察の授業もある。


 たしかに人付き合いが苦手な生徒が行きそうな場所だ。

 いまから寄ってみるか。


「なるほど色々とわかった。百点満点の感謝を捧げよう。またなにかあったら訊いていいか?」

「は、はい! わたしでよければ」


 俺から感謝の言葉が出たことに、ノルンは驚いているようだ。

 信じられないことが起きたというように、前髪の奥で瞳をパチパチしている。


「ぶ、ブラッドリー先生ってわたしたちのこと気にしてくれてるんですね。先輩たちの話で偏見持ってました。ご、ごめんなさい!」

「気にするな。俺も過去のことは後悔している」


 そう言って俺は草栽培の温室を後にした。


 いまの会話で、ノルンの俺を見る目はかなり変わったみたいだ。


 これはチョロいというか、これまでの評判が低すぎるせいなんだけど。

 でも生徒に信頼の眼差しを向けられるのは、悪い気分じゃないな。


 本当の俺は自分のことしか考えてないうやつなんだけど。






「ここか」


 アラクネの森は鬱蒼と茂り、木々の間からかすかな陽光が差し込んでいた。

 これから日が落ちれば、完全な闇に包まれるだろう。


 生息している魔法生物だけでなく、樹木も魔力を帯びているせいか、あちこちから肌がピリピリするような気配が立ち昇ってくる。


 ユウリはこの森のどこにいるのだろうか。


 魔法使いを探すには魔力の気配を追うことが基本だが、この場所で本人の魔力を特定することのは難しい。


 うーん、どうしたものかな。


 あーだこーだと考えながら森の外周を歩いていると、意外なことにすぐユウリの姿を発見できた。


 倒木の上に腰かけている。


 どうやら森の奥に入らずに、入口から五十メートルくらいの場所にいるみたいだ。


 よく考えたら、一年生で森の奥まで入る命知らずはいないか。


 そういえば、一体なにをしているのだろう。


 遠目に観察してみるとある一点を見ながら、スケッチブックに鉛筆を走らせているのがわかった。


 彼女の視線の先にいるのは、タートルモルモットだ。


 亀のような甲羅を持つネズミの魔法生物で、守りは堅いが動きは早くない。

 危険度が低いので、ペットとして飼う人もいるくらいだ。


 たしかにあれならスケッチには最適だろう。


「さてどうするかだな」


 どうやって声をかけようか悩んでいると、足元でペキッと小枝が折れる音がした。


 しまった。踏んずけたか。

 静かな森の中で折れた音は、ひときわ大きく響く。


「だれ?」


 ユウリが俺の隠れている木の方向へ顔を向けた。















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