第9話 魔王教団の使者

 授業が終わった後、俺はユウリに言ったことを思い出し、射撃場の隅で頭を抱えていた。


 どうせ転生するなら入学式の前からにしてくれよ!


 あんなことを言われたら、そりゃ塩対応にもなる。

 むしろ会話してくれるだけマシなレベルだ。


 生徒たちの見る目は変わったが、肝心なユウリの好感度はドン底から動いていないと思う。


 なにか新しい手を考えないと。


『ジ……ジジ……』

「ん? なんだ?」


 そんなことを考えていると、頭の中にノイズが響いた。

 これは離れた相手に声を伝える、念話の魔法だ。


 つまり得体の知れない何者かが、俺に接触しようとしてきている。

 周囲を見渡すと、案山子の上にカラスがとまっていた。


 微かだが魔力を感じるということは、念話の相手が使役する使い魔だろう。

 カラスが中継地点の役割を果たしているわけだ。


『ジ……聞こえ……いるな?』

「前置きもなしに念話とは無礼なやつだな。一体何者だ」

『それはジョークか? 今日は定期報告の日だ。いつもの時間にいつもの場へ来い。


 その単語を聞いた時、頭の中ですべてが繋がっていった。

 翼手とは俺に与えられた、スパイのコードネームだ。


 魔王教団の一員として、学園の内情を報告しろということのだろう。

 念話が一方的に切られると、カラスは飛び立っていった。


 俺は肩の力を抜いて、ため息を吐く。


「ふぅ、面倒なことになったな」


 教師としての立ち回りばかり考えていて、スパイ活動のことをすっかり忘れていた。


 というかこれ、今日二重スパイ活動がスタートするのか。。

 うわー、もう少し時間があると思ってた。


 ここでボロを出すわけにはいかない。

 俺がヘイズの姿をした転生者ってことは絶対に秘密だ。


 時間までに色々と言い訳を用意しておかないと。


 俺は校舎に戻りながら、急いで頭を回し始めた。






 その夜、俺は街はずれの墓地を訪れていた。

 時刻はもう午前二時を回っている。


 墓石を根城にした虫たちが羽音を鳴らし、ねっとりと湿った風が頬を撫でた。

 はっきり言って気味の悪い場所だ。


 幽霊でも出そうだし、こんな用事でもなければ絶対に来ない。

 学園では平気なのに、シチュエーションが変わると怖いのはなぜなのか。


 辺りに霧がたちこめ、不気味さがピークに達した頃、念話の相手が姿を現した。


「今夜は定刻通りに来たようだな」


 霧の中からサングラスと包帯で顔を隠した男が姿を現した。

 春だというのに、分厚いコートを着込んでいる。


 こいつは魔王教団の連絡係、たしかラゴールという名前のはずだ。


 原作だと連絡要員で、幕間のタイミングに会話していた気がする。

 ただ性格まではよく覚えていない。


 曖昧な記憶の弊害だな。


 よく観察すると霧は、ラゴールの袖から噴き出していた。

 なるほど、人払いの魔法ってことか。


「始めに前回の定期報告の件について問いたい。なぜ念話に出なかった?」


 定期報告は二週間に一度、前回はちょうど俺が修行していた時期だ。

 これは問いただされても仕方がない。


「学園長に仕事を頼まれていたからだ。学園地下のダンジョンで魔道具を回収してほしいとな。連絡ができないのはそのせいだな」

「ゴッドフリートが貴様に仕事を? そこまで人材不足が深刻なのか」

「おいおい、ずいぶんな言い様だな。俺だって魔法の修行は続けている。敬愛する魔王様のためにな」

「フンッ、まあいい」


 適当に考えた言い訳だが、どうにか納得してくれたようだ。


 それにしても俺の評価低いな。

 連絡係にも舐められているのか。


 ラゴールは不機嫌な口調で話を続けた


「では定期報告だ。なにか有益な情報はあったか?」

「ないな。なにもない」

「ゴッドフリートに頼まれた魔道具はどうした。教団に有益な品なら回収を考えてもいい」

「俺もどんなに強力な魔道具かと思ったら、ただのミミックぬいぐるみだったよ。熊のぬいぐるみから舌が出てゴミを食べてくれるやつな。親戚に送るそうだ」

「チッ、くだらん」


 原作での俺とラゴールの会話は、重大なイベントがある章の前フリだ。

 主人公が活躍を始めて、ある程度話が進まないと出番すらない。


 新学期が始まったばかりの会話なんて、こんなものだろう。

 他にも色々と訊かれたが、実のある話はなにもなかった。


 だらだらと無駄な時間が過ぎ、今回の報告が終わりそうな雰囲気になった時、ラゴールは今夜一番真剣に訊ねてきた。


「これで最後にするが、今年の一年生に大魔導士の見込みがある生徒はいたか? 万が一存在するなら、早急に手を打たねばならん」

「ふむ、そうだな」


 俺は顎に手を当てて、次の言葉を考える。

 この質問は適当に答えるというわけにもいかないだろう。


 ユウリをどの程度脅威に思っているかで、この先の展開が変わるかもしれないからだ。


 見込みが『ある』と答えて魔王教団総出で潰しに来られても困るし、かと言って『ない』と答えても無能として俺が処分されかねない。


「入学したばかりでわかるわけない」と返したいが、これ以上ラゴールの評価を下げるのもマズそうだ。


 悩んだ俺は、こう返答することにした。


「一人いるな。ユウリ=スティルエート。お前だって名前を聞いたことくらいあるだろ?」

「オーロッドの町の生き残り、奇跡の少女か。業火の中で火傷一つしない子供。何らかの特異体質だという噂はあるな」

「そうだ。だがどんな魔法検査でも原因は発見できなかった。これはおかしいと思わないか」

「大魔導士になるのは、そういった非凡な者だと言いたいわけだな」


 俺の選択はユウリのことを報告することだった。

 魔王教団が燃やした町の生き残りを把握していないわけがない。


 ただ、これまで目立った動きがなかったのは、まだ子供で脅威だと思っていなかったのだろう。


 魔法学園に入学したことで再び注目が集まるなら、俺の立場のためにも先んじて報告しておきたい。


「いいところに目をつけたなと言いたいが、その少女に魔法の才能はあるのか?口から水を吐く男、大トカゲに変身できる女、この世界には特異な人間などいくらでもいる。火に焼かれない少女など珍しくもない」

「魔法の才能はそこそこだな。でも何か興味をそそられないか?」


 このセリフは嘘だ。

 ユウリには間違いなく、この世界で一番魔法の才能がある。


 この事実は俺だけが知っていればいい。

 いずれ魔王教団も裏切るわけだからな。


「だから今後は俺にユウリを監視させてほしい。その分他の情報は提供できなくなるが、別にいいだろ?」

「いいわけがあるか。勝手に話を進めるな」

「いまさら真面目ぶるな。学園には俺以外にもスパイがいることは知っている。しかも俺より優秀なやつらがな。一人くらい違う視点も必要ではないのか」


 この要求はさすがに苦しいだろうか。

 これが通れば魔王教団に怪しまれず、ユウリに接触できるんだが。


 ラゴールはしばしの間黙考してから、口を開いた。


「いいだろう。ユウリ=スティルエートを監視することを認める。実は教団幹部の中にもその少女に興味を示している方がいるのでな。有益な情報があれば我々の評価も上がるだろう」

「なんだ知っていたのか。いまの会話は俺を試したな?」

「まさかお前に幹部と同じ着眼点があるとは思わなかったのでな。ただの思い付きなのか図っていただけだ。少しは見直したぞ」

「それはどうも」


 なにはともあれ、これでユウリの近くにいる口実ができた。

 だいぶ動きやすくなったな。


「ただし、他のスパイの行動までは知らんぞ。俺とは別系列で命令を受けている者もいるはずだ。この先存在するかわからん大魔導士よりも、いま存命しているカルネス=ゴッドフリートを脅威だと思っている幹部も多い」

「心配するな。スパイ同士上手くやるつもりだ。足を引っ張りあっても仕方ないだろう」


 他のスパイについてはある程度覚えている。

 一番早く行動に出るやつでも、一巻の終盤まで動きがないはず。


 少なくとも、この先三ヶ月くらいは邪魔も入らないと思う。


「次回の定期報告については追って連絡する。ではな」

「次は墓地以外で頼むぞ。さっきから虫に刺されて痒いんだよ」


 返答せずに、ラゴールは霧にまぎれて姿を消した。


「ようやく終わったか」


 魔王教団の相手もしながら、いずれはユウリを守る必要もありそうだ。


 原作通りに進んでいる内は問題ないが、俺の行動でシナリオが変わる可能性もある。


 まあ、その時はその時で考えよう。

 今日はもう頭がいっぱいいっぱいだ


 人払いの魔法が解けた墓地に背を向けて、俺は帰路についた。






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