第8話 ユウリの回想

「お前たちの気持ちはよくわかった。ではいまから俺の武装解除を見せるとしよう」


 俺は杖を構えると、正面の案山子に意識を集中する。

 体内で魔力を練り上げ命令を刻むと、武装解除を発動した。


「デネブレ・ディスアーム【外套引き裂く黒爪】」


 杖の先端から魔力が迸り、案山子の胴体を撃った。

 ただ生徒たちと違って見た目にわかりやすい変化はない。


「え、不発?」

「なんだよ偉そうなこと言っといて失敗してるじゃん」

「うわっ、恥ず」


 生徒たちからクスクスと笑い声が上がる。

 どうやらまだ気づいていないみたいだ。


 たしかにわかりづらいと思うけど、未来の大魔導士候補ならもう少し観察してほしい。


「お前たち地面をよく見てみろ。ちゃんとを武装解除しているだろ」

「えっ?」

「う、嘘……マジだ」


 地面には武装解除で外れた服のボタンが転がっていた。


 続けて俺は武装解除を発動する。

 今度はどこを狙っているかわかるよう口に出して。


「デネブレ・ディスアーム【外套引き裂く黒爪】。帽子の先端。鋤の金具。靴の紐」


 魔力に命令を刻んだ部分だけが、ピンポイントで武装解除されていく。

 生徒たちは目を丸くしてその光景を見ていた。


「すごい……こんなのできるんだ」

「魔法の練度がヤバすぎるって!」

「先生って本当に魔族学が専門なの!?」

「完璧を口にするならこの程度の精度は必要だ。無論、俺もまだまだ修行中の身だがな」


 一つの魔法を習得すると、それ以上研鑽を重ねない魔法使いは多い。

 教師として生徒たちには慢心せず、学び続ける姿勢を見せたかった。


 まあ正直に言うと魔法の腕を見せつけて、悪評を払拭しただけなんだけど。


『将を射んと欲すればまず馬を射よ』、主人公を篭絡するには、周りの生徒たちにも尊敬してもらいたい。


 いまのパフォーマンスは効果アリと思っていいかな。


 よし、生徒たちの見る目が変わったところで、次のステップだ。

 ここからは主人公、ユウリ=スティルエートの攻略に入る。


 原作のヘイズならここでユウリに突っかかり、難易度の高い呪文を見せるように要求して、恥をかかせようとするはずだ。


 大魔導士候補の自信を砕くつもりなのだろうが、アホすぎる。


 案の定、要求した魔法よりも高度な魔法を使われ、逆にざまぁされてしまうわけだ。


 もうそんなミスはしない。


「いまの武装解除と同じことができる者はいるか? いるなら手を挙げろ」


 今度はだれも手を挙げない。

 いま生徒は二つのタイプに分かれているはずだ。


 一つ、単純にあのレベルの武装解除は無理なタイプの生徒。

 二つ、目立つのが恥ずかしいタイプの生徒だ。


「おいおい、いきなり謙虚になるな。別にできないからって内申点が下がるわけじゃない。俺の点数はただの口ぐせだぞ」


 だが俺は知っている。

 ユウリならそれができることを。


「ユウリ=スティルエート、お前は二度目に訊ねた時手を挙げていたな。試しにやってみないか?」

「わかりました」


 ユウリは驚くほどあっさりうなずいて、俺の前に進み出た。

 自分からアピールして目立ちたくはないが、断るほどでもないってことか。


 彼女は杖を構えると、目を閉じてゆっくりと魔力を練り上げる。

 そして案山子を狙って、魔法を発動した。


「ルクス・ディスアーム【魔を弾く白光】。ボタンだけ」


 白い光が直撃し、服のボタンだけがポロポロと落ちていく。

 少し布も剥がれているので、俺がやったほどの精度ではないが大したものだ。


「よくやったなユウリ=スティルエート。慢心せず覚えた魔法を修練した成果だ。素晴らしい。八十五点の出来栄えだ」


 俺は満足気に微笑み、パチパチと拍手する。


「すげえ! やるじゃん!」

「ユウリさんって、ただ者じゃない雰囲気あったよね

「入学試験の一位の実力は伊達じゃないってことか」


 生徒たちからも感嘆の声が上がる。


 これで俺の好感度も上がると思ったのだが──。


「ありがとうございます」


 素っ気なく応えただけで、表情は『無』そのものだった。


 好きの反対は無関心というが、積極的に視界へ入れないようにしているように見える。


 どういうことなんだこれは。

 俺なにかしたか?


「もう戻っていいですか?」

「あ、ああ」


 クラスメイトの元に戻るユウリを見送りながら、俺は記憶を掘り起こすことにした。


 一年生はまだ入学したばかりだから、やらかすとしたら入学式か。


 そうだ。

 原作の入学式の時点で俺とユウリは出会っている。


 その時にあったことを思い出していくと、俺の顔はゴーストじみて青くなった。

 原作の俺、マジで死んでくれ。





 ◇ ◇ ◇ ◇





 わたしの住んでいた町は、五歳の時に魔族たちの手で焼き払われた。


 どんな理由でそうなったのかは、もうわからない。

 ただ、朝起きたら町が燃えていて、あちこちから悲鳴が上がっていた。


 いつもいくパン屋さんや、綺麗な花でいっぱいのお花屋さん、初めて友達ができた学校も、すべてがオレンジ色の炎に包まれていた。


 パパとママはわたしを助けようとしたけど、魔族に刺されて血をたくさん流して動かなくなった


 二人を殺した刃がゆっくりと近づいてくる。

 そこでわたしの記憶は途切れた。


 気が付いたら焼け野原になった町で一人立っていた。

 辺りは肉と木材の焦げた匂いでいっぱいで、鼻がおかしくなりそう。


 火をつけた魔族たちはもういなかったし、なぜかわたしの身体には煤汚れ一つなかったけど、そんなことはどうでもいい。


 パパもママも友達も、もういないってわかったから。


 救助に来た魔法使いは、生き残ったのはわたしだけだって言ってた。


 それから『奇跡の少女ユウリ』って言われて、しばらくの間ちょっとした有名人になった。


 新聞や雑誌の記者が朝から晩まで押しかけてきて、わたしを引き取ってくれたおばあちゃんは、すごく怒ってた。


 ずっと騒がしくて嫌だったけど、おかげであちこちから寄付が集まって、生活に困らなかったのは助かる。


 また学校に通えるようになってから、わたしは魔法の勉強を始めた。

 強くなって魔族を殺せるようになるためだ。


 もう二度とわたしと同じような人を生み出さないように。


 幸いなことにわたしには魔法の才能があった。


 五歳の時にはショックが使えたから、パパが大慌てで魔法協会に登録しにいったのを覚えてる。


 他の戦闘魔法もすぐに覚えられて、十歳を過ぎる頃には大人のゴロツキにも負けないくらいの実力がついた。


 十三歳になったわたしは、アストラル魔法学園に入ることにした。


 別に大魔導士を目指しているわけじゃないけど、ここで学んだ魔法使いは強くなれるって評判だったから。


 その分危険も多くて、生きて卒業できない生徒も多いけど、あまり気にならなかった。


 魔族を殺せないわたしの人生に意味はない。


 ヒュージスライムと戦う入学試験を突破して、一番の成績で入学することができた。


 新入生代表で挨拶するのは、少し恥ずかしかったな。

 たくさん記事を書かれたから、これ以上目立つのは好きじゃない。


 入学式が終わって教室に向かう途中、わたしは広い校舎で迷子になってしまった。


 ちょうど近くにいた先生に助けてもらおうと思ったんだけど、いま思えばそれが最悪の間違い。


 その先生はわたしを見てこう言った。


「その顔、ユウリ=スティルエートか。奇跡の少女だとかもてはやされている小娘だな。入学試験の成績が多少マシでも調子に乗るなよ。お前程度の魔法使いなど、この学園にはゴロゴロいる。気を抜けばすぐに両親の元へ行くことになるぞ」


 すごく悔しくて涙が出たけど、なにも言い返せなかった。


 アストラル魔法学園は魔法至上主義。

 文句があるなら決闘で決める世界だ。


 中等部一年生の弱いわたしじゃ、先生に勝つことなんてできない。

 だから決めた。


 強くなって、ヘイズ=ブラッドリーを絶対に謝らせてみせるって。









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