第5話 セレスの見たもの

「デネブレ・ディスアーム【外套引き裂く黒爪】」

「ギャオオオオオオオオオオオオオオオオーーーーーーンッッ!」


 俺の魔法が直撃し、ニメートル超えの狼型魔法生物、ファングウルフのボスが悲鳴を上げる。


 鋭く尖った牙は見るも無残にボロボロになった。


 武装解除の呪文は、こちらが武器だと思ったすべてに作用する。

 それは魔物の身体の一部であっても例外じゃない。


「デネブレ・ショック【影の一撃】」

「ぎゃおお……オオオン」


 トドメの魔法が心臓を直撃する。


 絶命したファングウルフのボスは魔力の粒子になって、天へと昇っていった。


 箱庭の理想郷に存在する魔法生物は、人形のように作られた存在みたいだ。

 死ねば分解されて、新たな魔法生物を生み出す魔力に戻る。


 この世界で消えないのは水や食料、それに衣住に関係するものだけみたいだ。


「もうすぐ日が沈むな。そろそろ帰るとするか」


 ここに来てから食料探しや魔物との戦いで、一日が終わるのが早く感じる。

 もう三ヶ月も同じことをやっていれば当然か。


「ただいま戻ったぞ」

「夕食はできています。食べ終わったらすぐに瞑想を行ってください」

「わかっている。もう日課だからな」


 小屋で手早く夕食を済ませ、座禅を組んで瞑想する。

 いまやっているのは魔力の流れをつかむ訓練だ。


 普段は意識しない体内の魔力を、血液が巡るように思った部位に集中させる。


 これが上手くできれば、ただ魔力をぶつけるだけで、攻撃や防御ができるようになるわけだ。


 魔物との戦いでわかったが、魔法使いは呪文を唱える時間のない、至近距離での戦闘に弱い。


 常に使い魔を護衛にできる魔力がないなら、魔法に頼らない強さも必要ってことみたいだ。


「ふぅ、少し休憩するか」


 二時間ほど瞑想してから、俺は座禅をといた。

 身体をゆっくり伸ばしてから、瓶に溜めた水を飲む。


 それから小屋を出て、海を眺めているセレスに話しかけることにした。


 一緒に生活しているおかげか、初めの蛇蝎のごとく嫌われていた俺も、最近雑談くらいはできるようになってきた。


 ずっとセクハラ野郎だと思われたままじゃキツすぎるしな。

 これは関係がマシになって本当に良かったと思う。


「ここいいか?」

「どうぞ」


 セレスの隣に座る。

 近くで焚かれている焚火が、整った横顔を照らした。


 やっぱり何度見ても美人だ。

 口に出したら引かれるから言わないけど。


「教官も大変だな。こんなところに一年もなんて。元の世界に戻ったら一歳老けているのだろう? 学園長を訴えても許されそうだが」

「特に問題はありません。私は魔族ですので平均寿命は六百年。一年程度大した差ではありませんから」

「ほう、教官は魔族なのか。ん……んんんっ!? 魔族だと!?」

「そういえば言っていませんでしたね。まあ貴方には関係ないことですから」


 その話ここに来てから初めて聞いたんだけど!?


 セレスって魔族だったのか……そういえばそんな設定があった気がする。

 あまりにも見た目が人間と変わらないので忘れてたな。


 一般的には角や肌の色で見分けられるが、彼女は人間そのものだ。

 この辺は魔法で変えているのかもしれない。


「魔族ってことは人間に恨みはないのか。よく魔法学園で働こうと思ったな」

「過去の大戦による恨みを忘れたわけではありません。それ以上の恩が学園長にあるというだけです」


 七十年前の第六次魔導大戦が終わってから、人間と魔族は巨大な壁を作り、互いに不干渉を守って暮らしている。


 ごくまれに相手側の国で暮らす許可を得た魔法使いや魔族がいるが、セレスもそのタイプだったのか。


「魔王教団は私たち魔族からしても邪魔な存在です。また人間と戦争する口実を作ろうなんて、迷惑でしかありません」

「それで協力してくれてるわけか。魔族も色々と大変なようだな」


 俺の担当科目は“魔族学”だが、こうやって普通に雑談するのは初めての経験かもしれない。


 魔王教団内部の記憶だと、任務以外の話は一切してこなかったからな。


「もう少し魔族の話を聞いてもよいか? 担当科目として気になるのでな」

「いいですけど、面白くありませんよ。大戦が終わって魔族学は廃れだしている学問ですし。魔法薬学や魔法生物学の方が将来性があると思いますが」

「かまわん。俺は教官から話が聞きたい」

「仕方ありませんね。では魔族の始祖の話から……」


 彼女が語る魔族についての知識は、とても興味深いものだった。

 誕生した起源も、宗教観も人間とは似て非なる生物だ。


 ただこうやって会話ができて暮らしていけるんだから、相互理解も不可能じゃないと思いたい。


「夜も遅くなってきましたけど寝ないでくださいよ」

「ああ……わかっている。目を閉じているだけだ」

「それ寝る人のやつですよね」


 浜辺に打ち上げる波の音を聴きながら、俺は眠りに落ちるまで、セレスの話を聞き続けた。






《セレス》Side



 ヘイズ=ブラッドリーとこの島に来てから、半年が経過しました。


 箱庭の理想郷の話は学園長に聞いていましたが、実際中に入ったはこれが初めてです。


 初めはどうなることかと思いましたが、尽きることのない水と食料、魔法の力で安定した生活が送れるようになっています。


 もちろん、そうでないと困りますが。


 ヘイズとの訓練も魔物相手の戦闘に加え、私との組手も行うようになりました。

 格闘術を一日三回、魔法戦闘を一日三回、両方を組み合わせた決闘形式の訓練を一日一回メニューに盛り込んでいます。


 最初は魔法戦闘の経験で上回る私に分があったのですが、、徐々に追いつかれ始めています。


 二十歳を過ぎた魔法使いが、ここまで強くなれるとは驚きですね。


 このまま一年も経てば、完全に追い越されてしまうかもしれません。


「グラキエース・アーム【凍え貫く氷の槍】」

「ぐおおおおおおっっ! き、きくな……!」

「防御魔法の展開が遅いです。もっと速やかに魔力をこめて呪文を唱えるように。どんな状況でもです」


 もっとも今はまだ負けるつもりはありませんが。




 島に来て九ヵ月が経過しました。

 温暖な気候は過ぎ去り、連日吹雪が吹き荒れています。


 この環境で生き残ることも訓練の一部なのでしょう。

 狩りや採取に出られないので、備蓄した食料を使ってなんとか凌いでいます。


「暇だしトランプでもやらないか?」

「いいでしょう。受けて立ちます」

「もちろん魔法はナシだからな」

「気づかれなければアリですよね?」


 そうそう、小屋は手狭になったので、二人で家を建てることにしました。

 魔法の訓練にもなりますしね。


 共同生活はトラブルも多いですが、中々楽しいものです。

 魔族が人間相手にこういった感情を持つのは、よくないのでしょうけど。


「デネブレ・カース【メデューサの呪い】!」

「くっ、これ以上は無理ですね。降参します」

「よし、初勝利! これで275戦、1勝、274敗だな」

「呪いはすぐに解いてくださいね。私が石になってしまいますから」


 追い越されるのは一年後だと思っていましたが、前言撤回します。


 ヘイズ=ブラッドリーの魔法の技量は、すでに私を凌駕していました。


 彼はまだ気づいていませんが、ここから先私が勝てることはまずないでしょう。

 扱える属性・効果は変わっていませんが、攻撃、防御どれをとっても練度が桁違いに上達しています。


 これほどの才能の持ち主は、私の経験上いままで見たことがありません。


 はっきり言って恐ろしいです。


 なぜこのレベルの実力者がいままで鍛錬もせず、愚鈍な魔法教師に甘んじていたのでしょうか。


 私もいた魔導大戦にヘイズが参戦していれば、明確な脅威となっていたでしょう。


 学園に戻ればどんな危険からも生徒を守り、周囲の人間から頼られることになるのでしょうね。


「どうした教官。訓練の続きはしないのか?」

「今日はここまでにしましょう。呪詛魔法はリスクも大きいので使用には注意してくださいね」

「防御魔法で跳ね返された時は、二倍の呪いを使い手が引き受けるんだったな。ここぞという時にしか使わないようにする」


 ただ、一つだけ懸念があります。


 ヘイズは闇属性の魔法を中心に戦術を組み立て、特に呪いをかける技量が格段にすぐれています。


 闇属性自体人間よりも魔族が得意とする属性ですが、ここまで適正がある者は百年に一人でしょう。


 そして古代兵器『“魔王”は世界を覆うほどの闇と、燃えるように激しい呪いが武装だと聞き及んでいます。


 これが偶然の一致ならよいのですが、彼ほど炉心に適した人間はいないでしょう。


 魔王教団が彼の才能に気づかなければ、よいのですが。







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