第6話 修行の終わり、授業の始まり
「今日で一年か」
長かった無人島での鍛錬も、ついに終わりを迎えようとしていた。
箱庭の理想郷の効果が切れたからだ。
追加でさらに一年留まることになるかと思ったけど、それはなさそうだった。
鍛錬はもう十分だと学園長が判断したのかもしれない。
少しずつジャングルや砂浜、海が魔力の粒子に変わり、天へと昇っていく。
その光景は蛍火のように幻想的だ。
「長いようで短かったな。教官、俺は強くなれただろうか?」
「最近勝ち越してばかりの貴方がいいますか? 面と向かって嫌味を言えるほど自信がついたようですね」
「い、いや……そういうわけでは……」
「冗談ですよ。貴方は強くなりました。それは学園長も認めていると思いますよ。成長が見込めないなら本当に何十年でもここに閉じ込められるんですから」
そう言うと、セレスは微笑んだ。
初めは厳しい人だと思っていたけど、この一年でずいぶん印象が変わったな。
意外と笑うし、こんな話もできる人だ。
寝相が悪くてこっちのベッドに入ってくるのは困ったけど。
「貴女には本当に世話になった。感謝する」
「私は仕事をしただけです。ここでの経験を無駄にしないように頼みますよ.
ブラッドリー先生」
セレスに先生と言われたのは、これが始めてだ。
今回ばかりは無愛想で情の欠片もない、ヘイズの身体でよかったと思う。
転生前の俺なら、きっと号泣していただろうから。
「そろそろですね。次は学園で会いましょう」
「ああ」
足元が崩れだし、箱庭の理想郷が消滅していく。
周囲のすべてが暗闇に包まれ、意識が空間に溶けていく。
なにも見えないしなにも聞こえない。
人が死んだら、こんな世界に行くのかもしれないな
そんなことを考えたら怖くなってきたんだけど。
次に目を開いた時、俺はあの日と変わらない学園長室いた。
まるで長い夢を見ていたような気分だ。
隣ではセレスが安心したように、ふぅっと息を吐いている。
「二人とも儂の顔を見るのも久しぶりじゃろう。修行は実りあるものじゃったか?」
「一年で私の教えられることはすべて叩き込みました。学園長でも楽しめるレベルにはなったかと」
「ほう、それほどか。たしかに顔つきがまるで違うのう。いつか手合わせを頼みたいところじゃ」
学園長にそこまで言われると、恐縮してしまうな。
魔力量に魔法属性・効果は以前よりもレベルアップした気がするけど、具体的な数値はまだわからない。
ずっとセレスにレベルを聞いていたから、あとで計測しよう。
「ゆっくり湯船につかりたいので、今日はこれで失礼します」
「俺も一度自宅に帰らせてもらいたい」
「うむ。二人とも今日は休息を取るがよい。明日からはまたバリバリ仕事に励んでもらうぞ。特にヘイズ先生は二週間以上休んでおるのじゃからな」
そうえばそうだった。
教師なのに思いっきり授業をサボってるし!
訊いてみると俺の休職中は、学園長製の
何からなにまで学園長には頭が上がらない。
本当にありがとうございます。
「それでは俺も失礼します」
学園長室を出て、教職員寮に帰ることにする。
自室に戻ると、シャワーを浴びてベッドに寝転がった。
安堵と一緒に疲れがどっと押し寄せてきて、まぶたが重くなってくる。
でもその前にあれをやっておかないと。
「寝る前に計測をしておくか」
借りておいたステータス計測の魔導書を、鞄から引っ張り出してくる。
表紙に手を触れると、中のページに俺の能力が浮かび上がってきた。
──────────────────────────────────
《ヘイズ=ブラッドリー》
・使用可能な魔法の属性、または効果。
・魔力量:12000。
・デネブレ(闇属性)ランクS
・カース(呪い)ランクS
・レイス(死霊使役)ランクB
・ディスアーム(武装解除)ランクA
・ショック(基本攻撃魔法)ランクA
・チェイン(拘束)ランクB
・レジスト(魔法障壁)ランクA
・シールド(魔法盾)ランクB
・フライ(飛行)ランクB
──────────────────────────────────
これ、かなり強くなった気がするぞ。
たしかここの教師の平均は……えっと、いくつだっけ……ダメだ……さすがに……眠すぎる。
あとは起きてから考えよう。
頭の中がふわふわと蕩け出して、俺の意識は夢の世界へと誘われていった。
◇ ◇ ◇ ◇
翌日。
俺は約二週間ぶりに、教師としてアストラル魔法学園に出勤していた。
廊下を歩いていると、生徒たちが足早に教室へ向かう様子が見える。
急ぎすぎて走ってしまった生徒は、動く鎧に注意を受けていた。
いやー、賑やかでいいね。
ずっと無人島生活してたから余計にそう思う。
かなり回り道をしたけど、これで影から主人公を助けて恩を売る作戦がスタートできる。
俺が担当するクラスは、中等部の一年A組だ。
春に入学したばかりの主人公も、このクラスに入っているはず。
まずは担任として信頼を勝ち得ないとな。
そろそろ朝のホームルームが始まるはずだ。
俺は教室に入ると、明るく朗らかに挨拶をしようとする。
「おはよう。お前たち、さっさと席につけ」
いや暗い暗い。
不愛想だし葬儀中のテンションかよ。
さっきまで話してた生徒たちも、気まずそうに席へ戻ってるし。
ヘイズの身体の影響は、そう簡単に抜けきらないようだ。
印象は最悪だがこのノリでいくしかないな。
まずは自己紹介をしておこう。
「このクラスの担任を務めるヘイズ=ブラッドリーだ。わけあって休んでいたが今日から復帰する。担当科目は『魔族学』だ。お前たちに大魔導士になれる才能など期待していないが、ない頭をしぼって勉学に励むのだな」
うーん、最悪!
ちょっとでもマシになるように努力してこれ!
もう少しまともな言葉を送りたいんだけど、いまの俺にはこれが精一杯だ。
生徒たちは時が止まったように、シーンと静まりかえっている。
これなら自動人形の方がマシじゃないか? って全員に思われてそうなんだけど。
「ここのクラス委員長はだれだ?」
「わ、わたしです」
栗毛で眼鏡をかけた女子生徒が手を挙げる。
いかにも委員長らしい真面目そうなタイプだ。
あとで名前を確認しておこう。
「ホームルーム後に日誌を読ませてもらう。言っておくが新入生だからといって手加減はしない。手を抜いた内容ならあとで指導を行うからな」
「は、はい!」
緊張で冷や汗を流しながら答える委員長が不憫だ。
二週間以上サボってたやつがなに言ってんだって感じだけど、こういう言い方しかできない。
もちろん指導なんかあるわけないし、いまの俺にそんな余裕もない。
「なにか質問はあるか?」
「「「「…………」」」」
一応訊ねてみたが、完璧なまでにノーリアクションだ。
この空気で質問なんて、できないよな
まあクヨクヨしても仕方がない。ここから少しずつ印象を良くしていこう。
「ホームルームは終了だ。手早く授業の準備をしておけ」
一限目の時間が近いので、俺は魔族学をする一年C組に移動する。
そうだ、教室を出る前に主人公の顔をよく見ておくこう。
俺の命運を左右する生徒なんだし。
たしか一番後ろの窓際に近い席にいたはずだ。
視線をそちらに向けると、無表情で教科書を準備する主人公が見えた。
透き通るような銀色の髪をショートボブにして、左頬には火傷の痕がある。
体形は小柄で学生服の上にローブを羽織っていた。
「先生? わたしになにか用ですか?」
「いや、なんでもない」
こちらの視線に気づいたのか、主人公の方から話かけてきた。
ここはなんでもない顔でスルーしておこう。
それにしても本当にそのままなんだな。
小説の挿絵で見た通りの美少女、そして未来の大魔導士、ユウリ=スティルエートがそこにいた。
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