第2話 ブラッドリー先生の評判
アストラル魔法学園の校舎は二つの古城を繋いで、改装・増築したもので、どちらも中央部のロイヤルホールを囲むように、教室が用意されている。
右の古城にある中等部は、一階に一年生、二階には二年生、三階には三年生といった具合だ。
一学年につき教室は四つあり、四十人ほどの生徒がいる。
生徒数は中等部全体で約480人。
左の古城にある高等部も、教室の構造や生徒の人数は、中等部と同じような構成になっている。
教室の数には余裕があるので、もっと多くの生徒が入学しても問題はない。
ただ、大魔導士の可能性がある子供となると、それぐらい数が絞られる。
魔法の適正がある子供はそれなりにいるが、学園の適性検査は厳しく、入学許可証をもらえるのは十人に一人しかいないらしい。
俺はヘイズの記憶をたどり、学園の基本的な情報を確認していた。
生き残るにはまず、物語の舞台を知っておく必要がある。
そう考えて、中等部の校舎をあちこち見回っている最中だ。
「現実離れした光景だな」
前世の記憶は曖昧だが、魔法なんて本の世界にしかなかった気がする。
学園の中では独特な薬草の匂いが漂い、風景を変える絵画や、警備員代わりの動く鎧がいる。
扉や階段が意思を持ったように移動し、シャンデリアの蝋燭はおしゃべりの真っ最中だ。
手紙を持ったフクロウやカラスがひっきりなしに出入りし、胴体に穴の空いた幽霊が昼寝をしている。
うーん、ファンタジーだ。
主人公に近いポジションに転生していたら、魔法を学べるこの世界に感動していたと思う。
現実はもうすでに胃がキリキリしているんだけど。
そんなことを考えながら、中等部一階の長い廊下を歩く。
革靴がコツコツと、タイルの床に子気味のよい音を立てた。
「それにしても人がいないものだな」
今日は日曜日なので、校内にほとんど生徒の姿はない。
いるのは図書室で調べものしている優等生タイプや、校則を破って廊下を掃除をさせられている悪ガキくらいだ。
中庭の近くを通りかかったとき、女子生徒の慌てた声が聞こえてきた。
「ガガ、ギ……」
「ちょっと、これヤバくない? ちゃんと命令できてんの?」
「召喚陣の書き方間違ったかな……えっと、止まって! 止まれ!」
「全然ダメじゃん! こっちに来てるし!」
女子生徒の前では土の召喚獣、アースゴーレムが立ち上がろうとしていた。
膝立ちの状態でも、高さ三メートル以上ある巨体だ。
身体は泥人形そのもので、頭の部分だけ芝生が乗っかっている。
中庭の土を触媒に呼び出したのだろうが、どうやら制御できていないみたいだな。
「ゴ、ガゴガ……」
「早く止めてよ! 私の魔法じゃ無理だし!」
「だからやってるって! ノーム・ディスペル【土の巨人よ地に還りたまえ】! だ、ダメ! 呪文を受けつけないよ!」
パニックになっている二人を獲物だと思ったのか、立ち上がったアースゴーレムは腕を振り上げる。
このままでは二人とも潰されかねない。
別にこの女子生徒は小説の本筋と関係ないから、見捨てても問題はないんだけどな……。
これが原作のヘイズなら、普通に通り過ぎたと思う。
俺もそうするか。
……………………。
いや、いやいやいや! 正気に戻れ!
原作のキャラクターに引っ張られてるぞ!
生徒を見捨てる教師なんて最低最悪だ。
主人公に軽蔑されるような行動を、また繰り返すわけにはいかない。
まず悪役教師の立場から脱出しないと。
俺は懐から黒い樫の杖を取り出した。
「ゴガアアアアアアアアアアアアアアッッ!」
「は、早く逃げようって!」
「ちょっと待ってよ!」
「二人とも伏せろ。デネブレ・ショック【影の一撃】」
杖から黒い魔力の弾丸が発射され、ズドンッと音を立てて命中する。
球形にえぐるように、アースゴーレムの頭部を吹き飛ばされた。
「ガ、ギギッ……!?」
石が軋むような断末魔が漏れる。
思考能力を失った身体は崩れ始め、土砂となって女子生徒に降り注いだ。
「「キャアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッッ!」」
「デネブレ・シールド【影の大盾】」
すかさず防御魔法を展開し、土砂を左右に受け流す。
ひとまずこれで危機は去っただろう。
それにしても、よくぶっつけ本番で魔法が使えたな。
ヘイズの記憶があるとはいえ、ひやひやしたぞ。
「お前たち大丈夫か」
「ありがとうございます! ぶ、ブラッドリー先生……」
「うわ~、最悪のパターンかも」
せっかく助けたのに、女子生徒は犬のウンコでも踏んだような顔をしている。
もしかして魔法に失敗したことを怒られると思っているのだろうか?
ヘイズの性格ならこのあと反省文を書かせ、二週間トイレ掃除をさせるところだが、俺はそこまでさせるつもりはない。
というかスパイが無駄にヘイトを買ってどうするんだ。
原作の俺はアホなのだろうか。
「怪我がなければそれでいい。ただ召喚魔法を使う時は、もっと教師の目の届くところでするようにな」
「は、はい! ごめんなさい! もう絶対にしません!」
「あれ? なんか優しい……?」
女子生徒は予想外の反応に困惑しているようだ。
それに、少し表情をやわらいでいるような気がする。
別に普通のことしか言ってないわけだが、どれだけヘイズは警戒されていたんだ。
ついでだし、この世界の俺がどう思われているか聞いてみよう。
自分の評判は記憶だけじゃわからないからな。
「今回は罰則はなしにしてもいい。その代わりここ最近の俺の評判を教えるのだ。 学園側の査定にも影響するのでな」
「ブラッドリー先生のですか? えっと、それは……」
「いや~、なんていうか好きな子は好きというか……玄人向けっていうか……」「正直に言え。それで怒ったり、お前たちの内申点を下げるようなことはしない。約束する」
女子生徒は正直に話すか迷っていたが、最終的に助けられた事実が決断を後押ししたようだ。
ためらいがちに俺のことを話し始めた。
「本当に怒らないでくださいね? 私というかクラスメイトが言ってたことなんですけど、授業はボソボソしゃべるのに罰則は厳しくて……あんまり好きじゃないみたいです」
「ずっと暗い顔してるのに、スカートの長さチェックしてる時だけニヤニヤしてるのは嫌かな~」
「……他には?」
「実は魔法が下手って噂があります。高等部の生徒の方が上手いんじゃないかって」
「遠見の魔法で女子更衣室をのぞいてるって先輩に聞いたよ。あと下着が消えた時は絶対犯人だって言ってた~」
教師どころか人として最低じゃねーか!
しかも覗きと下着ドロに関しては、事実だって記憶でわかるし。
あーもう、魔王教団のスパイとか関係なくカスだな。
「よくわかった。八十点回答だ。もう行っていいぞ」
「先生、助けてくれて本当にありがとうございます」
「いま言ったことわたしたちの意見じゃないからね! みんなが噂してるだけだから。そこんとこよろしく~」
校舎に戻っていく二人を見送りながら、俺はがっくりと膝をついた。
主人公を影から助ける前に、問題が山積みなんだけど。
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