魔法学園の悪役教師は生き残りたい~バッドエンドを回避したいだけなのに、なぜか主人公に好かれて困っています~

須々木ウイ

第1話 目が覚めたら悪役教師

 ヘイズ=ブラッドリーという男がいた。


 アストラル魔法学園に勤務する教師の一人で、授業では『魔族学』を教えている。


 顔はそれなりだが、性格は最低最悪のひねくれ者だ。

 他人の行動にいちいち点数をつけ、細かいことで罰則を与えてくる。


 生徒からの評判は文句なしの六年連続ワースト一位。


 しかし、男の悪行はそれだけに留まらなかった。

 そもそも真面目に教師をやるつもりなど、欠片もなかったのだ。


 古代兵器“魔王”の復活をたくらむ“魔王教団”が、学園に送り込んだスパイなのだから。


 その目的は魔王を完全に消滅させられる唯一の存在、“大魔導士”の可能性を持つ生徒を抹殺することである。


 だが、その目的が達成されることはなかった。


 新入生の中に未来の大魔導士、ユウリ=スティルエートという女子生徒がいたからだ。


 彼女はヘイズのたび重なる嫌がらせ、自分や友人を狙った暗殺もすべて退けた。


 そして驚異的な速度で魔法を習得し、仲間との絆を深め、人々の平和を脅かす魔王教団との戦いに身を投じていく。


 最終的にヘイズ=ブラッドリーは教団幹部に利用され、魔王復活の生贄として魂を捧げられた。


 魔王内部にある炉心で、無限に焼かれながら魔力をしぼり取られる。

 どれだけ助けを願っても、もう手を差し伸べる者はいない。



 これが生徒や同僚を裏切った、最低最悪教師のたどる末路だった。





 ◇ ◇ ◇ ◇





「以上が俺の人生か」


 目を覚ましたら、昔読んだファンタジー小説の悪役教師に転生していた。


 鏡に映っているのは挿絵の特徴を完璧に再現した、ヘイズ=ブラッドリーの顔だった。


 カーテンの隙間から爽やかな朝日が差し込んで、ベッドに腰かけた俺を照らしている。


「馬鹿馬鹿しい。センスのない夢だな」


 いや、夢じゃないことはもうわかってる。


 この状況に気づいてから早一時間、鏡とにらめっこするのはやめて、そろそろ現実と向き合うべきかもしれない。


「……仕方がない。情報の再確認といくか」


 前世の記憶はぼんやりとしか思い出せない。


 覚えているのは小説の大まかな内容と、ヘイズが生まれてから魂を焼かれるまでの記憶だけだ。


 このまま何もせずストーリーが進めば、100パーセント地獄を味わうことになるな。


 もちろん自業自得なんだけど。


 こいつにも悲しい過去があることはわかったが、それで主人公のユウリ=スティルエートや他の生徒を殺そうとしていいわけがない。


 おまけに魔王教団が動きやすいように情報を流して、テロの手助けをしたり、学園の魔道具や魔法薬まで盗んでいるからな。


 本編のどこを見ても、どうしようもないゴミカスだ。


「無様に命乞いをするシーンはざまぁ、と思ったがな。まさかされる側キャラとは。つくづく俺は神に嫌われているらしい」


 子供の頃、夢にまで見た魔法の世界に来たのに、スタート地点からから詰んでるじゃないか。


 正直もうすでに半泣きだぞ!


 あと、さっきから頭の中で考えていることと、セリフの口調が一致しなくて気持ち悪いんだけど。


 これはヘイズの記憶と肉体、どっちの影響なのだろうか。


「ふむ、なにか重要なことを忘れている気もするな……」


 そういえば今は何年の何月何日なのだろう?

 もしかして本編が始まる前ならギリギリなんとかなるのでは?


 そうだ、魔王教団や魔法学園なんかと関わらずに、逃げてしまえばいいんだ!


 今更気づいて壁にかけてある、日めくりカレンダーに猛ダッシュする。

 しかし、俺のかすかな希望はあっけなく打ち砕かれた。


「入学式が終わっているではないか」


 カレンダーの日付は聖歴1921年、四月十三日になっていた。入学式からすでに五日経っている。


 俺は主人公の担任なので顔も覚えられているし、魔王教団からはすぐに指令が送られてくるだろう。


 まー別に期待してなかったけど。

 これは涙じゃなくて汗だから。


「マズい状況だな。さて、どうするか」


 俺にはこれから三つの選択肢がある。


 一つ、『原作知識(曖昧)を活かして主人公が成長する前に抹殺する』。


 これはダメだ。

 魔王教団は俺を使い捨てにすると決めているんだから。


 主人公を殺したところで、次の大魔導士候補を狙えと言われるだけだ。

 仮にすべての指令を完璧にこなしたとしても、生贄にされる展開は変わらないだろう。


 バッドエンド確定だ。


 二つ、『いますぐ学園から逃げ出してどこか遠くで暮らす』


 これもダメだ。

 裏切り者を許すようなやつらじゃない。


 たとえ地の果てだろうと追いつめて教団に拉致。

 地獄のような拷問を受けてから殺されるだろう。


 デッドエンドは絶対に勘弁。


 三つ、『スパイのフリをして影ながら主人公を助ける』


 ……これが一番いいんじゃないか? 二重スパイとして魔王教団から情報を引き出しつつ、主人公や生徒たちを守るわけだ。


 あからさまに裏切ったら、主人公が成長する前に殺されそうだしな。

 表立って動かないポジションの方がやりやすい。


 俺がピンチになったら、ドラマチックに真実を明かす。

 主人公は感動してすぐに助けてくれるだろう。


 普段の態度が悪いやつほど、善いことをした時の衝撃が大きいからな。

 雨の日に子犬を拾う不良と一緒だ。


 ハッピーエンドに到達できるかも。


「もう利用されるつもりはない。どのような手を使っても生き残るのは俺だ」


 この身体になってから、自分が利己的な人間だとよくわかった。

 はっきり言ってしまえば、自分さえ幸福に暮らせるなら、他人のことなんてどうでもいい。


 最終的に原作小説の、どのキャラクターが死んだとしても。


 これがヘイズの記憶のせいなのか、転生前の性格なのかはわからないが、いいように利用されることだけは我慢できない。


 魔王教団に裏切られた時のことを思い出すと、燃えるような殺意が湧きあがってくる。


 もう二度とあんな目に合うもんか。


 覚悟を決めてカーテンを開ける。


 窓の外には教師宿舎から見える、荘厳なアストラル魔法学園の校舎と、広大な敷地が見えた。


「俺はアストラル魔法学園、魔族学教師、ヘイズ=ブラッドリーだ」


 この瞬間から魔法世界での、第二の人生が始まった。



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