第12話:記者

 残念ながら身体を求められることはないまま、軽いハグだけで、タクシーで帰された。

 夜中の3時。

 アパートの前で、「すいませーん」と男に声をかけられた。

 ・・・週刊誌の、記者。

 尾けられてた?

「榛名さんのマンションに行ってましたよね。こんな時間ですけどどういうご用事でした?」

「・・・は?」

「榛名さんとはどういったご関係ですか?ちょっとお話伺えませんかね」

「あの、静かにしてください、何なんですか」

「榛名さんがご結婚されることはご存知ですよね。結婚式ってあるんですかねえ。その辺ちょっと教えてくださいよ」

「別に、知らないです。失礼します」

「オメデタ婚なんですよねえ。奥さんとお子さんどんな様子でした?」

「・・・」

「榛名さんって子煩悩ですか?そういう、彼の人柄をぜひね、伝えたいんですよ。きっと最近の報道で誤解とかあるだろうから」

 再度静かにしてくれと言うと、「ですよね~、ちょっと車の中でお話いいですか」と、音量を落とすことなく食い下がる。

「話すことはありません」

「知ってること何でもいいんですよ、謝礼もします」

「帰って下さい。・・・ってか帰れよ!」

 男を押しのけるようにドアの中に滑り込んで、急いで鍵とチェーンをかけた。

 まだ外に、気配がする。表札なんか出すんじゃなかった、木造アパートの1階なんかに住むんじゃなかった、始発を待って電車に乗ればよかった・・・。

 身体は臨戦態勢で震えたまま、スマホでとにかく榛名に電話しようとしたが、慌ててやめた。こんなペラペラの壁で外に聞こえるかもしれないし、それに、このくらいで怯えていると思われたくない。

 ・・・榛名は、こういうのと戦ってるのか。

 外の男が電話をかけ始め、「・・・うん、えっと、だな」と話す声を聞いたら、ゾワっとどうしようもなく嫌な感じが身体中をめぐり、しばらく消えなかった。


 次の日の夜。

 榛名から電話が来たが、どうしても出られなかった。

 声が漏れるのが怖いし、迂闊なことを言って週刊誌に載ったらと思うと怖い。

 ・・・怖じ気づいたのか。

 スキャンダルな世界を覗いてみたいという好奇心はもうなく、あるのは監視され、隙あらば食い物にされるような恐怖。

 知ってしまった自分だけのを何かの拍子に言ってしまったらと思うと、どこにも出かけたくはなく、電話やメールもしたくなかった。


 数日にわたり戦々恐々と仕事だけをしていたが、特に何事もなく、あれ以来榛名からの連絡もなかった。

 徐々に平常を取り戻したが、しかし今度は、職場でひと悶着あった。

「紺野君、ちょっといい?あのね、この企画にこれほど時間かけてられないのね。他の案件もあるんだから優先順位考えてやってもらわないと」

 また眞鍋のお小言。

「他の案件って、何ですか」

「大きな案件がいくつかあるの」

「それ、どれですか?知らされてないと思うんですけど」

「なら自分から聞いてよ。知りたい内容があれば管理者フォルダを共有するから、その都度言って?」

「・・・だからその、『知りたいかどうか』っていう判断はどうつけるんですか?バイトには全容がわからないのに、全容を把握して優先順位つけろって言われても」

「ウチはバイトだって単なる作業員じゃなくどんどん発言していけるのよ?バイトだからできませんわかりませんは言い訳」


 それってつまり、時給1,200円で社員の眞鍋さんと同じ仕事をしろってことですか?

 ・・・って言えばよかったと思ったのは、しばらく経ってからのこと。


 榛名が創った新規事業の中にいたかったのに、ままならなくて、情けなくて、勢いのままに辞めてしまった。

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