第6話:妻子持ち

 ある有名女優が最近テレビから姿を消したが、実は、極秘結婚&出産していたとか。

 相手はビジネスの寵児とも言われ、新規事業を次々に急成長させているIT社長、榛名正樹。

 2度の離婚歴があるが、その女優の出産時期から遡ると、2番目の妻との離婚成立前に女優と交際していたことになる・・・。


 ・・・美人女優とIT社長なんて今更何とも思わないが、自分がついさっきその人の自宅にいて、ポケットには本人からもらった万札が入っていると思うと、ただ首をかしげることしかできなかった。

 高級鮨屋から出てくる、女優とツーショットの粗い画像。

 乗り込んでいる車は、あのフェラーリ。

 新しい記事では表記が「元社長」になっており、なぜ急に会社を売却したのか、女優の出産と絡めて様々な憶測が飛び交っていた。

 記事の日付は、ほんの2ヶ月前。

 過去のスキャンダルという話でもなく、現在進行形だ。

 暗い車内で、眩しい画面の中と、さっきの記憶とが、結びつかない。

 ・・・自宅、だと、言っていた。

 なら、あの女優と、その赤ん坊は?まさか奥の部屋にいたのか!?

 まるで、何かに化かされたような、けむにまかれたような気分だった。


 土曜日。

 友達と遊ぶ予定はキャンセルした。

 ・・・どうして、僕はこんな、騙されたような気持ちになっているんだろう。

 自分には何の関係もない、単なる誰かの離婚と結婚の話なのに。

 そう、前妻との離婚時期がどうこうを除けば、榛名はただの妻子持ちの実業家ってだけだ。

 ・・・妻子持ち。

 ぎゅうっと心臓が痛くなる。

 ・・・あの2万円は、返そう。

 思い立って、封筒にお札を入れ、そうだこんなわけのわからないお金は返すんだと意気込んだが、返すために会わなくちゃ、これで会える、と思っている自分がいて、驚いた。

 これは下世話な野次馬根性?

 あわよくば女優に会いたい?

 週刊誌も知らない事実を垣間見たい?

 ・・・。

 しかし、どちらにしても、そもそも会う術はないのか。

 顧問といってもたぶん年に数回しか会社には来ないし、連絡先も知らない。

 自宅は知っているが、ピンポンして「すいませーん」と言えるような建物でもない。

 ・・・つまりは、これっきりってこと。

 「ふうん、何だよ」とか思っている自分は、いったいどこの何様なんだ?


 日曜。

 朝から、知らない番号の着信。

 出てみると榛名だった。

 車の鍵を忘れて、どこにも行けないと言う。

 あのMTGの時に、差し入れのスイーツと一緒に給湯室に置いてきてしまったのだと。

「いや、でも、すいません、僕オフィスの鍵持ってないので入れないんです」

「そう、なのか」

「はい。あの、いつも、鍵の人が遅刻しちゃうとエレベーターもうちの階に止まらない仕様で、だからロビーで待ってるしかないっていう」

「ああ、その鍵ならあるんだ。でも中に入るカードキーがない」

「カードキーなら、持ってます・・・」

「それなら一緒に来てくれないかな」

「で、でも、・・・あの、橘さんとかは」

「橘君は昨夜から出張で北海道なんだ。それで君の番号を聞いて」

「・・・そう、ですか」

「何か予定がある?難しければ諦めるよ」

「あ、いえ・・・」

 別に、断りたかったわけじゃない。

 話を引き伸ばして、「他を当たるよ」じゃなく、「君に来てほしい」と言うのかどうか、それを聞きたかった・・・。

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