第2話:仕事

 翌日。

 ランチミーティングとかいうのに参加することになってしまい、10人ほどぞろぞろ連れ立って何やら高そうなカジュアルレストランへ。これって自腹?

「今日は榛名はるなさんが顔を出してくれるそうですから」

 誰かがそう言うと、何となくピリッとした空気が走った。チャットのリストでもそんな名前は見なかったけど、誰かエライ人だろうか。

 橘に促されてとりあえず「新人ですよろしくお願いします」と挨拶し、あとは何となくうなずいているだけでランチの味もよくわからなかった(900円)。途中から誰かが来ると、株価がどうした、M&Aがどうしたって話でついていけなくなった。


 その後、作文には「なかなかいいね」の採点をもらい、数日の間はいくつか雑用をたらい回しにされ、いよいよ例の「花火」の仕事がまわってきた。

「このリストを、とりあえず全部、精査してもらって」

 プリントアウトされた数十枚の紙に、びっしりと「会場名」「開催日」「見どころ」などの項目が並んでいる。

 これは全国で催される花火大会のスケジュールを網羅した表で、去年作ったものを今年用に手直しするため、日付などを書き換える作業を行っているらしい。

「ここに書き込んでくれてもいいし、いやできれば、直接修正して更新かけてほしいけど」

 要するに、花火大会についての特設情報サイトのデータをいじって、ページの更新をしてくれということか。

 タグのアルファベットでびっしり埋まったページ。

 似たりよったりの大会名と日付。

 一瞬でも気を抜くとどの日付を書き換えたのか、行を見失う。

 うっかりタグの一部をデリートしてしまうと全部が崩れて、どこかの復元ポイントまで戻らなければならない。

 「旅行系情報メディア事業の編集部」って、こういう仕事なのか。


 丸々1週間は花火にかかりきりで、その次は「全国おすすめのビーチ」、それから「野外フェス」「グランピング施設」「ビール工場見学」・・・。公式サイトで住所や営業時間などをひたすら調べ、あとは「見どころ」を200字前後で追記する。~~におすすめです、~~にピッタリ!、~~に最適、~~は見逃せません・・・。

 その施設だけの独自の特徴なんて、実はそんなにない。

 「~~がスゴイ!」と書いたら他の全部もそうだということになり、結局は何だか無難な言い回しに終始して、語彙がなくなっていく。

 「編集部で文章を書いて稼いでいる」のは確かだけど、果たして、自分がやりたいのはこういうことだったろうか・・・?


 そうやってしばらくして、イヤホンでひたすらEDMを聴きながら、共用の棚に置いてある試供品のエナジードリンクなどを飲みつつ画面に向かう日々にも慣れてきた。途中で1人、同じ立場の新人が入ってきたがすぐに辞めていった。しかし才能がありそうなので今後は委託で仕事を発注するんだとか。

 西田という男の下で働いてきたが、だんだんと姿を見なくなり、どこからかキツそうな女性上司がやってきた。辞めた新人から送られてきた原稿のチェックを任され、なんだ、才能があるとかいってもそこまでじゃないなとかほくそ笑んでいたら、その眞鍋まなべという女性上司からダメ出しを食らった。

「検索上位に入ることを念頭に、ワード考え直してきちっと修正するよう催促して。発注するライターさんは他にもいるんだから、数字取れる人だけに絞りたいの。その辺の予算まで考えて仕事して?」

 ・・・いや、「その辺の予算」って、言われても。

 外注のライターが他にもいるなんて今初めて知ったのに、なぜそんな予算をあらかじめ僕が考慮できるんだ?


 そんな理不尽がありつつも何とか眞鍋の指示に従い、仕事をこなした。

 サイトの修正や、原稿の校正・校閲のようなチェック作業は嫌いではない。

 一度指示が出れば音楽を聴きながら自分のペースで出来るのもいい。


 そうして数ヶ月が過ぎ、年度末の総括MTGミーティングとやらの通知が来た。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る