セレブリティ/スキャンダル・ホリック

あとみく

第1話:入社

 ようやく面接に通った。

 その会社は正直何をしているのかわからない会社だったが、山登りでも行くような格好のチーフ何ちゃらいう男性が「興味ある?やってみるべきだよ、いや、一緒にやろうよ!」とアツく誘ってくれ、翌日には「いつから働ける?」とメールが来てめでたく就職となった。

 まあ、バイトだけど。

 これまで派遣を点々としてきたけど、やっぱり、出版の仕事がしたい。

 しかし出版社で今更正社員になれるわけもなく、ハードルをトン、トン、トンといくつも下げ、仕事探しサイトの「ライター・編集」で検索をかけて何だかイマドキっぽい会社の新規事業の編集部員ってやつに応募し、こうして採用された。


 会社は渋谷の裏にあり、大きくはないが小綺麗なビルで、オフィスでは板張りの長机で社員たちがみな林檎マークのノートPCを広げている。

 いや、社員と言っても、スーツの人間なんか一人もいない。

 っていうか、朝からタコスを食べてたり、カーペット敷きのスペースでバランスボールやってたり、どでかいヘッドホンでブツブツ言ってたり、およそ「職場」とは思えない。

 自席とかデスクの引き出しとかの概念もなくて、カフェのようにカゴに荷物を入れたら、どこに座って何をしても自由。飲食もスマホも睡眠も気晴らしも、仕事の質を上げるためなら大歓迎とのこと。

「あ、あの、それで、僕はどうすれば・・・」

「うん、そうね、えっと」

 チーフ何ちゃらのたちばなが「おーい、西田」と呼ぶと、グリーンのニットキャップをかぶった若い男がワイヤレスイヤホンを片方外しながら「はい、何すか橘さん」と顔を上げた。

 橘が「こっち、早く」と目配せすると、すぐにイヤホンを外して駆け寄ってくる。

「こちら、今日から入った紺野こんの君。まずは編集部でやってもらおうと思って。今振れる仕事ってある?」

「え、そっすね、あるっちゃありますけど。花火とか」

「あー、花火か」

「振っていいならもうゼンブ振りたいっすけど」

「それはさ、でも西田の仕事でしょ?」

「いやだってマジ大変なんですもん」

「だから、大変なのは、効率上げるファクターを抽出しきれてないからだよね。オレは西田にそこを期待してるんだけど」

「・・・まあ、はい」

「マンパワーでやったって意味ないじゃん」

「・・・はい」

「それは今後、やりやすい形で振れるようにしといて。・・・それじゃ、紺野君にはライティングをしてもらおうかな」

 そうしてPCを支給され、社内のチャットツールやら何やら様々な設定をされ、スマホにもアプリをインストールされて早速ピロピロ通知が鳴る。社員とバイトの垣根もないし、仕事とプライベートの垣根も薄い。スケジュールアプリが明日はランチミーティングだと告げている。

「じゃあねえ、この街の魅力とかおすすめスポットについて、300文字で7個作ってみて。それぞれ見出しはH2で、検索クエリ意識してね」

「えっ・・・さ、300文字、7個?あ、あの、書き味は、どんな感じで・・・」

「ん、別に何でもいいよ」

「ですます調、とか」

「まあそうだね。でもコピペだけしないで。オリジナリティが大事だから」

「あ、はい」

「タイトルと前書きも作ってみて。明日までね、このドキュメントで保存しといて。チャットでオレに投げてくれたらいいよ」

「は、はいっ」


 正直、全然ついていけなかったけど、作文だけは得意だったから、何かの授業の課題だと思ってキリキリと頑張って書いた。


 いつの間にか外がすっかり暗くなっていたが、僕が18時までの契約だということはどこの誰も気に留めていないようで、どうにかさっきの西田という男を捕まえて帰り方を教わった。PCは棚の一角に無造作に積み上げてあり、必要な人がどれでも適当に使うのだという。会社というより、コワーキングスペースでのノマドワークだ。

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