第26話 魔術師、薬売りの原因を始末する

 念のためにやっておこう。

 追加の一つ、付属の一つ、ともすればそれは余計なことで、あとになってトラブルを巻き込む可能性もあるため、さじ加減が非常に難しい一手ではあるものの、パストラルはそれなりに、やっておく。

 以前出逢った薬売りのうち、生かしておいたもう一人につけておいた術式が、居場所を報せたのはミメイが帰って三日後のことであった。

 念のためというよりも、こちらは自衛の意味合いが強かったが、結果的に利用できたのならば、それで良い。

 ここ三日で事前準備――と言いたいところだが、拍子抜けというか、あっさりと原因がわかってしまった。

「ああ、それなら雷のだろう」

 それを口にしたのは、フォード・フィニーだ。

「おやおや、ぼくとしては念のため、おそらく大公老師たいこうろうしクラスの魔術師が関わっているだろうから、処分した時の影響を考えて、事前に一声かけたつもりなのに、黒幕の情報が出てくるとは思わなかったよ」

「遊び気質な上に、裏側とは関係性が強くてな。そうか薬か、詳細を」

 現時点で知りうる情報を話せば、フォードは苦笑した。

「あやつめ、実験場にしたか。ただ学生を対象にしろとは――さすがに、そこまでは言わないだろうと、わしは望むが」

「うん、じゃあそこは見極めないとね」

「お主としては、挨拶代わりか」

「そのつもりだよ。ただ雷の大公老師も、今のところ殺すつもりはないにせよ、それなりに巻き込むつもりだ」

「最悪、殺しても問題なかろう。あやつが悪い」

「きみはそう言うだろうと思ったよ……」

「お主の裁量に任せる」

 ということで。

 パストラルのやることが減ったため、目印をつけた相手を待ちながらの準備時間を終えて、ようやく、その気配を掴むことができた。

 おそらくだが、この時点でレリアが、つまりパストラルの身内が巻き込まれるような件にはならないと踏んでいる。あくまでも、その可能性が高くなった、というだけのことだが、少し気楽だ。それでも現状、エピカトには休みをやり、レリアの影にコタを潜ませてはいる。

 時刻は夕方――彼の行く先は、どうやら酒場のようだった。

 下調べにあった、彼が所属する組織の系列店ではなさそうであるし、すぐさま報告に向かわないあたり、一考の余地がある。

 入店を確認してから、おおよそ酒を一杯くらい飲む時間をおいて、中に入った。

 カウンター席、彼の隣に座れば、視線を投げた彼はぎくりと躰を硬直させ、何かを言おうとし、腰を浮かしかけ、そして。

 最終的には、大きく息を吐いて、全身から力を抜いた。

 パストラルは金貨を一枚、カウンターに乗せて、店主へ。

「彼に同じものを。ぼくは炭酸水で」

「かしこまりました」

 店主とは顔見知りである。何しろ王都に来て、絵図屋えずやが拠点にしていたのが、この店舗の裏口から入ったところだった。もちろん絵図屋は仕事上、同じ場所にずっと拠点を構えていないので、今は使っていないが、パストラルはそれなりに顔を見せていた。レリアと来たこともある。

 酒を飲むのは、状況次第だ。

「……何の用だ」

「やあ、調子はどうかなと思ってね。手を引いたのかい?」

「少なくとも、あの街からは、な。ほかの街の様子も見てきたが、相方がいないんじゃできることも限られる」

「その報告に戻るところだろう? さすがに気が重くて、酒を飲んでからにしようってところかな」

「まるで見てきたかのように言うんだな――いや、違うか。俺に色をつけたな。十日くらいか? 長持ちするもんだ」

「念のためさ」

 そこで飲み物がきた。

「率直に聞こう。きみは賛成しているのかい?」

「――」

 わずかに指先が揺れるが、彼は残った酒を飲み干してから、新しい酒に手を伸ばした。

「組織の命令だ、俺の個人意見がどうのってのは、話しにならん」

「違和を抱くことはあるだろう?」

「……」

「酒の席だ、真面目に聞いてるやつなんていないよ」

 そう簡単に話せることではない。ないが、しばらく無言の時間を過ごしてから、ぽつりと彼は漏らす。

「焦ってんじゃねえのか……と、思うことは、ある」

「うん」

「俺らの仕事は金がすべてだ。特に成り上がりは舐められる」

「余計に金が必要だ。もちろん、上を目指すなら、だけどね。でもそれにしたって、ルールというか、きみたちだって越えちゃいけない一線がはるはずだ。何故なら、きみたちは犯罪者じゃない」

「そうだ」

「騎士団や冒険者ギルド、貴族、あらゆるコネクションを金を利用して作って、表沙汰にはできないけれど、犯罪じゃないぎりぎりの、いわばグレーゾーンを管理するのが、きみたちの役割だ」

「本来は、な」

「うん。でも目の前には縄張り争いもあるし、組織としては下にいる連中も養わなくちゃいけない。大変なことだろうね。しかも――足抜けは、まあ、できないと言えるくらいには難しい」

「……」

 逃げようと思っても、逃げ切れるものではない。それに国外逃亡が叶ったとしても、似たような生活を送るだけだ。

「俺を殺しにきたんじゃねえのか」

「いや、うーん、否定もできないけど、そのつもりはないよ。きみの状況次第では、もちろん、やるつもりだった。相方に関しては残念だ、ちょうどぼくの友人が一緒の時でね。さすがに、友人にまで手を回されると動けなくなっちゃうから」

「だから?」

「そう、だから始末した。運がなかったね。いずれにしても、同じ結末だったとは思うけど、ぼくの方が少しばかり、――敵に対しては手が早い」

「……」

 長い付き合いではなかったが、それでも相方だった男だ。それなりに思うところはある。

 あるのだが。

 殺されても、こっちが悪いと思えてしまうのだから、足抜け時だ。

 ――それが、許されるのならば。

「ところで、これは独り言なんだけど、きみの上司はクレオメかな?」

「……よく、その名前を口にすることもある」

「だろうね。……今日は、戻らない方が良い」

「あ?」

 炭酸水を飲み干して、パストラルは席を立った。

「報告は明日にすると、良いことがあるって話さ。きみが助言に耳を傾けることを祈っておくよ」

 ぽんと、軽く肩に手を置いてから、パストラルは出ていった。

 ――気付かれていただろうか。

 グラスを置けば、右手が震えている。会話の内容に問題はなく、殺意なんて欠片も感じなかったのに、この緊張感はどうだ。

 酒が少し回っていたのに、すっかり抜けてしまった。ろくに味もわからぬまま、二杯目のグラスは空になっており、しかし、三杯目が目の前に置かれて顔を上げる。

「どうぞ、充分な料金はいただいています」

「……すまん、いただこう」

 軽く目を閉じ、上を向いて深呼吸を一つ。

「彼の言葉には、耳を傾けた方が良いですよ」

「あえて否定する気はなかったが……あんたも、そう思うか」

「それほど付き合いがあるわけではありませんが、あなたに可能ならば」

「まあ……そうだな、おう、そのくらいなら」

 報告を一日遅らせるくらい、言い訳なら何でもできる。ただでさえ、相方を失って足が重いのだ。こうして酒を飲んでいるのがその証拠で、それなら明日に回すくらいが丁度良いかもしれない。


 その日、その少年は。

「やあ」

 散歩のついでに、いつもの喫茶店に立ち寄ったような気軽さで現れた。

「きみがクレオメか」

「――誰だてめえは」

「ガキ相手に薬を売ることを、とがめに来たのさ」

「ああ?」

「言葉が通じないかな? 迷惑だからやめろと、素直に言った方が良いか」

 部屋には男が四人いて。

「おい、叩き出せ」

 彼は顎で指示をするが、周囲にいた三人は動かず。

 ただ。

 ゆっくりと倒れながら、首の上についていたはずの頭を、ごろりと床に転がして、血だまりを作った。

「どうしようか、ぼくも悩んだんだよ」

 彼は、――パストラルはいつも通りの口調で言う。

「でも結局のところ、たどり着くのは二つだ。二択だよ、つまり――きみを殺すか」

 一息。

「それ以外を殺すか」

「てめえっ!」

 立ち上がり、テーブルの上に乗って跳躍、そのまま振りかぶった拳を回避したパストラルは、勢いを止めるよう膝に足の裏を合わせ、――そのまま勢いよく踏み抜いた。

「ぐ、――あああ!」

「きみは正しい」

 少し離れながら、三度ほど拍手を送る。

「叩き出せ、間違っていない判断だ。何故ならぼくは、最初から話し合いに来たわけじゃないからね」

 左膝を砕いたので、右手を踏み、肘を壊しておく。

「さあ、痛みに震えている場合じゃないよ? これからの時間、人が集まるんじゃないのかな。この建物の内部に入ってきた連中は、片っ端から殺されていくよ?」

 楽しくもない時間だと、パストラルはソファに腰を下ろした。

 しかし。

「うーん、やっぱり本人だけ残してあとを殺しても、あまり精神的なダメージにはならないのかなあ。人によるのかな……」

 課題は、いつだって山積みだ。


「やあ」

 いつものよう、先ほどと同じよう、片手でずるずると男を引きずりながら、パストラルは彼の前に出た。周囲には六人、しかも戦闘慣れしている人間が配置されている。

 それもそうだ、入り口から彼を引きずってきたのだから、警戒しない方がおかしい。

「きみがリコプシスさんで合ってるかな?」

「――おう。間違いねえよ。どうかしたのか? 道に迷ったんなら、ちょっと場所を間違えてるぜ」

「いやあ、物騒な話じゃないよ」

 言いながら、距離を空けたまま足を止め、入り口との距離が三歩であることを意識しながら、手を離すと、男が地面に落ちた。

「ここらを取り仕切ってるのが――いや、そういう難しいことはいいや。この男の顔に覚えは?」

「ねえな」

「そっか」

 即答があったので、既にいていた刀を抜く。普段とは違って、鞘ごと抜かず、刀だけだ。

 何かを言われる前に、切っ先を地面に向けて真横へ振り抜くと、そのまま納刀する。

 男の首が切断され、血溜まりが――。

「じゃあ、生かしておく必要は、もうないかな。悪いけど片づけは頼むよ、慣れてるだろう? ぼくは……そうだな、日付が変わる頃にもう一度来るよ。次は知ってる顔だといいけど」

 背中を向け、二歩目で。

「――ちょっと待て」

 声をかけられる、このあたりはお互いに予定調和だ。彼もパストラルも焦っていないし、状況の推移を確認しながら、お互いの距離感を計っている。

「よく見たら思い出せそうだ、なんか引っかかるんだよなあ」

「そう? じゃあ、会話をしたら気付くかもしれないね」

 そこで改めて、仕切り直しだ。

「座ったらどうだ?」

「そこまで無防備にはなれないよ」

 リコプシスとしても、時間は稼ぎたいはずだ。今ごろ、この男の拠点に人を向かわせているだろうから。

 けれど。

「結論から言えば、学生相手に新種の薬を売ろうって算段を、コレがしていてね。ちょうどぼくに関わりができたから、潰しておいたんだ。感謝してくれてもいいよ? 騎士団や冒険者がいずれ取り締まっただろうけれど、彼らのやり方だと、その後が面倒だろうからね」

「へえ……」

 表情がわずかに変わり、冷たい視線が屍体を見下ろした。

 リコプシスはソファに座ったまま、初めてそこでパストラルから視線を外したのだが、何も起きず、ゆっくりとまた、視線が合った。

「新種、ねえ」

「ああ、うん、だからもちろん、雷の大公老師にも罰は受けてもらうよ」

「チッ……おい、今の言葉は忘れろ」

「――すまない。簡単に口にすべきじゃなかったね」

 小さく肩を竦めた。これは本当に意図したことではない。

「思い出したぜ」

 吐息を落とし、こちらを見る。

「それは良かった」

「おう、――パストラル・イングリッド。アイレン学院に入った魔術師で、冒険者ランクはCだったか。ある種の化け物だな」

 そっちの話かと、少し驚いた。こちらの正体を知られることは問題にならないが――。

 しかし。

「ははは……化け物とは、言い過ぎだね」

 そこは、引っかかる。

「きみはぼくを、たとえばグロウ・イーダーやヴィクセンの人たちと、同列に扱うつもりかい?」

「……言い過ぎか」

「彼らに失礼だし、ぼくも反応に困るよ」

 そこで。

「失礼します」

「どうやら、第一報が届いたみたいだね」

「おう、どうだ?」

「クレオメの事務所内に、屍体が二十以上は転がってます、どれも首切りで。本人は――……ここにいましたね」

「片付けに入れ、綺麗にな。ちゃんと小遣いをやるから、懐に入れるなよ?」

「諒解しました、すぐに」

「おっと、ぼくから一ついいかい?」

「――なんだ」

「残党がいるんだけど、その中には足抜けしたいヤツもいるからね。余計なことをしなければ、放置しておいてくれると助かるよ」

「ふん……邪魔にならねえなら、その方向でいい」

「では」

 報告だけして、彼はすぐに去って。

「おう、ここは良いから、手を貸してやれ。ほぼ全滅だ、事務にも説明しておいてくれ」

 周囲の男たちにそう言って、彼はグラスに酒を注いだ。

「悪いな。知ってるだろうが、うちの勢力は少数なんだ。取り仕切ってはいるが、数だけで言えば劣ってる」

「知ってるよ。造反はともかく、内乱を避けるって意味合いもあるんだろう? こいつの勢力は、そもそも権力も持ってなかったから、数が少なかったけど、やりやすかったよ」

「術式か、それともその刀か?」

「さあ、どうだろうね」

「理由はさっき言ったのがすべてか?」

「んー、発端はクレオメの手下が二人、ぼくに接触してきてね。見ての通り、ぼくは学生で通ってるから、辺境なら余計に声をかけやすい。一人はそこで殺して、新種の薬をギルドに預けて――まあ、本来なら、そこで終わりのはずだったんだけど」

「そう簡単に殺すなよ……」

「ぼくはね、敵に容赦はしないし、恨みは必ずどこかに残ると考えてる。殺す以外に綺麗にすることはできないよ」

「まあ、確かにそうなんだが、そう言われると俺らがやってる苦労が馬鹿みたいに思えるだろうが」

「そりゃ悪かった。で、知り合いから聞いた話なんだけど、どっかの馬鹿貴族が、娼館でその薬を使ったそうなんだ。被害は出なかったけど、あまりにも管理が悪い。そうそう、きみにもその文句を言いに来たんだ。ぼくは薬そのものを悪く言わないけど、売る相手はちゃんと選んで欲しいね」

「確かに、娼館で使うような馬鹿に売るのは、こっちにも被害が出る。よくよく言い聞かせておこう」

「そうしてくれ。そういう流れで、なんとはなしに関わって――最終的な目標は、きみとの繋がりを得ることだ。辺境ならともかく、王都のこちら側には、まだ足を踏み入れてなかったから」

「……そっちが主軸か?」

「そうだよ。いずれ、きみとはこうして話そうと思っていた。何かがあってからじゃ遅いからね」

「……」

 つまり。

 今回のことは、パストラルにとって、何か、ではないらしい。

「大公老師を、お前が始末つけれるのか?」

「雷のには逢ったことがないけど、まあ、正面からじゃなく絡め手を使って、不意打ちでもしたら通じるんじゃないかな。希望的観測だけど、きみが心配することじゃない。殺すつもりはないし、一ヶ月くらい行方不明になるくらいで、そのうち戻るだろうからね」

「そうか。……わかった、お前のことは周知しておく。落ち着いたら、また顔を見せろ。今度は面倒抜きで話そうぜ。物騒な得物もなしでな」

「ああこれ?」

 刀を腰から鞘ごと引き抜き、ぱっと手から離せば、刀はそのまま落ちて、影の中に消えた。

「わかりやすく見せてるだけさ。それに、きみが相手でも同じだよ」

「あ? なにが」

「正面からやり合おうとはしないさ」

「――なるほどねえ」

「じゃあ、あとは頼んだよ。悪いね」

「いいさ、片づけは慣れてる」

「ぼくも残った問題を、近日中に片付けておくよ」

 ひらひらと手を振って去るパストラルを目で追って、その姿が消えてから、彼は煙草に火を点ける。

 一定の距離だ。

 おおよそ、七歩ほど。それ以上は近づいて来なかったし、妙な魔力波動シグナルも感じなかった。刀を抜いた時でさえ、切っ先がこちらに向かないように配慮していたことから、敵対の意思を見せないことに終始していたと言えよう。

 化け物、いや、異端児とでも呼べばいいか。

 周囲の評価に対して、思うところはあったが、こうして顔を合わせて理解した。

 アレは見た目通りの子供ではない。同業者で、警戒すべき相手は何人かいるが、それ以上の立ち回りだと感じる。

 油断なんてもってのほかだ。

 むしろ。

「……敵にするべきじゃねえな」

 そこを優先すべきだと判断したリコプシスであった。


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