第21話 婚約者、魔術師とお互いの関係を話し合う

 騎士団の詰め所でカーネを姉に預けたレリアは、その足でグロウ・イーダーのところへ行って鍛錬をした。最近はあまりやっていなかったし、詰め所で姉弟子であるフェルミとの戦闘をした熱が引かなかったのもある。

 さすがに夕方前には帰りたかったので、フユとの世間話は短めにして家へ。

 既に、パストラルが帰宅していた。

「おかえり、レリア」

「ただいま」

 まずはお風呂、汗を流して部屋着にかえて。

「ラルくん」

 リビングではなく、パストラルが自室として使っている研究室へ。

「うん?」

「騎士団の詰め所の、訓練装置。学院の人が調べに来たって」

「へえ」

「ようやく?」

 壁に押し付けるよう設置してあるソファに腰を下ろす。いつもの位置であるし、パストラルの邪魔にならない場所だ。

「そうだね。仕方ないとは思うけど、今ごろ初動じゃ遅すぎるよ」

「装置の起動結果の調査メインだって。自壊式も入れてるんでしょ、あれ」

「うん、防御機構の中に自壊式を入れて、さらに防御っていう、基本の構成かな」

「前に見せてくれたやつ?」

「そうそう、レリアが解析したやつ」

 宝石に、今言った基本構成を組み込み、それを解析するという、いわば魔術の訓練をしたのだ。七つほど自壊させ、追加で四つほど失敗したが、今のレリアは理解も把握もできている。

 それは、自分でも作れる、ということだ。

「あれが解析できなかったのなら、まだ学生レベル? 初動でも、大御所が動かなかった感じ?」

「どうだろうね。ぼくたちが思っていたよりも、詳しくないのかもしれないよ」

「ふうん……」

 決して、自分が優れた魔術師だとは思えないし、誰かと比べようとも思わないが、実際にそうならば少し落胆するところだ。

「今日はご老体のところかい?」

「うん、フユさんとはあまり話せなかったけど、たまには顔を見せろって伝言を貰ってる」

「うーん、ご婦人のところへは、教え子が先に訪れるはずだし、もう少し時間を置きたいかな。もしかしたら、その件に関してかな? そうだね、時間を作って逢いに行くよ。ご老体は元気だった?」

「いつものよう見てもらった」

「そっか。そろそろエピカトの相手も辛くなってきたと、以前は弱音というか、嫌味を口にしていたんだけどね」

「それと、訓練場で姉弟子と」

「――フェルミさんか」

「兄さんにも見られた」

「ほかに人はいた? たとえば、教官とか」

「あ、うん、いた」

「それなら大丈夫だよ、きっと説明してくれてる。あの人は現役の頃の経験があるから、人を見る目は確かだ。逆に、それがあるから教官ができてる。義兄さんから勝負を挑まれるとか、そういう面倒は起きないさ」

「そっか、ならいいや」

 そこからは、フェルミが面倒な相手だったとか、世間話をしつつ、時折黙って、お互いの時間を作ったり。

 一時間ほどでカトレアがお茶を持ってきたので、そのタイミングでレリアは席を立った。

 お茶を片手にリビングに行けば、エピカトとコタがいて、テーブルに地図を広げて話し合っていたので、邪魔することにした。

「二人とも、お疲れさま。仕事?」

「いや、周辺地理の情報を整理していたところだ」

「そう」

 エピカトの隣に座り、ほとんど変わらない位置にある頭に手を伸ばして撫でる。

「……」

 いつものよう、エピカトは無言で受け入れるが、少し恥ずかしそうだ。

「冒険者は慣れた?」

「まだ、いつも新しい発見ばっかりです」

「いいことね、楽しそう」

「楽しいばかりではないがな。特に人と接するのは面倒だ」

「ああ……エピカトは人見知りだし、コタは猫だものね」

 太ももを軽く叩けば、テーブルから移動したコタが乗り、すぐ位置を決めて丸くなったので、撫でる。

「あ、レリア様、今日はコタ、お風呂だから、逃がさないで」

「そうなの? コタ、逃げないように」

「むう……いや、逃げんとも。間違って顔を洗わん限りはな。乾かすのが面倒だが、専用の術式を開発するのは負けた気分だ」

「じゃあ私がやる」

「他人にやられるのも釈然とせん!」

「ああ、なんとなくわかるけれど、清潔な方が良いでしょ」

「うむ、昔のよう泥だらけの生活には戻れそうもない。ここの飯は美味いしな」

「使い魔になって、大きく変わったことはある?」

「どうだろうな。わしは人の言葉を話し、人のよう思考もするが、猫だ。変化もあるが、変わらぬところもある。バランスは取っておるつもりだ」

「そう」

 のんびりとした時間が過ぎる。レリアが学校でどうだったとか、世間話と自分の話を混ぜながら。

 夕食はいつものよう、パストラルとレリアで作った。昨日は客としてカーネがいたから遠慮していたが、エピカトとカトレアもテーブルについて、一緒に食べる。

 食後の片づけを終えてしまえば、そこからは自由時間だ。夜の仕事はパストラル以外、受けることはないし、風呂の時間までは好きにできる。

 カトレアとコタはそのまま残り、魔術談義。エピカトは訓練室という名の少し広い部屋に行き、得物の手入れをしてから、軽い運動をするらしい。この家に来るのはまだ三度目だが、場所が変わっただけで、彼女たちと過ごしてきた時間から、何をするかはだいたいわかる。

 レリアはリビングへ行き、いつものようパストラルの隣に腰を下ろせば、自然な動きで腰に手を回されて引き寄せられた。

 まったく嫌な気持ちはしない。

 思えば、いつからこうなったのだろう。鼓動を高くしながら、がんばってやった記憶もないし、果たしてどっちからこうしたのかも、覚えてなかった。

「ねえラルくん」

「うん?」

 引き寄せながらも、パストラルは術式の解析を進めている。邪魔になるかなとも思ったが、そんなことを気にしていたら会話もままならないので。

「すごく面倒なこと聞くんだけど」

「いいよ」

「うん。――あたしのこと好き?」

「へ? そりゃもちろん……」

 即答しようとしたパストラルが、そこで口を開いたままぴたりと止まり、十秒ほどの時間を置いてから、急いで術式の解析を中断し、腕を組み。

「困った」

 昨夜のレリアと同じ台詞を口にした。

「あ、ごめん、もちろん好きだよ、ぼくはレリアのことが好きだ。そこは間違いない、うん。そうなんだけど……」

 目が合う。

「……、まず、ぼくたちの関係は婚約者で」

「うん」

「まあ、言ってしまえば偽装だね」

「そうだね」

「一定の距離感を保って……」

「うん」

「……いたはずなんだけど」

 抱き寄せられたし、それをなんとも思わないのは、お互い様だ。

「いつの間に?」

「それがわからなくて」

「……困ったな。レリアはあと一年で卒業だろう?」

「そう」

「どんな仕事をするのか、しないのか、進路がどうであれ一緒に暮らせるなら、ぼくの生活も変わるだろうし、何であれ楽しみだなと思っていたんだけど」

「うん、あたしもだいたいそんな感じ。でもいつからだろう、ラルくんとしては荒野の嵐サンドストームを潰した時?」

「ああ、ご老人あたりが口にしたかな。当時はもちろん、レリアを守るため――というよりも、障害の排除する目的が強かったし、自分がどのくらいできるのかを確かめたかったと、そんな幼心もあった。やってみて後悔したけどね、本当に紙一重の綱渡りだったから」

「じゃあ、その打算がなくなったのは?」

「うーん……」

「わかんないかあ。あたしも昨夜、カーネに言われた。婚約者っていうより、もう夫婦みたいだって。それで困った」

「そうか。――いや、そうかそれだ。覚えているわけじゃないけど、たぶん、エピカトが生まれてからじゃないかな」

「――あ」

 レリアも気づく。

「……レリアがそろそろ三年? カトレアは一年目のお祝いをこの前やったっけ」

「そうだね」

 関係性は複雑だ。彼女たちは人形だけれど、人であり、妹のように扱うこともあれば、それこそ娘のようにも感じることがある。

 ただ、それは。

「そっか。あたしたち、もう家族だもんね」

「うん」

 婚約者、恋人、夫婦。

 それ以前に、全員で家族。

「二人きりでデートもするけど、確かに言われてみれば、恋人の関係をすっ飛ばしてるような気もするね。ぼくはもう、レリアがいて当たり前だから」

「それはあたしも、そう」

「でも――」

「でもは、なし。その時になったら考える」

「……うん、そうだね。ただどちらにせよ、三年くらい待たせることになるよ。ぼくの卒業はもうちょっと早いかもしれないけど、年齢的にね」

「考えてみれば、まだ三年くらいしか付き合ってないね」

「そうだね。だからもう追加で三年、ぼくたちがどうなるのか楽しみでならないよ」

「うん、楽しみ」

「卒業後の進路なんかは、考えてる?」

「あんまり。学校の斡旋先は頼らないつもりだし、学びたいことと知りたいことが多すぎて、仕事ってイメージができなくて」

「そう? ぼくの術式を解析するのが日課になってそうなんだけど」

「うん、あれは面白い。発想を広げないと着手できないし、暇つぶしになる」

「そっか、学校じゃ時間があるって言ってたっけ。一緒に来たあの子の面倒は?」

「いつも見てるわけじゃないもの。……最近は多いけど。昔のあたしを見てるみたい」

「お勧めした本との相性が良かったんだろうね」

「でもあたしは、格納倉庫ガレージを作ってみたら、なんて言わないから」

「あははは。でもレリアは作れたじゃないか」

「今もまだ改良してるけど」

 初めて完成した格納倉庫の術式は、小物入れどころか、手のひらサイズの水が入る袋のようなものだった。それを改良し続け、今もまだ、ほかの術式を開発する時、ふと思いついて手を加えたり、いろいろやっているが、魔術なんてのはそんなものだ。

 簡単かどうかはともかく、少なくとも誰かにお勧めするようなものじゃないのはわかった。

「ぼくはあまり関わるつもりはないけど、――あの子は伸びるよ」

「そう?」

「本の著者に逢いたいっていう動機はもちろん、本を読みこんでいるあたりが評価できる」

「……ラルくんなら、次に何を教える?」

「うーん、今度は逆に基礎の部分かな。発想力はもっと鍛えた方が良いし、読み終えたとか、学んだことを振り返る時間も良いね」

「わかった、機会があったら教える。カーネのことは嫌いじゃない」

「ぼくも、後輩ができたら、そうなるのかもしれないなあ。まあ、請われるかどうかはわからないけど」

「冒険者の後輩はいるじゃない」

「――そういえば、そうだった。いろいろ教えたけど、まだ生きてるからね、それだけで充分だ」

「どんな子たち?」

「最初の印象は最悪だったよ。よく見る初心者というか、まあ、なり立てによくある、自分たちならできると勘違いしてる自意識過剰な子たちでね、こりゃすぐ死ぬなと思ったから、忠告だけして放置しておいたら、命からがら、部位欠損もなく戻ってきて、ぼくに謝ってきたんだよ。で、生き残る方法を教えてくれって」

「あら素直」

「人は経験しないと、素直にならないね。でもそれからは、上手くやってるよ。どんな仕事でも、リスクとリターンを考えないと、引き際がわからなくなる」

「命がけの仕事は嫌ね」

「うん、そうしてくれるとぼくは助かるよ。でも逆に、同じ心配をかけているのかなと思えば、こうして顔を合わせる時間を大切にできる」

「それはあたしも嬉しい」

「でも、毎日顔を合わせていたら、違う感想になるのかな?」

「それも、いずれ経験してみたいね。いつも満足はしてるけど、でも、充分だと思ったことはないから」

「お互い、そういう距離感なのかもしれないね」

「うん。距離を縮めたい時はそうする」

「もちろん、いつでも歓迎しているよ」

 さてと、改めてレリアの頭を撫でながら、術式の調整を再開する。

 近くも遠くもない距離かな、とレリアは結論付けたが、おそらく世間的にはもう、近すぎる距離だろう。

 そんなことはつゆ知らず。

 二人はいつものよう、風呂までの時間をゆっくり過ごすのだ。


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