第18話 魔術師、魔物研究所と騎士団詰め所へ行く

 二日間の課外授業を終え、帰ってきてから翌日にはすぐ、パストラルは冒険者ギルドに顔を見せた。

「やあパフィオさん」

「――パストラルさん、もういらっしゃいましたか」

 窓口での対応であったため、彼女は丁寧な言葉を使う。

「報告は受けています、ご苦労様でした。突発的な事態への対応、感謝しています」

「たまたまだよ。こっちからはギルドの人選や、騎士団の動向なんかは気にしてないから、続報は――まあ、情報だけなら」

「わかりました」

「研究所への打診はどうだった?」

 にやにやと笑いながら言えば、パフィオは吐息を落とした。人がいなければ、仏頂面で頬杖でもついていただろう。

 ただ。

「二つ返事よ」

 言葉遣いまでは気が回らなくなった。

「説明以前に、あんたの名前を出しただけで素通り。いいから来いって」

「うん、そうだろうね」

「知り合いなの? それとも仕事?」

「趣味と実益、と付け加えたら正解だったかもしれないね。少なくとも依頼を受けて何かをしてるわけじゃないから、副業かもしれないけど、冒険者活動としては微妙なラインかな。そうだとも言えるし、違うと言い切れる。だから報告はしてない」

「パストラル、ちょっとそういうの多くない?」

「親にだって報告義務はないさ。詳細はまた今度ね」

 魔物の研究所は、国が所有している。

 魔術師の就職先の一つではあるが、条件的には厳しいだろう。魔物の調査はしないものの、生態系の研究や行動など、魔術よりも魔物に詳しくなくてはならない。冒険者が普段見ない魔物に遭遇した場合、大半はこの研究所に相談がいく仕組みになっており、騎士団とも良好な関係を保っている。

 顔を見せれば、いつもの受付嬢と――。

「おや? 試験官じゃないか」

「げ……」

 入学試験で箱庭ガーデンに閉じ込めた男が、そこにいた。

「三日間の強制休養はどうだった?」

「嫌味かよ、それなりに休んだが、そのぶん仕事はたまるんだよ。何しに来た、お前が来るところじゃねえだろ」

「そうでもないさ。ねえ?」

「はい、お久しぶりですパストラルさん。昨日から、そわそわして待ってますよ」

「そういうわけさ。じゃあ――……うん、どうせなら一緒に来るかい? 大公老師の弟子だ、彼らも無碍むげには扱わないさ」

 返事は待たず、二階にある仕事場へ向かう。ここにはいくつか部屋があり、その中で一番広い場所へ。

 途中、パストラルの姿を見つけ、慌てて作業を中断できるところまでやって、追いかけてくる研究員もいた。これから何をするのか、わかっているからだ。

 そして。

「――む、来たかパストラル、早いな良いことだ」

「やあ副所長、今日も元気そうで何よりだ。聞いてるかい?」

「もちろんだ待っていた、さあどうだどうなんだパストラル」

 もう五十も目前という年齢の副所長は、子供のようにはしゃぎたい気持ちを抑えているような感じだ。見れば、最初からいたほかの三人も似たようなものだし、後ろから慌てて入ってくる研究員たちも、浮足立っている。

 一緒についてきた彼は、一体これがどういうことなのか、まるでわからなかった。

「いつもの、持ってきたよ」

 宝石を二つ取り出せば、すぐに副所長は受け取った。

「暗幕」

「はい、すぐに」

 陽光を遮り、室内灯を暗めに設定したのを見てから、まずは成形された宝石を手元の箱に押し込むよう設置すると、魔力を通してボタンを押す。

 空中に浮かび上がるのは、実物大のハニカムホーネットだ。

「ほう……個体差があるとはいえ、通常と言って良いサイズだな。しかし、これは」

 それがどんな魔術品なのか、その仕組みはともかく。

 彼にもわかる。

 ――これは、殺意だ。

「いや、後回しか」

 もう一つの宝石は、違う箱を開いて、中に入れる。左右についているダイヤルのうち、左側を回して範囲を指定すると、右側で速度を決定し、再生のボタンを押せば、部屋に映像が展開する。

 映像というより、動画と言えばわかりやすい。

 最初は分蜂ぶんぽうの最後尾、そして側面を追いかける図であり、次の視点は大群からいくつかの個体が降りてくるところ。それらと正面で向かい合ったパストラルの視点が続き、やがて見送り、今度はまた、追いかける映像が続く。

 最後には分蜂の終わりである場所へ降り、そこから外敵を排除する決死の行動が三パターンほど続き、動画は終わった。

「パストラル」

「ぼくは遭遇した方だよ。第四騎士団の巡回について行くっていう学校の授業があってね、それに参加していたんだ」

「では上空から降りてきた個体が、空中で二つに分かれたのは、お前たちが部隊を分けていたからか?」

「まあね。ぼくの傍には学生が二人、1キロほど後方には学生が七人と騎士が五人だ」

「なるほど。誰か、ハニカムホーネットが五体一組で活動する記録を知っている者は?」

「確定ではなく想定なら、いくつか記述を覚えてます」

 そこからは、研究者らしい会話が始まり、同行していた彼は一息ついて距離を取ると、入り口付近にいる男に気づいた。

「――所長」

「ああ、お前か。どうした」

「こっちはいつもの……いや、それもそうだが、パストラルがいたからな。この前、うちの学院に入った学生で、俺が試験官だったんだよ」

 言えば、所長は目を丸くした。

「……なんだって? 学生?」

「おう」

「そうか」

「あんたでも驚くんだな。俺も今、驚いてる。何なんだこの魔術品は、いつ開発した? ここまで細かい設定ができて、鮮明な映像が出せる魔術品は販売してなかったはずだぜ。それに、もう片方のやつだって、骨格標本なんかより、よっぽど綺麗に出てる」

「悪いがその質問には答えられない」

「あ?」

「――悪いね所長」

 パストラルがこちらへ来る。

「作ったのはぼくだよ。口留めしてるのは、これを商売にする気はないし、ほかに作るつもりもないからだ」

「――待て。お前が? 開発したってのか?」

「そうだよ。便利だろう、見ての通り研究者たちは好んで使ってる。ただ今のところ、ぼくが術式を宝石に組み込まないと使えないし、映像の記録に関してもぼくがやらなくちゃいけない。うちのドライブには教えてるけどね」

「お前……こいつをレポートにすりゃ、一年、いや、二年分の単位になるぞ」

「ふうん? 誰でも使えるように情報を公開するならってことだろう? それは面倒だな、べつに隠す気はないけど、使いたいなら解析したらいい。騎士団詰め所にある装置に関しては、まだ試作段階だからそうも言えないけど」

「なんだって? 騎士団にも似たようなことをやってんのか?」

「いや、せっかくこうやって魔物の研究をしてるんだから、もっと効果的に投影させて魔物との疑似戦闘ができないかと、まあ、言ってしまえばぼくの個人的な魔術研究だね」

「…………」

「お前ら教員側は、パストラルのことを調べていないのか。こっちはここ二年ほど付き合いがある。良い刺激を貰ってる」

「お互い様さ。図鑑でしか知らない魔物よりも、研究された最新の情報を知りたいし、それを元に現場で確認する――そのくらい慎重じゃないと、冒険者は生き残れないさ」

「良いことだが、な。……お前のやってることを報告したら、すぐにでも卒業できそうだ」

「うーん、ぼくとしては考えてなかったから、どうだろう、そんなものかな。魔術の研究っていうよりは、趣味の範疇だったから、あまりね」

「お前……いや、上申しとく。お前のことはちゃんと調べた方が良さそうだ」

「そうだね? 少なくともフユ・イーダーと繋がりがあることくらいは、わかると思うけど、それも大した情報じゃなさそうだ。ご婦人とはお茶飲み仲間でね、昔の話なんかを聞くのが楽しいんだ」

「チッ……所長、俺はもう行く。邪魔して悪かった」

「いや、大変そうだが、文句がうちに来ないなら、それでいい」

 国家に利益のある何かをしろ、というのがアイレン学院の卒業試験だが、国の魔物研究所に寄与している時点で、なるほど、これはもう卒業資格と同じ意味合いだ。

 けれど忘れてはならない。

 それが簡単にできることではないから、卒業試験にしているのだから。

「教員っていうのも大変そうだなあ」

「お前だとて、簡単にこの映像を作ったわけではないだろう」

「そりゃね。追跡だってぎりぎりのラインだったろうし、ぼくとしても単独じゃなかったから」

「災難だったな。……ほれ」

「ああ」

 宝石を三つほど、渡された。これは報酬ではなく、騎士団の詰め所にある装置に必要なものだ。

「わざわざ、これを渡しに来てくれたんだ」

「ま、俺はあいつらほど熱心じゃない。……それ以外の仕事が多すぎてな」

「そのくらいじゃないと、所長なんてやってられないよ」

「報酬はいつも通りだな?」

「ああいや、ひと手間かけたい。聞いての通り、ぼくは学生になったからね。単位申請が通るかどうか知らないけど、学院を通してくれるかな。どうだろう、問題は?」

「いや? いつもやっていることを、ただ事後報告するだけだ、問題ない」

「じゃあ頼むよ。――おっと、呼ばれたみたいだ」

 そう言って、研究所の人間と楽しそうに話し始めるパストラルを見て、唇の端を僅かに吊りあげた所長は、くるりと背中を向けた。

 当事者として話せるのと、研究の内容で会話ができるのは、違う。今のパストラルは、どちらもできているが、後者の内容にも足を踏み込もうとしている。

 さて。

 この現実に対し、一体どこまで学院に報告すべきか、彼は悩みながら仕事場へ向かう。

 同じ研究所で働く魔術師が新しく来ることは当然としても、研究をより良いものにするための魔術師など、研究所の発足から、果たして何人来ただろうか。

 本当に必要なのは、そういう人材なのかもしれない。


 魔物の研究所に行ってから三日後、朝から学院に行ったパストラルは、デルフィとファレを捕まえ、午後から騎士団の詰め所へ行くことにした。

 目的は第四騎士団の訓練の見学、および参加と、パストラルは個人的な事情である。

 こちらが学生という身分を提示したこともあって、案内がついてくれた。といっても、パストラルには慣れた道であり、見慣れた訓練場の光景である。

 案内してくれた人に感謝を伝え、そして。

「ほら、大声で挨拶。最初の印象は重要だよ」

 言えば。

「「おはようございます!」」

 二人はすぐ、腹から声を出した。さすがにこういう礼儀は知っているようだ。

 元より騎士団は体育会系で、上下関係もそれなりに厳しいし、声を出すことは美徳とされている。

 ただ、第四の人間はまだおらず、ちょうど入れ替わりの時間帯のようだった。

 そこに。

「――パストラル?」

「あれ、義兄にいさん」

 レリアの兄、二人いる内の上の兄がいた。

「ご無沙汰だね」

「どうしてここに? ……ああ、そうか、学生の課外授業か」

「ちょっと違うけど、似たようなものかな。義兄さんは訓練終わりだろう? ぼくたちは第四の方にちょっとね」

「そうだったのか。学生になったのは聞いていたが、そうか……だが、魔術師だろう、お前は」

「まあね」

 そもそも、フォードはともかくとして、フィニー家にも、実家にも、詳細は説明していないし、彼とはそれほど顔合わせもしていないので、会話の回数も少なかった。

 だから隠しているというよりも、彼が気づいていないだけだ。

 つまるところ――。

「おい」

「教官殿?」

 後ろから肩を掴み、僅かに引っ張りながら位置を変えた初老の男は、両足を揃え、左手を胸に当てて背筋を伸ばした。

「お久しぶりです、パストラル殿」

「やあ、久しぶりだね。いいんだ教官、楽にして欲しい。敬意を払われるためにやってるんじゃないし――彼は、ぼくの婚約者の兄なんだ」

「そうでしたか。失礼がなければ、それで良かったのですが」

 年齢としては、倍以上はあるだろう相手が、至極丁寧な対応をする。それだけで充分に驚くところだ。

「本日は?」

「うん、対魔物訓練装置の調整と、追加かな。多少は躰を動かすかもしれないけど」

「次は第四でしたか、よろしくお願いします」

「もちろん。そうだ、説教のついでに、義兄さんにはぼくのことも知ってる限り、教えておいてくれるかい? 隠してるわけじゃないんだけど、あえて言わなかったことだからね」

「わかりました、そうしましょう」

「ついでに、対魔物訓練装置の率直な感想だけくれるかな」

「どう使うか、そこは問題にしています。魔物と対峙した時の、独特な空気まで再現はされていますが、突発的な遭遇とは違います。仮にこの装置で動けるようになっても、現場で動けると勘違いするといけません。特に自分が見ている騎士は、団に所属しない末端ですから」

「うーん……そこは、まあ、しょうがないね。どんな訓練でも、そうだ」

「動きを覚える、感覚を鍛えるといった意味では、面白くあります。制御されているとはいえ、相手の攻撃を衝撃として受けることになりますから。ただ教官としての自分は、毎回やらせるわけにはいけません」

「そうだね、変な癖がついたら困るから、大勢向けではないよね。自主的に、それらを理解してる教官や、騎士団たちなら遊び道具くらいで試せるか。うん、ありがとう。悪いね、時間を取っちゃって」

「いえ、構いません。では失礼いたします、ごゆっくりどうぞ」

 行くぞと短く言って、義理の兄を連れて出ていった。

「おい……」

「パストラル、私たちにまだ隠していることがたくさんあるだろう」

「うん? そりゃあるよ。たとえば、球遊び訓練装置を作ったのはぼくで、この訓練場に設置されている特注品もぼくが作ったとかね」

「マジかよ? あれ、発売が五年前とかだろ……? 俺も実家で使ってたぜ」

「私もだ」

「ぼくの訓練のために使ってたんだけど、騎士団から要請されたし、まあ一般化してもいいのかな、これも経験だな、と思って作ってみた魔術品だよ。今はもう作ってない」

「派生品が出てるからなあ」

 そう、似たようなものが出ている。

 これは商業ギルド側で、きちんと申請を受けてパストラルが許可をしているため、売り上げの一割と少しがパストラルのものになる。原型を作った特許のようなものだ。

 準備運動が必要ならやっておくと良い、と言えば、二人は柔軟から始めた。

「お前はやらねえのか?」

「うん、必要ないよ。現場では、準備運動なんてする暇もなく実戦だからね。ああ、二人はまだ真似しない方が良いよ、怪我をするから」

 筋を痛めたりしたのは、懐かしい想い出だ。準備運動をしないと、出血のある表の怪我ではなく、中を痛めることが多い。

 そうしているうちに、見知った顔がやってきて、二人はすぐに大きな声で挨拶をした。第四の騎士団は、それに対して軽く手を挙げたり、よう、と声をかけたりするが、大半はパストラルに対して、ようやく来たか、とか、あれが良かったとか、そういう世間話をする。

 仕方がないことだ。学生の二人は、あくまでもおまけなのだから。

「悪いけど、この二人を見てくれないかな? まだ学生になったばかりだけど、そこそこ体力はあるから、いつものよう実戦向きで。骨折しない程度に殴ってもいいから」

「おう、俺らの準備運動くらいにはなるだろ。じゃあ――そっちの」

「ファレです、よろしくお願いします」

「お前は俺、もう一人は――」

「俺がやるよ。うちの女連中は加減を知らねえし、面倒見が良いとは言えないからな」

「デルフィです、お願いします」

「じゃ、よろしく。あとで実験ね」

 そっちの方が楽しみだと、二人を連れて訓練場の奥へ。彼らの訓練ではあまり木剣を使わないが、今日は何かを得るというよりも、雰囲気と、どんな訓練をしているのか、それを感じ取れれば良い。

 さてと、パストラルは訓練場の隅、テーブルにある装置の元へ。一つは、球遊び訓練装置、もう一つが対魔物訓練装置だ。今回、調整をするのは後者である。

 魔物研究所と連携し、解析した魔物をよりリアルに再現する装置を作ろうと考えたパストラルが開発したものだ。

 手で触れ、まずは制御機構に手を伸ばし、安全装置を解除してから、複製防止などの防御術式を突破し、周囲に展開式を出す。パストラルにしか見えないようにして。

 すでに術式の構成は作ってあるから、それを差し替えてしまうだけで済むけれど、チェックは必要であるし、今回は試験的な意味合いが強く、元に戻せるようにしなくては。

 作業は三十分ほどで終えて、そこからはのんびり訓練を見ていた。

 やや遅れて、二人の女性がやってきた。

 副団長、フェルミ・レーガとモラエアだ。

「あ、ラルさん、どもっす」

「やあ」

「待たせたか。一緒に来た学生二人は――……ん、そこそこか」

「そうだね。学生にしては、そこそこレベルが高いようだけど、卒業して騎士団に入れるレベルには至っていないし、現役の、第四の騎士には何もできないさ。でも、それを知ることも成長だよね」

「あたしらとやれてたラルさんがおかしいんすよ」

「……レリアもな」

「へ? ラルさんの婚約者っすよね? まだ逢ったことないっすけど、やるんすか」

「術式込みなら、モラエアよりやるかもな」

「あはは、どうかな、レリアはそれが専門でも仕事でもないし、戦闘を避けることを優先して、最悪の時には動けるように鍛えているだけだから。若い頃は何でもやった方が良いからね、その一環だよ。それに、普段はあまり鍛錬や研究っていう側面が見せられないから。おうちの事情ってやつ」

「そうだな、上の兄がうちにいる。さすがに妹に追い越されていると知れば、落ち込むだろう」

「あー、優秀さを隠してるんすね」

「それも、ラルの影響が強いだろうな。さすがにそれくらいは、お前も自覚してるだろう?」

「まあね。それよりもだ、以前話していた件だけど、実験できそうだよ。調整済み、魔物研究所からのデータも貰ってきた」

「そうか、ありがとう。すぐ始められるか?」

「もちろん」

「わかった。――集合!」

 声をかければ、すぐに全員が気づいてやってくる。モラエアもそちら側に並んだ。

「ファレ、デルフィ、こっちにおいで。座って休んでていいよ」

「おう」

「わかった……」

 ついでとばかりに、パストラルはタオルと水のボトルを渡しておく。

「ラル、説明」

「やあ皆さん、今回も例にもれず――だけど、前回と比べて実験的な意味合いが強い。対魔物訓練装置をちょっとばかり改良したから、試してくれると助かるよ。参加は全員、前衛と後衛にそれぞれ組み分けして、行軍の最中って感じの並びから始めてくれ。ちょっとでもまずいと思ったら、範囲外に撤退することを、いつもよりも意識しておいて欲しい」

「ん、では配置につけ。A組はモラエア、B組はディースを中心に」

 さて、どうなるだろうか。

 それを確かめるための実験だと、パストラルは展開式を使ってリアルタイムで術式の変動を記録しつつ、魔術品を実行する。稼働に必要な魔力供給用の宝石、そして魔物の情報が入った宝石をそれぞれはめ込み、ボタンを押す。

 まず変化したのは、足元。地面だったものが砂地となり、5から10センチほど沈む。こうした地形変化は、どちらかというと球遊び訓練装置の方に組み込んでいたものだが、彼らも警戒を見せるだけで、驚きはしない。

「あ、忘れてた。フェルミさん、術式許可」

「――術式許可!」

 仕切りとなっている結界の中、一分に1度の間隔で気温が下がっていく。さすがに術式なしでは、防寒できない。

 吐く息が白くなる。気温としては、2度から5度くらいを目安にした。

 そして――。

「――スノウダガーの群れだ!」

 誰かが声を出した瞬間、砂地となっていた地面から、耳が胴体ほどの長さがある40センチほどの兎が姿を見せた。

 平地、野山で見つかるカザキリラビットと呼ばれる魔物の亜種、雪山で発見される個体であり、鋭い耳で攻撃をする魔物だ。カザキリと違って、スノウダガーは。

「足元注意!」

 雪の中に潜り、高い跳躍をせずに足元を狙う特性がある。

「ふうん……さすがに知ってたか。雪山の方に実家がある人だっているから、当然かな。ああ大丈夫、切断はされないよ、衝撃はそのままに、打撃と同じになるよう調整してあるのは、今までと変わらない」

「そうか。……違うのは、魔物だけではなく状況そのものまで再現したわけか」

「うん。ただ難点として、魔力消費量はやっぱり大きいなあ。群れの再現は上手くいったけど、個性はどうだろ、多少は変わってるかなって感じ」

 さすがというべきか、十五分もかけずに彼らは二十体はいるであろう魔物を討伐した。

 想定範囲内――だから。

「じゃ、雪山の魔物をあと二種類、そのままいこうか」

「それはいいが……お前、そういうところサディストだな」

「これは実験だよ? ぼくは結果が早く見たいだけさ」

 そうかと、呆れたように言ったフェルミは、続行させることを彼らに伝えた。

 魔術師がここにいる。

 間違いなく一緒に来た二人は、今のパストラルを見て、強くそれを実感した。

 ただ、そうであったところで、パストラルという人物のことが理解できたのかと問われれば、余計にわからなくなったと、そんな結論が落ちていそうである。


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