第17話 魔術師、正体を明かす
十三時頃に到着したのは、三つのログハウスが建てられた拠点であり、そのうちの一つを彼ら三人と女騎士の一人が使うよう指定された。
今回はあくまでも、サバイバル訓練ではなく巡回の付き添いであるため、簡単だが食料も用意されており、外で火を熾して、それぞれの部隊ごとに食事となる。それがおおよそ、十七時だった。一番時間がかかったのは、ログハウスの掃除だろう。周辺の警戒などは、その間に騎士がやっている。
全体的に疲れが見える。それは学生だけでなく、騎士たちも同じだが、あの状況で混乱を起こさず、全員が生きて切り抜けられただけでも充分な結果だ。
満足な夕食とは言えないものの、外には木で作ったテーブルや椅子もあり、談笑しながらになって、それが終える頃には陽が沈もうとしていた。時刻は十八時過ぎ――誰もが、ほっと一息を入れるような時間帯になりつつある。
さすがに騎士たちは、この時間が一番危険なのを熟知しているのか、警戒を怠らないが、学生としてはこれから来る夜を怖がるだろう。
昼と夜、あるいは夜から朝、この切り替わりの時間帯は、人としても油断が生じるし、何より夜行性と昼行性の魔物や動物たちも変わるため、何より危険なのだ。お互いがお互いの住処を交換する――この状況に居合わせると、必ずと言って良いほど戦闘になってしまう。彼らはいつものことだが、そこに人間という異分子が紛れ込み、敵対しがちだから。
きっと、サバイバル訓練なら、そういう細かい部分も教えるのだろうけれど、今回はそうではない。このままログハウスで夜を明かし、明日にはまた似たような道を戻って解散だ。
だからこのタイミング。
本題に入ろうかと、二人は目くばせをしたようだが、しかし、その前に。
「良いか、
「いいよ」
珈琲を飲んでいたテーブルに、パストラルの足元から猫がひょいと飛び乗った。
「お、なんだモラエアではないか」
「コタさん、お久しぶりっす」
「この二人は――ふむ、見たところ学生か、まあ良い。主様、先ほどギルドと騎士団に連絡を入れたぞ。調査は明日の朝から、行動は別になるだろうが共同調査となりそうだ。場所は山間部、人里は遠い」
「ありがとう、詳細は明日の夜にでも家で聞くよ。記録はどう?」
「うむ、パフィオに伝えておいたが、面白いぞ主様。あれだけの大群、途中の犠牲も含んでいるだろうと思っておったが、いざ巣を作る際には縄張りを作る。これはほかの動物と何ら変わらん――そこで、半数とは言わずとも、多くの兵隊を失っておった」
「それは
「あくまでも
「そうか……彼らにしてみれば、新しい棲家を作るのだって命がけだろうからね」
「うむ。ところで、こちらに被害はなかったのか?」
「どうにかなったよ、怪我をした人もいない。第四の騎士はさすがに対応が早いよ」
「それもそうか。わしからの報告は以上だが、エピカトに何か伝えることはあるか?」
「そうだね、今回のハニカムホーネットに関わるような依頼は、受けないよう伝えておいて」
「巻き込まれるのも手に余りそうだな、わかった。わしも気を付けておこう」
「しつこいようなら、ぼくに回してくれ」
「そうしよう。――邪魔をしたな。学生にとっては刺激的だったろう、今日はゆっくり休むといい。モラエラも、適度に主様を頼って休むように」
「どもっす」
最後に、軽くパストラルが顔を撫でてから、足元にある影に飛び込んで、コタは姿を消した。
「さて、だいぶ後回しにしたけれど、そろそろ離そうか。結論から言えば、察しているとは思うけど、ぼくは第四の騎士団とは知り合いで、冒険者だ」
「……いや、おう、さすがにそこはなんとなく」
「というか今の猫はなんだ」
「ぼくの使い魔だよ。ああ、会話ができるのは何故とか、そういうのは答えない。可能であることは目の前で証明されたんだから、魔術師ならがんばって実現すると良いよ」
「う、む……」
「おっと、学生に対してはちょっと厳しい物言いだったね。第四とは、昔からだよ」
「そうっすね、もう五年くらい――……五年っすかあ」
「なんだい、モラエアさんは当時まだ、十七くらいだったろう? 五年でちゃんと成長してるし、何か思うところでも?」
「いやあ、副団長みたいに割り切れないっすから、良い男がいないことに、ちょっと」
「理想は高く持って良いと思うけどね。確か騎士団は、同業の結婚を推奨してたと思うけど、それは嫌かい」
「情報漏れの危険性は低くなるっすからね。でも同業者は、だからこそ問題が起きやすいってのもあるっす。それに仕事柄、自宅に戻ることがほとんどないんで、そこまで堪え性のある相手がいないっすよ」
「うーん、ぼくに婚約者がいなかったら、良かったのに」
「え、嫌っすよラルくんが相手なんて」
「そう? 大事にするよ?」
「嫌っす。なんか嫌っす」
「それは残念」
小さく肩を竦めれば、黙っていたデルフィが大きく息を吐いた。
「いろいろと腑に落ちたような、理解できねえような、複雑な気分だぜ」
「まったくだ。十三歳で、冒険者というのも驚いたが、実際に現場での判断は早かった」
「まだまだ、駆け出しみたいなものさ」
「先ほども言っていたが、記録というのは何だ?」
「映像記録さ。魔術品でも売ってる――うん、あれは精度があんまり良くなかったっけ。会話の録音とか、術式の保存なんかの応用だよ。今回のことは身内も関わっていたし、丁度良いから魔物の研究所に渡そうかと思ってね」
「渡すのか?」
「厳密には、学生として譲渡するなら成果の一つとして単位を貰うし、冒険者としてなら売りつける形になるね。前者の方が発生する金銭は少なくて済む――かも、しれない」
「珍しいことっすから、どちらにしても素直に進むとは思うっすよ」
「ぼくもそれは同感だ。研究してもらって、情報を共有した方が良いと思うからね」
「なんつーか……普通に大人の対応だな。仕事をしてるって意味で」
「それはまあ、うん、仕事してるから」
そこに、責任者として総指揮をしている男がやってきた。
「おう、パストラル、情報解禁か?」
「さすがにあの状況じゃ、隠し通せないよ。だから、ほどほどにね。どうかしたかい?」
「夜間警備、どうすんのかと思ってな」
「モラエアさんと、もう一人の女性が夜の番をする時は、一緒に起きていようと思ってたよ」
「女に甘いな、お前は」
「甘いっていうよりも、誠実なだけだよ」
「わかったわかった、仕事じゃないなら当てにはしねえよ。好きにしとけ。ただ、ほかの学生はちゃんと寝るようにしとけよ」
「もちろんだ。学生が夜の警備に立つなんて、さすがに無茶が過ぎるし、サバイバル訓練じゃないからね」
「わかってりゃいいさ。じゃあ頼んだ」
「うん」
頷き、見送って。
「確かに、きみたち騎士団にとっては、ちょっとしたサプライズだったね」
「そうっすよ……何してんすか。っていうか、なんで学生やってるんすか」
「――それだな」
「おう、それ。なんで学院に入ったんだよ、お前は」
「なんでって……同級生と、こうして会話をすることも目的の一つだよ。ぼくの回りには年上というか、仕事上の付き合いが多いからね。ただ、――ぼくは魔術師だ」
冒険者であったとしても、学生でも、何だって良いのだ。
パストラルは、魔術師である自負を忘れない。
「一つの目標を達成して、次が見つかるまではいろいろやろう。そう思って冒険者になって、もちろんそれ以外もやって、――三年経った。焦りはないけれど、どうしたものかって悩むこともある。そんなぼくを見たお節介な友人が、学院を紹介してくれたのさ」
「へえ、悩みあったんすね」
「そりゃいろいろあるよ。相談できないものもあるし、相談しないものもある。誰だってそうさ。きみたちだってそうだろう?」
「まあ、悩むことはあるか」
「そうだな。ここから先のことは、いつだって悩む気もするが……私から見て冒険者は、かなり遠い位置にあるのだが、実際にはどうなんだ?」
「ん? 簡単だよ? 試験に受かれば、誰だって冒険者さ。最低限の判断力と、そこそこ戦闘ができて、一般常識があればいい。もっとも必要だと思うのは、見極めかなあ」
「見極めとは、何に対してだ」
「ファレは興味が?」
「いや、私が冒険者になることは――……あるかもしれないが、おそらく望むものではない。フィールドワークをしたいのだが、調査中は無防備になる」
「そうだね。ぼくもまだ、夜間の仕事は控えるようにしているよ。どんな冒険者でもそれは同じで、単独行動の時の夜間は最悪と言っても構わない。だからこそ、ドライブっていうパーティを組むんだ」
今回だとて、夜間のローテを組んで警備に立つ。比較的、安全な場所なのにも関わらず、だ。
「危険度の見定め、安全の確保、そのあたりが生き残ることと直結するのが、冒険者って仕事だよ。若い子には多いだろう、まだ大丈夫だ、自分は平気だ、そういう根拠のない言い訳で一歩を進めてしまう――これで命を落とす」
もちろん可能性が高いってだけだと、パストラルは小さく笑う。
「見極めはね、やっぱり自分自身が一番難しくて、重要だ。たとえば、いつもならここまでできる、これは確信が持てるだろう。だって、いつもやってるから。でもそれって、状況によって違うよね? たとえば昼間、ハニカムホーネットを目の前にした時、いつもの自分じゃいられなかったはずだ」
「まあ……な」
「訓練ではできて、現場ではできない、なんてのもよく聞く話だね。じゃあ、現場ってのは何だろう――はい、ラナエアさん、どうぞ」
「そうっすね。今までの経験上、いつも通りに見える状況ってのは、あんまりよくないっすね。現実は、現場は、同じものなんてない」
「極論になるけれど、現場で動くなら、常に想定外を受け入れなきゃいけなくなる。だから、自分がどこまでできるかなんて、これ以上なく難しいわけだ」
「想定外を、想定内にする……? 冗談にしか聞こえんな」
「まあ、訓練でできないことは、現場でもできないからね、そこは同じさ。ただ、自分の命ってやつを軽く見ると、すぐ死ぬ。それが冒険者だ。逆に、そこさえ注意しておけば、地道に生き残れるよ。大したことじゃない」
「なるほどな。どんな仕事でも、命のやり取りに直結するってことか」
「騎士も同じっすよ、そう教わるっす。ただそれを実感するのは、第四くらいっすかねえ。ほかはあんまり、表に出ないっすから」
だからこそ、危うい。徹底して教わるが、それを実感しないものだから、目の前にした時に動けなくなる。
「一応、定期的に外での訓練もやってるんすけど、それもまあ、あくまでも訓練っす――というか、あんまり学生に話す内容じゃないっすよ、こんなの」
「うん、それもそうだね。学生はあくまで、騎士や冒険者を目指す段階だから。今の内容だって、実際に仕事を始めてから教わって、やっぱり実感するのはもっと先になるからね。ファレだって、フィールドワークに出ている時に、そんなことは意識しなかっただろう?」
「そうだな」
「意識させる護衛なら、冒険者としては失格っすね」
「ちなみに、何の調査を?」
「いろいろだな。私は図鑑をよく読むんだが、それの実地検証をしている。最近だと魔力溜まりの調査もしたな。とはいえ、半年に一度くらいが限度だ。特に金銭面でな」
「実際に目で確かめるのは、面白いからね、よくわかるよ。ぼくにとってはハニカムホーネットとの遭遇もその一つさ」
「思い出すだけで冷や汗だぜ。剣を抜かない選択ってのも必要なんだと痛感した」
「基本的に知識は必要っすよ。ただ騎士団だと、その判断を下すのは上司っす。あたしら第四はまた違うんすけど、そこらへんは難しいっすね。ラルさんがいなかったら、こんな素直にはいかなかったっすよ」
「……ん? まさかラナエアさん、彼の、パストラルの言葉があったから、ほかの者も納得したと?」
「そうっすよ? いや、もちろんあたしの言葉だって信用はするだろうけど、動くタイミングはもっと遅れたっすね」
「間抜けな質問をするが、お前は何者なんだ、パストラル」
「あはは、恩を売ったり何かをしたわけじゃないんだよ。ただ関係性があるだけだ。たまに訓練もしてる」
「あれ訓練じゃないっすよ……うちの副団長と対等にやり合うの、ラルくんくらいっすよ」
「ちょっと待て。騎士団の副団長クラスって壁が一つどころじゃねえだろ。お前、魔術師じゃねえのか」
「魔術師だよ。でも体術の訓練中に、術式を使うほど無粋じゃないさ。あくまでも訓練だからね。というか、そうじゃなきゃラナエアさんが、二人をぼくに任せて離脱するなんてこと、するわけがないでしょ」
「そりゃそうかもしれねえけど……」
「わかった、わかった。じゃあ今度、第四の人たちと遊ぶ時には、ちゃんと二人を誘うよ。それでいいだろう?」
何がいいのかはわからなかったが、それは貴重な機会だったので、二人は黙って頷いた。
「さて。ぼくは一足先に休むとしよう。ほかの人が起きている時に寝ておかないと、あとで苦労するからね。まあ、寝れないとは思うけど」
「あれ? 睡眠制御、してない感じっすか?」
「まだ慣れてなくてね」
「術式を展開しておかないのか?」
「そこも含めて、だよ。術式を展開しておくことのデメリットは、その術式の外側は安全だと、敵側にも認識されるってところ。境界線あたりに、敵が一緒に寝ていると考えれば、危険性はわかるよね」
想像して、デルフィはものすごく嫌そうな顔をした。
「そいつは最悪だな」
「ま、休み方は知ってるから、一夜を明かすくらいなら、どうとでもなるさ。じゃあ、二人はゆっくり、騎士のことを詳しく聞いておくと良い。ラナエアさんだけじゃなく、ほかの人たちともね」
そう言って、大きく伸びをしたパストラルは、誰よりも早くログハウスの中へ入った。
――寝れないのは、成長の証だ。
人はそれでも、夜になれば疲れて寝てしまう。起きていられるのなら、警戒している証左となる。だが、寝ないで活動するにも限界があり、パフォーマンスが落ちるのならば、寝ておかなくてはならない。
理想を言えば、起きているのに寝ている状態を作ること――簡単に言ってくれるが、そう容易く身に付くものではないと、パストラルは知っている。
だから一歩ずつだ、それでいい。
今までも、そしてこれからも、そうやって成長していくのだから。
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