第15話 魔術師、入学試験を受ける

 ここ一ヶ月でどうにか地盤を固め、全員の帰る場所を作ることはできた。

 本当は一時拠点にするつもりだったが、レリアが。

「じゃあ、これからは気軽に王都へ行けるね」

 と、その一言ですべて解決である。いつものようパストラルから行くことが減るならば、それで構わない。レリアにとっても、王都にある拠点がいつもの場所になるだけのことだ。

 本題は入学試験である。

 王都アイレン学院は、入学手段が推薦しか存在せず、同時に年齢制限もない。というのも、一般の学校に入って優秀な成績を出した学生が、より上を目指すためにアイレン学院へ推薦される場合がほとんどで、パストラルのよう十三歳、学校に通う年齢になってすぐに推薦されるのは、実に珍しいこととなる。

 珍しいからといって、筆記試験があるわけではなく、あくまでも面接だけだ。顔を合わせ、会話をして、その結果落とされるケースは今のところ、表向きは存在していない。裏側も調べたが、九割九分は合格している。

 推薦されるだけの人材は、それだけの価値があり、拒絶するほどでもないわけだ。逆に途中退学者は、それなりにいる。学ぶ内容もさることながら、求められるハードルが高く、やっていけないと判断した者も多い。

 どうであれ、まずは入学してからだ。

 試験会場はそれなりに広く、ややうす暗いと思えるような部屋の中、周囲はテーブルで囲まれていた。

「パストラル・イングリッドだ」

 名乗ってすぐ、最初にやることは人数の確認だ。

 目の前には男が一人立っており、周囲には六人が椅子に座っていた。それから部屋の隅に腕を組んだご老人が一人。

 なるほどと思いながら、ちらりと左側にいた女性を見る。

 その様子を見て、ただのガキじゃなさそうだと、正面に立った彼は思う。雰囲気に飲まれず、周囲を窺う余裕があり、萎縮もしていない。

「推薦状は受け取っているが、ちょいとお前の場合は特殊でな」

 言いながら、彼は細工をする。ちょっとした遊びであり、それこそ試験である。

「まず、実績がない。考課表もなければ、詳細も提示されなかった。加えて、推薦者も特殊だ」

 腰に手を当てて話す姿は変わらず、声そのものも彼から発せられているが、それは僅かな火によって作られた虚像。光の反射、陽炎の原理、あるいは蜃気楼の理論、そうしたものを積み重ねて作った偽り。本体は気配を隠し、ゆっくりとパストラルの背後へ。

「となると、実力を見たくもあるわけだ」

 肩に、後ろから、ぽんと手を当てる。

 その手が、すり抜けた。

「――」

 自分の背後から首をそっと触れられる、冷たい手の感覚に驚いて、まずは正面に跳ぶ。それから空中で振り返れば、目の前に壁が迫っていた。

 違う。

 それは立方体の一面であり、彼が着地した瞬間にはもう、彼を閉じ込めるよう上下左右から面が迫り、そして。

 10センチ四方の、灰色の立方体が、こつんと床に落ちた。

「……」

 それをじっと見たパストラルは、しばらく動かなかったものの。

「おっと、失礼」

 考え込む状況ではなかったと、彼が使っていたものと同じ陽炎の術式を消し、落ちた立方体を拾った。

「さて、解析したい人はいるかい? 今ならなんと、一日に二度も死亡した男を、一番最初に笑う権利もついてくる」

「……では、私が」

「やあきみか」

 小さく手を挙げた女性のもとへ近づき、目の前のテーブルに置く。

「まわりは弟子たちに任せるばかりなのに、きみだけは重い腰を上げたみたいだね、水の大公老師殿。ご婦人の忠告はさすがに無視できなかったってところかな」

「今、何を考えていた?」

「ん? ――ああ、実用的な術式じゃないと思って、いろいろとね。一応説明しておくと、単純な箱庭ガーデンの術式だ。ただ、今回は拘束目的だから、内側から出られないようにしてるよ。ただ中にはベッドもテーブルもあるし、キッチンもあれば、しばらく暮らせるだけの食料もある。三日後には自動的に解除されるよう設定してあるから、問題ないさ」

「準備を、してきたと」

「そりゃ試験だからね、何か術式を見せろと言われることくらい、想定しているよ。そうでなくとも、ちょっと試してみたい術式だったから、部屋の隅にいる暇そうな老人でも拘束してしまえば、三日間は強制休暇がとれて、言い訳も立つ、そんなことも考えていた。でも」

「でも?」

「術式の発動から完了まで、三秒もかかったんじゃあね、どうしようもない。設置型の罠を作ったところで、失敗するのがオチだ。だったら? ――と、そんなことを考えていたんだよ」

「そうですか……」

「ほかに質問は?」

「彼と同じ術式を使いましたね」

「うん、そうだね。目の前で見せられたから、これは面白そうだと思って真似させてもらったよ。彼はわざわざ、声の出る位置を道標ガイドラインの術式を使って調整してたけど、実戦では必要ないかな」

「何故? 声の出る位置が変われば気づくでしょう」

「いいや、目の前にいる人間が口を開いていれば、声の位置に気づくなんて、そうそうないよ。これは思い込みの利用にもなるけどね。それに、気付かれる前に片を付けるのが現実だよ。――三秒が致命的に遅い、というのもね」

 少なくともグロウ・イーダーならば、術式の準備時点で気づき、発動した時にはそこにおらず、完成した頃にはこちらがやられている。

 そういう状況で、ずっと訓練をしてきた。

「ところで、ぼくからも質問をいいかな」

「どうぞ」

「ぼくのことについて、どのくらいの調査を?」

「――していません」

「だろうね。まあ、たかが入学試験に、そこまでする必要もないかな。うーん、いや、お互い様か」

「どういう意味ですか」

「ぼくも同様に、きみたちのことや学院のことを調べてないってことさ。おっと、気楽に話しているのは許して欲しいね。ちゃんとした場所なら、相応の態度になるけれど、こういう内側の場所なら問題ないだろう」

「内側と外側の境界はともかく、何の問題がないと?」

「それはそうだろう? だって、フォードに敬語を使わないぼくが、きみたちをそれ以上に持ち上げるだなんて真似、できるはずがない」

「では」

 一息入る。

「あなたは彼の弟子ですか」

「ああ、懸念はそこ? いやいや、――的外れだ。違うよ、フォードから魔術を教わったことはない。そこは昔から徹底していた。勘違いされたくないし、ぼくは大公老師なんて腰の重い職業に興味はない。関係性を言うなら、ぼくたちは友人で、共犯者で、ぎりぎり共同研究者と言っても通じるかな、くらいなものだ」

「学院にいる間、卒業の単位を必要とします。研究内容を開示できますか」

「それは、これから研究するんじゃなくて、今までのものを?」

「あるのならば」

「ふうん?」

 腕を組み、少し考えたパストラルは彼女に背中を向けて。

「フォード、質問だ」

「うむ、なんだ」

「アレに関する情報を提示したとしよう」

「条件は」

「解析が完了したところで、実行が不可能であること。あるいは可能であっても、現実的ではない範囲で、利権をつけて、口外禁止はもちろん、情報漏れの際には殺害まで考える最高機密」

「妥当だな」

 ざわりと、周囲の空気が動くけれど、パストラルは気にせずに。

「その前提のもと、彼らが解析できるかい?」

「概要だけなら半年」

「完全にとは言わずとも、完成品を見て疑わなくなるくらいなら?」

「――五年、わしが手を貸して三年。まあ貸さんが」

「となると、ぼくがその単位を認められるのに五年かかるってことだね。ありがとう」

 頷き、改めて彼女に向き直って微笑む。

「うん、どうやら難しいみたいだね。これからのぼくに期待して欲しい」

「…………」

「さて、以上かな? じゃあぼくは、合否判定を待つよ――ん?」

 このまま背を向けようかと思ったタイミングで、フォードがいた近くの裏口が開いた。

「よう、終わったか? ……あ?」

 頭を掻きながら入ってきた男は、状況を見るなり一度足を止めて、そして。

「――ガキ? お前ぇなんでこんなところに……」

「やあ、久しぶりだね」

「ああ? 一体何を……内偵か?」

「あはは、内見というのなら、あながち間違いじゃなかったかもしれないね。ぼくはもう行くよ、あとはよろしく」

 ひらひらと手を振って去るパストラルは、あまりにも受験者らしくない態度である。

 後日。

 合格の文字と、入学案内が届くことになる。彼にとっては、当然のことだった。


 試験会場に沈黙が落ちて、どれくらい経過しただろうか。空気を重くしているのは水の大公老師であり、深く考え込んでいたのだが、しかし。

 両手を合わせ、音を立てた。

「では、入学試験はこれにて終了としましょう。各人、報告を忘れなく」

 彼女は解散の合図を出すが、その場から動かず、重苦しい場所からすぐにでも逃げるかのよう、各大公老師たちの弟子は部屋を出ていく。

 残ったのは、最後に入ってきた火の大公老師と、天冥の大公老師、三人だけになった。

「……彼とは知り合いですか」

「あ? 顔見知りなだけだ、何しに来た」

「見ての通り、受験ですよ」

「じゃあ、あいつがフォードの推薦したパストラル・イングリッド? つーか俺の弟子はどうした」

 彼女は、今までの流れをかいつまんで説明した。会話の途中で遮られるよりも、最初に説明しておいた方が良いとの判断だ。

 そして。

「どういう知り合い方を?」

「ん、ああ、うちの騎士科の卒業生がサバイバル訓練をするっていうんで、護衛の冒険者に混じってついて行ったんだよ。その時の冒険者が、あいつだ。ガキでも小僧でも好きに呼べと言いながら、自分のことはほとんど話さねえ。ランクCが受ける仕事じゃないとは思ったが、一緒に来た女のツレに経験させたくて受けたんだと」

「――ランクC、ですか」

「そうだ。話もしたぜ? 現場での魔術関係にはかなり詳しかった。一度も術式を使ってる姿は見なかったから、魔術師だとは思わなかったし、まさか見た目通りの年齢だとは考えやしなかった。若く見える――そういう会話の内容で、そういう態度のガキだった」

「……」

「おいフォード、ジジイ、お前の弟子じゃねえのかよ」

「ふむ。ではお前はあやつと話した時に、魔術を教えたか?」

「――いや、少なくとも教員のよう何かを教えたわけじゃない」

「わしも同じだ。魔術の話もしよう、世間話もしよう。だが、何かを教えたわけではない。あやつは三年前、一つの大きな目標を達成し、ここ三年は次を探している途中だ。わしはその手助けをしたに過ぎん」

「長いのか」

「うむ」

「まあ……つーか、おい水の、その箱庭ガーデンは解除できそうなのか」

「軽く解析を走らせた感じですが、上手くできています。皮肉なことに、完全に解除できるにはかかりそうです」

 つまり。

「自動解除と同時じゃねえか……」

「そうでなくとも、時間は大きく変わりませんよ」

「俺が事務仕事かよ、面倒だな」

「たまにはやりなさい。フォード、五年はかかると言った術式に関して、情報は開示できますか」

「そうだな……口外はするな、探りを入れるな、この二点だが」

「契約しましょう」

「俺も構わない」

「いや、そこまではせんとも。お前は一緒にいた女を見たか?」

「ん、ああ、冒険者としては確か、ランクEだったか……パーティを組んでたってのは知ってる」

「名前は」

「エピ……なんとか」

「覚えておきなさい」

「うるせえな、女の方はそんなに会話をしたわけじゃねえよ」

「その女が人形だと言ったら、お前は信じるか」

「は? 馬鹿言え、ただの人間だろ、どう見ても」

「そうだろう、信じられるわけがない。こっそり調査をしたところで、一切の確証は得られんだろう――あやつが、術式を提示するまではな」

「おい……冗談だろ」

「いいや、事実だ。エピカトに加えてもう一人、人形がいる。わしが素体を提供し、実際に完成させた現場にも立ち会っておる。お主らには想像もできまいよ」

 二人は黙る。それは肯定でもあった。

 想像ができないなら、実際に術式の構成を見せられたところで、解析には時間を要する。五年が、短いとさえ感じるほどの時間だ。

「もしも解析できたとして、量産可能になっちまったら、危ういな……」

「うむ、だから黙っておるし、そうさせんのは、わしもあやつもわかっておる。――この時点で、人形師としての腕は、お前たちより上だな。さてどうする」

「どう? ああ入学か? 俺は賛成だね。どうであれ、あいつは面白い野郎だ。……うちで引き取れるってわけじゃ、ないが」

「どう転んでも合格になるでしょう。この箱庭を解析したら、もっと詳しくわかりそうです」

「ふむ」

 目の前で使われ、箱に閉じ込められたように見えたし、箱庭ガーデンという名称から、まさに手元にある立方体キューブに閉じ込められたのだと錯覚するが、実際は違う。

 別の空間ばしょに箱庭を作っておいて、そこに移動させており、立方体はあくまでも出入りの扉、ないし、その扉に必要な鍵でしかない。それも解析して一日もしたら気付くだろう、あえて言う必要もないとフォードは判断する。

 ここにいるのは、この国で頂点とも言える魔術師なのだから。

「わしは何も関わらんぞ。あやつとは友人であろうと決めておる」

「おう」

「わかりました、そのように」

 彼らはそこで解散し、全員がいなくなってから、作っておいたテーブルと椅子をフォードは片付ける。というか術式で作ったものなので、消すだけだ。

 どうであれ。

 パストラルがまた、新しい目標を見つけられるかどうか――それが余計なお世話だとわかっていても、してしまうのは年齢か。

 決して、後継者にしたいなどとは思わない。ただフォードは友人として、パストラルには好きに生きて欲しいだけだ。

 できることは、それほど多くはない。その一つになってくれれば、それだけで良い。

 もっとも――これもまた、事前に相談はしている。

 パストラルは、黙っていたようだが。


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