第14話 魔術師、王都へ挨拶に行く

 冒険者になってから、王都に行くことはよくあった。ただし、あくまでも通過点の扱いであって、様子を探ったり、顔を出すにしても騎士団の詰め所くらいで――母親がいるからだ――食事をするくらいなものだ。

 何故って、すぐ近くにレリアの住む街があるし、そちらに拠点を持っているから、わざわざ長居をする必要もなく、足場を固めるほどではないと、先送りにしていた。

 ――どうせこうなる、とわかっていたのに、だ。

 王都の地形は入り組んでいる。特に住宅街の付近は、小さな店も含めれば把握が難しく、高台同士を繋ぐ道などもできており、目的地へのルートを探すのが慣れないと難しい。迷子になることもさることながら、人が多いのも一因になるだろう。

 王都に入ってすぐ、コタとは別れて個別行動に入った。最悪の事態になった時は、パストラルの影と繋がっているので、そちらに逃げ込むはず。心配はあるが、それを理由に束縛しても仕方がない。これはエピカトやカトレアに対してもそうだが、なかなか、難しい部分だ。

 さて。

 裏路地に入って、面倒な経路をたどり、地元の人間が使うような酒場に入れば、昼食を終えた時間帯で、客はいない。これから仕込みの時間だろう。

 パストラルは何かを言われる前に、金貨を指で弾いて、店主へ。

「裏口を使わせてもらえるかい?」

「……どうぞ」

「じゃあ、彼の代金も先払いしておくよ。好きな酒は知らないからね」

「それはどうも。お手洗いにある掃除道具入れの奥からだ」

「ありがとう」

 言われた通りに行くと、裏口から外へ。ちょうど高台を繋ぐ通路の影になっており、ここにスペースがあるとは、ぱっと見ただけではわからない。そこから次の扉を開くと、今度は階段で下へ。

 とにかく面倒な手段で到着した先に、彼はいた。

「やあ、絵図屋えずや

「あ? ……よう、お前かよ。ずいぶんと久しぶりじゃねえか」

 言って、テーブルに両足を投げ出したまま、無精ひげだらけの男は、欠伸あくびをして両腕を大きく伸ばした。

 よれた服を着ており、だらしなく見えるものの、彼は限られた情報、あるいは、あらゆる情報から状況を読み、望んだ結末を迎えるための道筋を描くことを仕事にしている人間だ。

 かつて荒野の嵐サンドストームと呼ばれる冒険者パーティを壊滅させた時、パストラルが頼ったのも、彼である。

「仕事は落ち着いてるし、構わねえよ」

「そのうち、王都に拠点を持つことになりそうだから、挨拶をしに来たんだ。それと」

「それと?」

「今のぼくなら、どうだろう、かつてきみに頼んだ仕事は、少しくらい楽になるだろうか」

「……そうさな」

 うつむくようにして一息、顔を上げた彼は一切の表情を消し、睨むようパストラルを見る。額にはうっすらと青筋を浮かべ、数秒後にじわりと瞳が充血する直前、その兆候が見られた時点で目を閉じる。

「絵図を描くんじゃ料金を貰うことになっちまうが、以前と同じ絵図であっても、一日かけず、三時間くらいで終わらせられるだろうぜ」

「じゃ、ぼくも成長してるってことだね」

「そりゃそうだろ。というか、二年前に連中とやろうってのが無茶過ぎたんだ。成功確率は軽く見積もって三割、正面から戦えば相手が一人だろうとお前の負け。実際に後半は危うかっただろ?」

「まあね。一つ、判断を変えられていたら。一つ、ぼくが間違っていたら。一歩、右か左かを変えていたら、ぼくはここにいなかったかもしれない。それでも助かったのは事実だ」

「俺は仕事をしただけだ。で、こっちに拠点だって?」

「足場にするくらいだから、拠点とは言い過ぎかもしれないけどね。三人で暮らせるくらいの物件になるだろうし、実際にどこまで使うかはわからない。隣街まで行けば、婚約者もいるからね。今まではそっちだったんだけど、学校に通うともなると、さて、どうなるか」

「――学校? お前が?」

「うん、ぼくが」

「あ? つーと、アイレン学院か? 冗談だろ、何の笑い話だ」

「どこが」

「大公老師を狙ってるわけでもねえってところだ」

「そりゃね。付属の寮があるとは聞いてるけど、囲われるのはご免だ。冒険者としてもまだまだ、駆け出しみたいなものだと思ってるからね。入学試験は終わってないからなんとも言えないけど、ぼくの理想は、そんな感じ。きみへの挨拶も、まあ、本当に挨拶だけだよ。――いずれ、仕事を頼むこともあるかもしれないけどさ」

「そうならねえ方が良いだろ。俺らみたいな仕事が稼いでるようじゃ、良くねえ。ま、お前はわかってるだろうけどな」

「そう?」

「二年ぶりに挨拶へ来たんだろ、そういうことだ。年に二度もツラ見せる手合いは、わかっちゃいねえ」

「便りがない方が良いってことだね。だけど、次に来る時は仕事になりそうだ」

「そん時は覚悟を決めるさ。――いや、いつだって覚悟を決めてンのは、俺じゃなくて客だろうけどな」

「そんなふうには思ってないさ。じゃあ、うん、次がないことを祈って」

「おう、元気にやりな」

 会話なんてそのくらいでいい。パストラル自身も、頼らないで済むなら、それに越したことがないと思っている相手だ。

 そもそも。

 絵図屋は、あらゆる情報から道筋を決める。過去や今ではなく、いや、それらの情報を含めて、無数にある未来の道筋を想定して導く――椅子に座ったまま、動かしているのは躰ではなく頭だ。

 彼は命を削っている。

 先代の絵図屋は四十半ばで引退し、それから十年後に死去している。そのくらい負担のある仕事なのだ。しかも、一度失敗したらそれで終わる稼業でもある――信用を失うのは一瞬、繋ぐのに命を削る、まったく割に合わない商売だ。

 しかし、パストラルがそうであったよう、必要とする者もいる。

 ――さて。

 次に向かうのは、王都の冒険者ギルドだ。

 世界各地に存在するギルドでも、やはり要所である王都は規模が大きく、また、騎士との連携も密なものとなっており、お互いの存在を邪魔しないよう配慮されている。

 以前に来たのは、ランクを上げるための試験を受けに来た時だ。三ヶ月前となれば、それほど昔には感じない。けれど中に入れば、いつも人の多さを実感する。

 パストラルの実家がある街のギルドでは、せいぜい三人から五人ていど。それが王都となると、少なくて十数人、多くて二十人はいる。というのも、軽食が出るカウンターが隣接しており、交流ができる場としてエントランスを開放しているからだ。

 ぐるりと周囲を見渡して人数を確認してから、一息。まずは依頼が張り出されている掲示板へ。

 冒険者への依頼は、基本的に受付で頼むものであって、緊急時を除き、当人同士で依頼を受けることは禁じられている――いや、禁じてはいないが、それはトラブルがあって当然でも構わないなら受けても良い、というものであって、それこそタダ働きでも構わないなら、やっても良い。

 受付はその依頼内容を聞き、その難易度に応じた金額を提示する。この時に、提示された金額の半分は、その場で支払う必要があり、残りは依頼解決の際に支払う。冒険者の取り分は、その全体報酬の八割だ。

 緊急性が高いもの、低いもの。また難易度によってランク指定がされているもの、それなりに多くある。もちろん、人数制限があるものも。

 ただ、緊急性が高いものに関しては報酬が良いのと、パストラルのよう、ふらりとやってきたり、ここで休憩している冒険者たちにギルド側から声をかけて斡旋するため、ほとんどなかった。

 パストラルが依頼を受ける時は、移動距離や難易度よりもむしろ、かける時間の方に着目する。内容によっては経過観察や根絶など、一ヶ月以上の時間をかけるような依頼もあるからだ。さすがにそこまで家を空けたり、レリアに逢わないのは、立場的に良くない。

 可能なら日帰りですぐ済むもの。長くても一週間――となると、実はそれなりに難易度の高い仕事が多くなるわけで、特に魔物の討伐依頼などは多かった。

 楽なのは同じ討伐でも、素材を欲している依頼だ。これは最悪、そこらで買えば良いし、仕事のついでに討伐した時の戦利品として、持っている場合だとてあったから。

「どうかされましたか?」

 ぼんやりと掲示板を見ていたら、職員の女性に声をかけられた。眼鏡をかけた、やや長身の女性で、笑顔を浮かべている。

 だからパストラルも、微笑みを浮かべた。

「やあ、すまないね。依頼をしに来た子供だと思わせちゃったかな? ありがとう、大丈夫だ。空いている受付に向かうよ。一緒に来てくれるかい?」

「ええもちろん」

「といっても、大した用事じゃないんだ」

 だから本来は付き添いも必要ないが、せっかく声をかけてくれたのだから、その気持ちを無駄にしたくなかった。

「こっちで仕事をすることが多くなりそうでね」

「――あら」

 取り出した冒険者ライセンスのカードを、受付に渡した。

「まだ仕事は受けないけど、よろしく」

「はい、確認しますね」

「ということさ」

「そうでしたか、失礼しました。――っ」

 魔術品にカードを差し込めば、パストラルのランクや、今までやってきた仕事の一覧が出る。それをちらりと目にした女性は、僅かに息を飲んだようだった。

「あ、これは、――ちょっと受付変わって」

「はい先輩、わかりました」

 受付に座っていた女性は立ち上がり、まずは、パストラルにカードを返した。

「お返ししますね。少しお時間よろしいですか?」

「うん、構わないよ」

「じゃ、少し待っててください」

「わかった」

 頷き、カウンターから少し離れれば。

「――よう! フォックス、パストラル!」

 近くのテーブルにいた男から声をかけられ、片手をあげながら近づく。

「やあドモンド、羽根の槍フェザーランスはお揃いかな」

「遊びに行ってるのもいるさ。珍しいな、こっちで仕事かよ」

「これからの話さ」

 お互い、わざとパーティの名を呼んだ。特にドモンドは、周囲に対してのけん制として使ったのだろう。

 冒険者のパーティが固定できるのは、ランクC以上に限られ、申請がすべて通るとは限らない。荒野の嵐サンドストームもそうだが、これをギルド内部では、ドライブと呼んでいる。

 パストラルはまだ若く、見た目で侮られることも多いが、ドライブを持っているとなれば、つっかかる同業者も減るだろうと、そういう気遣いだ。

「以前は助かったぜ」

「たまたまだよ、ちょうどぼくの知ってる場所に、ふらりと通りかかった、それだけさ。不意打ちへの対策も、あれからしたんだろう?」

「徹底したし、あっちの訓練場でお前んとこの嬢ちゃんとやり合ったこともある」

「へえ、エピカト? どうだった?」

「嫌味かよ、かなりやられたぜ。ありゃ一体何なんだ、冗談じゃねえぞ。一人でこっちの三人分の動きをしやがる」

「訓練だからね、そのくらいのことはできる。でも現場は違う、それはきみたちも良くわかってるじゃないか」

「いや、その現場を知ってる俺らがやられたんだが」

「そんな目で見られても困るな。エピカトはまだ、単独で行動させられるほどじゃないんだけどね」

「お前らの基準はどうかしてるよ……」

「また何かあったら声をかけてくれ、時間があるなら付き合うよ」

「いつもあるだろ」

「なくなりそうなのさ。どうなるかはわからないけどね」

「ふうん?」

「――パストラルさん」

「呼ばれたぜ。何か悪いことでもしたか?」

「おっと、きみは悪いことをすると呼び出しされるのかい?」

「藪から蛇だったな」

 ひらひらと手を振って行けば、上の部屋へ案内された。

 待っていたのは、ギルド支部長である。

「王都支部の支部長だ。逢うのは二度目だな」

「そうだね、ランクCに上がるための試験で顔を合わせたね」

 体格こそ細身ではあるが、支部長を任せられるだけあって、戦闘センスはある。ただし、事務が普段の仕事であり、現場に出ることはほとんどない。

 役目が違うから。

 彼はテーブルにある魔術品に触れて、防音の結界を作動させた。パストラルにしたら、あまり信頼のできる術式ではないが、それはさておき。

「二年前のことだ」

「うん?」

荒野の嵐サンドストームが壊滅した件に関して、謝罪と感謝をな」

「なんのことかわからない――と、ここで言うべきなんだろうね」

「二年間、俺がわからないでいたままのことを考えれば、そうだろうが、こっちはこっちで手を焼いていたからな」

「そう? それでも、きみたちは利用する側だったんだろう?」

「そうだな、そうするしかなかった……が、だからといって壊滅させられて、恨み事は一切ない」

「ぼくは知らないけど」

 あくまでも、そのスタンスは崩さずに。

「婚約者が狙われなければ、ぼくだってあんな危ない橋を渡ることはなかったさ。どうしようもないってのも、理解はできるし、こっちにも恨み事はない。もう終わったことだからね」

「すまん、助かる。――しばらくはこっちで動くのか?」

「拠点にするかどうかは、まだわからないけど、依頼を受けることにはなるだろうね」

「ならパフィオ」

「はい」

「専属になってやれ。お前、ほかのドライブを引き受けてないだろ」

「古参ってほどでもないので」

「うん、そうだね、落ち着いているけれど、まだまだ若いし活力もある。ぼくに婚約者がいなければ口説いていたところだよ」

「んふ、それはありがとう」

「別室で詰めろ」

「でも、ぼくに対する抑止力や監視って意味合いじゃ、ちょっと弱いかな? いざって時の始末は、できそうだけど」

「それも別室でやれ。言っておくが、俺にそういう意図はないし、お前に同族殺しミラーハントを頼むことも――まあ、今のところは、ない」

「そうかい」

 ひらひらと手を振られたので、二人で隣室へ。

 今度はパストラルが術式を使って防音をする。もちろん彼女、パフィオに気付かれないように。

「何か勘違いしてたらいけないから、最初に言っておくけれど、ぼくは王都の学校の入学試験を受けに来てるんだ」

「――へ?」

 予想外、意表を衝かれた、そういう顔であった。

「ぼくは十三歳になったばかりだよ」

「え、あ、そう、えっと……え?」

「ドライブはフォックスと名乗ってるけど、ぼくとエピカトって女性の二人だけ。いやもう一匹も付け加えておこうか。――いいよ、出ておいで」

 声をかければ、足元の影からコタがするりと出てきた。軽くしゃがめば、跳躍して肩に乗る。

「戻ったぞ主様あるじさま

「早かったね」

「懐かしむものもなかったのでなあ。それより、なんだこの小娘は」

「その呼び方はどうかな?」

「なんだ、女性は若く見られた方が良いのではないのか」

「そうかもしれないけどね。あとでエピカトにも顔合わせをさせるけど、どうやら王都ではぼくの担当になるギルド職員の、パフィオだ」

「ほう……随分と血の匂いが抜けておらん娘ではないか。魔物ではなく人の血か、まったく恐ろしいものだ」

「うん、恐ろしいって感覚は良いよ、その通りだ。さてパフィオさん」

「――うん、大丈夫、そう、ええ、うん」

「落ち着いて、調べればわかることしか言ってないよ」

「あたしのことも!?」

「そっちは調べてないよ、今ここで見たままを口にしただけだ。彼はぼくの使い魔でね、エピカトと行動を一緒にしているから覚えておいて。さっき言ったよう、ぼくは学校があるから、依頼を受けるのはエピカトの方が多い。彼女はまだランクDになったばかりだけどね」

「そ、そう。ちょっと待って」

 深呼吸を一つ。

「うん」

「きみに殺されるようなことはしないし、二年前はまだぼくも冒険者じゃなかったからね。こっちの活動としては、そんな感じだ。さっき話してたけど、羽根の槍フェザーランスとか、知り合いのドライブはそれなりにいるから、話を聞いておくのも良いかもしれないね」

「なんじゃ、あやつらおったのか」

「さっき下で話してたよ、世間話をね。あとはそうだな、こっちじゃ訓練場を使うこともないだろうし、まあ、直接の依頼も内容次第ってところか。金額じゃあまり動かないから、そこらへんはお互いに知っていけば良いだろうし……」

「あ、うん、すごく話が早くて助かる。えーっと、パストラルさん」

「うん?」

「冒険者ギルド内にあるパストラルさんの情報は、こっちで調べても?」

「ああ構わないよ、ちゃんとしてるんだね。もちろん、それ以外もね。今のところ、多くを知ってるのはきみの目の前にいるぼくだけど、次に知ってるのは誰だろうね? まあ、そういうとっかかりから調べるのも楽しそうだ、このくらいにしておくよ」

「楽しくはないです、仕事なので」

「じゃあ、がんばってと声援を送るべきかな? あはは、まあ余計な問題を起こすほど、ぼくは間抜けじゃないさ。話はこれで終わりかい?」

「あ、はい、とりあえずは」

「そのうち、また顔を見せるから、その時に話題を貯めておくんだね。楽しみにしているよ」

 そう言ってパストラルが去ってから、パフィオは大きく息を吐いて近くの椅子を引っ張り、座り込んだ。

 ぼんやりと見上げた天井は、いつも通りで。

「えー……あれ、子供じゃないっしょ」

 なんてことをぼやいた。

 彼女が苦労するのは、まだまだこれからだ。


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