魔術師、学生として王都へ行く

第12話 魔術師、王都アイレン学院を紹介される

 エピカトが誕生して半年ほどで、レリアは学校に通うことになり、顔を見せなくなった。

 逢おうと思えばいつでも逢えるが、きっかけは必要だろう。学生という立場上、夏と冬の長期休みにはお互いに逢うようにはしたが、逆に言えばそれ以外はほとんど逢わない。

 二人の兄は王都の学校へ行ったが、レリアは地元の学校を選択した。気を遣ったのも正しいだろうが、本人にそれほど意欲がなかったのも正しい。

 エピカトはグロウに預け、戦闘訓練は一任してしまえば、パストラルの時間が空く。いつものよう魔術研究にいそしむかと思いきや、その日から冒険者として活動することにした。

 そこから、ざっと二年。

 そろそろパストラルも学校に通う時期が迫っていた。

 環境は変わった。というか、人が増えた。

 エピカトはもちろん、主に世話係としての自動人形オートマタ、エピカトの妹となるもう一人に加えて、使い魔の契約を結んだ猫が一匹。

 元は野良猫だが、白と黒、灰色と薄い茶色が混ざった虎柄にも似た、長毛種。名前はコタといい、エピカトと行動を共にしていることが多い。というのも、情操教育なんてパストラルにはできないし、やったこともなかったので、一緒に成長していける誰かと共に歩んでくれれば――そういう考えで、二人をペアにしたのだ。今のところ成功はしている。

 そして、家事全般をやる自動人形の名を、カトレア。エピカトよりも少し背が高く、ある程度の魔術は扱えるが、基本的には戦闘を前提としない女性だ。空いた時間の読書がパストラルの魔術メモだったり、魔術書だったりするので、よくコタと一緒に魔術談義に花を咲かせていたりもする。

 ともあれその日、久しぶりにパストラルは父親のヨーク・イングリッドに呼び出された。

「やあ父さん、ただいま。どうしたの。母さんに悪事がバレたなら、素直に謝罪することをお勧めするよ。そうすると半殺しくらいで許される可能性が高い」

「そもそも、こっそり悪事などしない……」

「うん、そうしてくれるとこっちも助かるね。ええと、もしかしてレリアのところに別荘を借りてる件が耳に入ったかな?」

「――聞いてないが?」

「二年も冒険者として仕事をしていると、それなりに使いみちに困るくらいには金が余っていてね。それなりに出歩くから、かつてとは違ってぼくからも逢いに行けるから、拠点として買っておいたんだ。さすがに日ごろの手入れは、フィニー家に任せてるけどね」

「そういうことは、早めに言え」

「半年くらい前のことだよ、そんなに遅くはないさ。フィニー家と直接顔を合わせるのなんて、年に一度くらいなものじゃないか」

「俺がここで聞かなかったら?」

「現場で驚いて対応することくらい、父さんなら問題ないだろう」

「お前は……」

「なんだか久しぶりに、父さんの疲れた顔を見たね。ちゃんと休んでる?」

「お前が原因だろうが」

「知ってるさ」

 わかっていてやっているのだ。これも親子のコミュニケーションだと思っているあたり、パストラルの方が悪い。悪意はないが。

「それで?」

「学校に通う時期だろう」

「そうだね、もうすぐ十三歳になる。あと二ヶ月くらいか」

「フォード様から、お前宛てに推薦状が届いた。王都アイレン学院だ」

「へえ?」

 有名な学院だ。

 一般人どころか、貴族であっても入れないような学院だ。今の大公老師の全員がアイレン学院出身であり、現在の王国騎士団の団長、その半分も同じ出身であるくらいの名門である。

 基本的に大公老師は、この学院の教員扱いであり、後継者を育てており、年齢制限は一切ない。

「受け取ってもいいけど、入るかどうかは調べてからになるよ」

「たとえば」

「国への奉仕を強制されたり、就職先を固定されるのは好ましくないね」

「そうか。フォード様からも、断っても構わないと言質をいただいている。俺としても、俺というかイングリッド家としても、お前がアイレン学院に通ったところで、拒否したところで、問題がないようにするつもりだ」

「逆に言えば、ぼくの立場を利用もしないってことだね」

「子供を利用して家を大きくするような真似は、あとで破綻する」

「さすが、よくわかってるね。その破綻を背負うのがグランデ兄さんになるんだから、余計に父さんとしても避けたいところか」

「そうだ。そもそも、アイレン学院はともかくとして、学校に通う気はあったのか?」

「うん、それなりにね。いろいろ知り合いは増えたけど、同世代ってやつがほとんどいなくてね。それに、学校自体の仕組みシステムにも興味はある。だから、前向きに考えてはいるよ」

「そうか。推薦状は渡しておく……む」

「受け取っておくけど、なに?」

「さすがに入学の報告くらいはするんだろうな?」

「うん、まあ、合格してからだけど、連絡するよ。学費の支払いができるほどの稼ぎは、あー……どうだろう、できなくもないけど、面倒そうだ」

「そこで悩むのか」

「いや、だってランクCだから、稼ごうと思えば」

「は? ……待て」

「いや待たないよ、ぼくにもいろいろあるんだ」

「いつの間にランクCだと!? おいパストラル!」

「冒険者ギルドに打診するんだね。その方が正しい情報が得られるよ……たぶん」

 という会話があって。

 翌日には、グロウ・イーダーとフユの二人に。

「学校に通うから拠点を王都に移すよ。先月から伝えていたと思うけど、どうだろう」

「あら、どこの学校ですか」

「フォードがアイレン学院の推薦状を持ち込んできてね」

「まあ大変。すぐ教え子に連絡しなくてはいけませんね」

「……なんだか褒められてない気がするなあ」

「もちろんです」

「敵わないな。ご老体の方は構わないかい?」

「ん? ああ、エピカトもそろそろ実戦で動けるだろう。冒険者にでもするつもりか」

「本人は、その気があるみたいだね。しばらくはコタと一緒に行動してもらうけど」

「何を仕込んだ?」

「戦術以外、きみから教わったことの全てだよ。主に基礎、躰の使い方じゃなくて、躰そのもの」

「そうか。だが、わかっているとは思うが、本当に必要なのは戦術でも体術でもない」

「うん、それをこれから、エピカトは経験するだろうね。ぼくもそうだった」

「お前ほど危うくはねえよ」

「王都に住むのは、まあ、一ヶ月後くらいにはなると思うけど、落ち着いたらまた顔を見せるし、エピカトもコタも、二人には世話になると思う」

「また面倒は続く、か」

「いいんですよ。お二人が来るだけで楽しいですから」

「それで、フォードの狙いはなんだ」

「新しい風を入れたいんじゃない? そんなことを言ってたよ」

「劇薬の間違いだろうが。まあいい、いずれにしても息子から、そろそろ戻れと言われていたところだ」

「うん、以前に仕事で王都へ行った時に、ぼくも挨拶をしたよ。きみの祖父母を長い間借りてしまって申し訳ないってね」

「ちゃっかりしてやがる」

「ほとんどぼくの都合で引き止めてしまったから、そのくらいはね。一応、こっちも拠点が決まったら連絡はしておくよ。入学前には決めるつもりだけどね」

「それまではフォード家か?」

「いや、あっちにぼくの別荘があるから、そこで過ごすよ」

「……何かあれば言え」

「もちろんだ、期待しているよ」

「あら、私を頼ってくれても構いませんよ」

「ご婦人はあとが怖いからなあ」

 そこからは主に、世間話。つまりは雑談に興じて終わった。


 パストラルがレリアのいる街に到着したのは、それから二日後だ。


 そもそも、荷物の運搬なんて引っ越しに必要なことが不要であるため、その身一つで移動できるのは利点だろう。それでも全員で別荘に寄り、カトレアはそのまま残り、夕食の準備をするとのこと。エピカトとコタは冒険者ギルドに顔を出し、パストラルはフィニー家に挨拶だ。

「ということで、レリアはしばらく借りるよ」

「ん、そうしてくれ。お前といる時が一番、肩の力が抜けるだろうからね。それは俺の不徳だ」

「気遣い過ぎるところがあるからね、レリアも真面目なんだよ」

「……パストラル、一つ聞いていいか」

「婚約の話なら、ぼくはまだフラットな状態だよ。レリアがどうするかわからないし、見ての通り、ぼくはこれから学校だ」

「そうか、じゃあまだ早い質問になるね。わかった、いや、すまないと言うべきだ。お前と話していると、息子もこれくらい落ち着いていたらと思うことがある」

「ぼくが落ち着いているように見えるなら、医者に目の治療をしてもらった方がいいよ。それとも、強い酒をやりすぎて、目にきたかな?」

「確かに、好き勝手やっているよな。王都でも俺の繋がりはある、親父に頼む前に、俺にできることならこっちに回してくれ」

「うん、そうならないように動くよ」

「そつがないっていうよりも、可愛くないって感じだったね、そういえば」

 それもまた、パストラルへの正しい評価だ。

 さて。

 レリアの学校が終わる時間帯までは、そこで歓談し、それから迎えに出た。

 街の中にある学校であるし、レリアの立場が貴族であるため、基本的には実家からの通いだ。加えて、ここの学校にわざわざ外から来ることもないので、寮はない。そもそも実家を出て学校に通うなら、ちょっと行った先の王都へ向かうのが一般的だからだ。

 見つけたのは、喫茶店のテラス席。

 三人で集まって、どうやらレリアはノートを開いた子に、何かを教えているようだった。

 よく勉強を教える側になるとは聞いていたが、実際にこうして目にしてみると、新しい一面を見たようで微笑ましくなる。いつもパストラルといる時は質問する側だから。

 しかし、いつまで見ているわけにもいかないと、ゆっくり近づいた。

「――やあ、レリア」

「え? ……ラルくん?」

「お二人も、こんにちは。学友かな?」

「うん、後輩。なにか――あ、ちょうど良かった」

 予定には入っていなかった来訪なのだから、何かあったのだろうことは窺える。加えて、雰囲気から急いでないこともわかった。緊急の何かが起きた感じではない。

 だから、話はこの後でいい。

「この子、雷系列なんだけど、直線的に距離を伸ばしたいんだって。どうする?」

「あ、どもっす」

「飛距離そのものかな」

「そうっす。拡散しちゃうのが癖になってるのか、飛ばないんすよね」

「ちなみに、レリアはどんなアドバイスを?」

「ざっくり範囲指定かな」

「うん、それは日ごろから意識した方がいいかな。どう変化しようとも、範囲を決めるのは必要だよ。制御できるってことだからね。ただ距離を延ばすなら、一つの方法として中継点を作るのはアリかな」

「中継するんすか?」

「そう、応用すると範囲も決めれるけど、雷そのものの特性として金属、つまり鉄に向かうことを利用するんだ」

「鉄っすか……」

「あまり知識はないかな? 調べてみると、磁場の形成なんかもあるし、いろいろ派生するから面白いよ。一番簡単なのは、小さな鉄の球を標的に投げて、そこに雷を誘導すること」

「それは、術式の改良以前っすか?」

「そうだよ。術式じゃなく、現象への対処。改良するにしても、やっぱり鉄への知識が必要になるから、鉱物の本なんかを読むといいかな。そこから性質だけ引っ張って、術式で作れるようになれば、あとは構成に組み込んでの試行錯誤になる。成果が出るのに、一年はかからないと思うけど」

「なるほど」

「ぼくのお勧めはイノイラーサの鉱物読本かな。たぶんあの人は雷系の魔術師だよ。そこらの本屋よりも、ちょっとした図書館ならどこにでもある本だ、すぐ発見できるはずさ」

「ありがとうございます、調べてみるっす」

「ん、ありがと」

「ちょっと、いいかしら」

 黙っていた三人目が、小さく手を挙げた。

「えっと、先輩の婚約者ですよね?」

「うん、そう」

「先輩の二つ年下だって」

「そうだよ、ぼくはまだ学校に通ってないからね」

「ええ……?」

「世間に出れば、二つ三つの年齢差なんて、ないようなものだから。――じゃ、今日はここまで。あたしは帰るね」

「邪魔したようですまないね。また機会があれば、いずれ。さあ行こうかレリア」

「うん」

 差し出された手を取って立ち上がり、二人はそのまま歩き出す。向かう先はもちろん、パストラルの拠点だ。

「王都に拠点を持つことになってね」

「あ、学校の話? じゃあラルくんの予想通りって感じかな」

 そう、予定ではなく、予想だ。

「どうするかはまだ決めてないんだ」

「まあね。普通なら喜ぶんだろうけど、ぼくの場合はどうかな。うん、でも、同世代との関わりが少ないっていうのも、今のぼくの問題かもしれない」

「悪いことじゃないけど、良いことでもないと思う」

「じゃあレリアに質問だ」

「うん、想像はできない」

「だよねえ」

 だからこそ、少し楽しみでもあるわけだが。

「じゃあ、しばらくはこっちにいるんだ」

「まあね。みんな連れてきたから、レリアも羽根を伸ばしなよ。落ち着いたら、二人と一緒に買い物でもしてやって。特にエピカトは、あまり金を使わないし、二人とも服なんて買おうともしないからさ」

「うん、それはやる。というかみんな来てるんだ、楽しみが増えた」

「良いことだ」

 帰路に就く、この時間が楽しいと思えるのは、パストラルが隣にいる時だけだ。

 早く帰りたい気持ちと、もうちょっと速度を落とそうか考える気持ちが、半分ずつ混ざり合っているこの時間が、何よりも楽しいレリアだった。

 けれど、それもやがて終わる。

 小さめではあるが、パストラルの実家で使っている離れより大き目の家、その敷地に入った瞬間、レリアは術式を感知する。敷地内の区切りを利用した、侵入者警報と同じ意味合いを持つ呼び鈴だ。

 しかし。

「あれ? これ、ラルくんじゃないでしょ」

「ああうん、そろそろいいだろうってことで、カトレアに任せたんだよ」

「へえ」

 ただいまと言って中に入ると、侍女服の女性が待っていた。

「おかえりなさいませ、パストラル様、レリア様」

「ただいま、カトレア」

 レリアよりも少し背の高い女性は、薄い青色の髪をしており、長さは肩ほどまである。何かしている時は、だいたい片側だけ耳にかけているが、どう見ても自動人形オートマタには見えないのは、いつものこと。

 そしてカトレアは、自然な動きでレリアに軽く抱き着く。

「お久しぶりです、レリア様」

「うん」

 軽く頭を撫でてあげると、嬉しそうに微笑んで距離を取った。

「すみません、夕食の準備がありますので、私はこれで」

「わざわざ出迎えなくてもいいんだよ」

「そうはいきません。パストラル様だけならまだしも、レリア様がいらっしゃいましたから。夕食、楽しみにしていて下さいね」

 そう言いながらも、きちんと頭を下げて、ゆっくり戻っていくのだから、侍女としてはさすがだろう。それからすぐ、小さな足音と共に、エピカトもやってきた。

「おかえりなさい」

「うん、ただいま」

 笑顔の印象が強いカトレアとは違い、エピカトはあまり表情が動かない。背はレリアより低いが、侍女服ではなく、髪も短めだ。これは戦闘をする時のことを考えて、である。

 いつものよう、レリアは両手を広げる。それを見たエピカトは、少し困ったような顔になる――が。

「ん」

「……はい」

 おずおずと近づき、抱きしめられた。

「元気にしてた?」

「はい、元気です」

「よし」

 頭を撫でてから、解放してやると、少し顔を赤くしてエピカトはどこか気まずそうにしていた。こういうところが可愛いから困ると、レリアは思う。

「あ、荷物、持ちます」

「ありがとう。リビングね――あらコタ、久しぶり」

「うむ、レリア殿、ゆっくりして行くと良い。主様よ」

「ん? どうかしたかい?」

 するりと足を避けてやってきた長毛種の猫は、そのままパストラルに抱き上げられ、肩に乗った。

 唯一。

 エピカトも、カトレアにも許されていない、パストラルを主と呼べるのが、使い魔としての立場にあるコタだ。それを二人は羨ましく思っているらしいが、そこはそれ、パストラルは彼女たちを人形ではなく、人だと思って接しているため、本当ならば様付けもやめろと言いたいくらいなのだ。

 ちなみにこのコタの口調は、年寄りのような話し方の参考として、身近にいたフォードを選んだ結果である。

「俺も王都に連れて行ってくれ。なあに、とりあえず初回だけで構わん」

「ああうん、そのつもりだよ。きみの古巣だ、気になることもあるだろう。明後日くらいには行くから、その時にね。エピカトには休んでいてもらおう」

「うむ、頼む。明日はどうする」

「もちろん、レリアと過ごすよ」

 学校が休みなのは知っているし、たぶん、レリアもそのつもりだろう。

 二年経って、お互いに進展は何もないものの、関係が悪くなった部分はない。むしろいろいろ知ったおかげて、深まったとも言えよう。

 ただ。

 一年後、レリアが卒業する頃には、一つの決断が必要だ。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る