第5話 魔術師、天冥の大公老師と出逢う
「久しぶりなのは確かだな、もうそろそろ一年になるか?」
「まあね」
こっちだと、母親とは違い赤色を基調とした服を着たフェルミ・レーガが先導するも、パストラルの歩幅を考えてか、それなりにゆっくりだ。
「先生……グロウ先生から、あの魔術品を作ったのがお前だと聞いてな。さすがに驚いたが、うちは率先して仕入れて使わせてもらってる」
「らしいね。フェルミさんからしたら、今さらだろう?」
「もっと手酷い方法で、先生にやらされたからな」
「率直な感想は?」
「あたしの時に作れ」
「あはは、それは無理な話だよ。実際にはぼくが訓練で使うためのもので、魔術品にしてみろとは言われたけど、商人じゃないからね。最初は騎士団が買うとは思ってたよ、あのご老体もそう言ってた」
「先生からの紹介だからなあ……うちだけじゃなく、今じゃ学生も使ってるよ。魔術品にしてみれば五千は格安だ。それに、遊び感覚でやれる」
「ボール二つ以上の時は、時間制限つきでスコアが出るからね。ボールが速ければ速いほど、点数は高くなる。指標にするのには曖昧だけどね」
「そこでだ、特注を頼みたい」
「もちろん騎士団として、だよね?」
「そうだ。うちにある、そこそこ広い訓練場に展開できるようにしてもらいたい」
「ふうん? 今は個人で使ってる感じ?」
「せいぜい四人が使って訓練場内部が埋まるな」
「あー、そりゃそうか。集団訓練を想定してないし、訓練そのものとして物足りないって感じかな。それこそ、フェルミさんが甘く感じてるのと同じで」
「そう、可能ならもっと複雑化して欲しいな」
なるほどと頷き、建物の中へ。どうも彼らが普段使っている訓練場は屋内にあるらしい。
いくつかのケースを考えながら案内されたのは、横幅が四十メートルはあるだろう広い訓練場だった。足元は土で、既に十人ほどの騎士たちが動きやすい恰好で訓練をしていたが、一人がフェルミに気付く。
「――挨拶!」
大声と共に、全員が訓練を一度中断し、こちらを見て。
「「おはようございます!」」
声を揃えて挨拶をした。
「おはよう、続けてくれ」
「おはようございます、お邪魔します」
フェルミが少し驚いたような顔を見せた。
「うん? ぼくだって挨拶くらい、きちんとするよ?」
「……そうか」
入り口から少し離れて、訓練場の全体を見るようにして並んだ。
「さて、あたしは魔術には詳しくないんだ。どこから話せばいい?」
「まずは、だいたいでいいから予算だね。それと期日」
「期日は半年を目安にしてくれ。予算は今のところ、五万と言われている。あとは交渉次第だ」
「わかった、そこを目安にしよう。ここ全体に展開するかたちでいいんだね?」
「範囲は、そうだ。各自というよりも、全員を対象にしたい」
「ボールじゃなくナイフにしようか? 最悪、死ぬけど」
「馬鹿を言うな。そうだな、ただ避けるだけじゃなく、いや避けることも重要だが、団体戦をもう少し意識させたい。ボールのサイズは変化できるようにしてくれ」
「んー、じゃあこういうのはどうだろう。サイズと色分けをして、五つくらいの種類にわけるんだ。今まで通り避けるボールに加えて、弾く、攻撃する、掴む……」
「弾ける、はどうだ」
「なるほど、回避範囲の話だね。あくまでも攻撃は物理的なものに絞ることになるけど?」
「構わない。主軸は回避だ」
「それぞれのボールに違う
「すまない、予想外の人が来た」
「構わないよ」
気配を掴むのはお手の物――というか、グロウ・イーダーに教わったというのならば、フェルミは姉弟子だ。パストラルが気付くなら、当然のように彼女も気付いている。
だから、彼が入ってきた瞬間。
「――集合!」
その場にいる全員を集める。駆け足、フェルミの背後に並んだ六人、左手を胸に当てて直立する敬礼。しかし、パストラルは騎士ではない――ゆえに、膝をついて頭を下げた。
「ふむ」
黒と白のコントラスト。決して混ざり合わない二つの色合いでの外套を羽織った老人の髪は、白色が目立つ。だが、その一歩、いや、一挙手一投足が重い。
その重さは年齢と、魔力、だから気配。じわりと周囲の重力を変えるかのような圧に対し、緊張するのは人として当然だろう。
「朝からご苦労。――客人かね」
「はっ、魔術品の作成依頼のために来ていただきました」
「――イングリッド家」
視線がこちらに落ちたタイミングで、口を開く。
「次男のパストラル・イングリッドでございます。天冥の大公老師、――フォード・フィニー様」
国家が最高峰の魔術師に与える称号、大公老師は七人とされている。これは地水火風天冥雷の属性に対応した七人ではあるが、今のところは六人。何故ならこの老人が、天と冥の属性を背負っているからだ。
本人としては不本意で、かつ、後継者を探しているらしいが、自分以上の存在がなかなかいないらしい。老師という名称ではあるが、彼ほど老いている人物はほかにおらず、それもまた悩みだとか。
――そう。
「ふ……クックック、ああいやすまん、すまん。すまんな諸君、わしはあまり堅苦しいのを好かん。邪魔をした、訓練に戻ってくれ」
「ありがたくあります。――解散!」
「「失礼します!」」
右足を軽く上げ、軽く地面に叩きつけるようにして、改めて背筋を伸ばした彼らは、それを一礼として、それぞれまた訓練に戻った。
「お主も、今まで通りで構わん」
「――そうかい?」
躰を起こす。
「きみに逢えるとは思ってなかったけど、元気そうで何よりだ。まだ三度目だけどね」
この老人とパストラルは、知り合いだ。顔を見ればわかるが、かつて姿を隠して逢いに来た、グロウ・イーダーの知り合いでかつ、人形素体を頼んだ相手でもある。
「おい……」
「気にするなフェルミ、こやつとは知り合いだ」
「友人というには年齢が離れすぎているけどね。ああそうだ、こんなのはどうだろう」
服の汚れを軽く払い、術式を展開。三秒ほどで大き目の椅子を作った。
「ご老人には優しいのさ」
「ほう、土属性か」
「さてどうだろう」
フォードが椅子に座ると、顔をわずかに歪ませた。
「――水と風も複合しているな」
「躰のラインに沿って変わるくらいには、柔らかいだろう? 形成そのものは土にしておいて、水で柔軟さ、風で座り心地を変える椅子だ。欠点があるとしたら、自室に戻って椅子に座った時、なんて硬いんだろう、これじゃうたた寝もできないと落胆するところかな」
「言いおる」
「おっと、ついでに防音の術式を展開してみてもいいかな。実際にこういう場で使ったことがないんだ」
「構わん」
範囲は狭く、音の振動を塞ぐ結界を張る。今のパストラルは、かつてのようナイフを地面に突き立てて範囲を作らずとも、このくらいはできるようになった。
慣れだろう。それに球遊び訓練の術式も、こうして範囲を作ったから、より理解も深まったのかもしれない。
「はあ……」
大きく、フェルミが吐息を落とす。
「どういう知り合いだ?」
「共犯者」
「クックック、また面白い言葉を使う。あながち間違ってはおらんな」
「じーさんも遊んでんじゃねえよ。来るなら事前に言ってくれ」
「――ああ、そうか。フェルミさんはあのご老体との繋がりで知ってるんだ」
「まあな」
「そんなことより、どうだ魔術品は。今回は特注としても、それなりに売れているようだが?」
「ああうん、それなりに稼いでくれて助かってるよ。でも、次はどうかな、もうやらないとは思うけど」
「ほう?」
「半年くらいになるのかな、もう改良したいところがだいぶ出てる。でも、改良して新しくしたら、今まで売っていたものが駄目になるからさ」
「一般的には、販売停止と同時に、新規販売の手順を踏むがな」
「それが嫌なんだから、しょうがないと諦めてるよ。まあ、改良とかそういう点は、違う部分に生かすからいいとしても、今回の依頼はぼくの気分転換には丁度良いね。特注なら何をやってもいいわけだし」
「予算があるだろう。いくらだ、フェルミ」
「団長からは五万と言われている」
「おい、いくら原価が五千とはいえ、この範囲に展開するなら安すぎるだろう。労力を何だと思ってる」
「それをフェルミさんに言ったって仕方がないさ」
団長だとて、予算管理をしているわけではないだろう。それに騎士団だとて、訓練用に予算を割くよりも、武器の一つでも新調したいはず。
「ぼくはいろいろ、試せればそれでいいよ」
「何かあれば言え。それで? わしのことはいつ気付いた」
「気付くっていうかね、いくらご老体の知り合いらしいとはいえ、こっそりうちに来るような魔術師だ、普通に調べたよ。顔の広い知り合いに、まずは特徴を伝えて」
「ふむ、娼館かね」
「うんまあ、わかるか。そうだよ、でも街に該当者がいなかったから、こりゃ外から来てるとわかった。そこで知り合いの不動産屋に、地下のある空き家なんかを教えてもらってね、長距離転移用の術陣を発見――厳密には、防御機構があったから、おそらく術陣が敷いてあるだろう場所を特定したんだ。
「行動力があるではないか」
「家にいる時間の方が長いよ。――よし、仮組みが終わった。フェルミさん、試したいから騎士を貸してよ。防音はとりあえず解除するから」
「ああ」
わかったと、フェルミは一歩前へ。
「全体! 訓練を続ける者は協力してくれ!」
その声に反応したのは、全員だ。フォードがいるのもあるが、それだけフェルミに人望があるのと、彼らも騎士だからか。
「よし、パストラル」
「では、ぼくから説明させていただきます。球遊び訓練装置に関しては、皆様が既に使っている前提でお話しますが――」
手元に長方形の立体を小さく浮かべ、それを拡大させて訓練場全域に展開する。何もない状況での展開はまだ難しいが、ナイフを突き立てるほどではない――手元にミニチュアを用意しておけば、あとは拡大するだけで広範囲だ。
「今回、見ていただけるとわかりますが、おおよそ訓練場の全体、白い囲いの範囲になっています。仕様ですが、三種類をまず用意します」
言って、目の前に三つの球体を術式で作った。
「それぞれの用途を説明します。まず一番大きな赤色、これは攻撃をして破壊してください。今のところ十秒後に、壊されたものが新しく発生するようにしていますが、この時間は適宜、調整したいので、真っ先に攻撃するもよし、後回しにするもよし、自由にやってください。次に黄色、少し小さいですが、これは防御してください。盾を持っているのならわかりやすいですが、武器を使っても、使わなくても構いません。そして最後の小さい緑色のものは、以前と同じよう回避用です」
そこで、一息入れて。
「ただ、皆様のような騎士を前提としていますので、ボールそのものに質量をもたせています。今のところ1kgですが、速度もあって、つまりそれなりに当たると痛いです。防御用の黄色には注意してください。このあたりも要調整だと思っているので、こう言っては何ですが、受けていただけると嬉しく思いますね。いや骨折はしませんから」
小さく笑いが起きたが、そのくらいでいい。
「球の数は、人数プラス1になります。それが種類ごとに、ですね。それと皆様、訓練でお疲れでしょう? 適当なタイミングで外に出て休憩してください。人の出入りでどうなるかも、確認しておきたいですから。――これで一通りの説明はしましたが、いかがでしょう。何か質問はありますか?」
返事がないのを確認すると、フェルミが頷いた。
「よろしい、では始めろ」
境界線をくぐった瞬間から、ボールがすぐに出現する。それは上空から落ちてきてすぐ、周囲を跳ねだした。
「うーん、少人数だと空間にも余裕があるね」
しゃがむようにして手を伸ばし、影の中からノートとペンを取り出す――と。
「おっと、きみはまだ時間があるのかい?」
「うむ、まだ問題ないが、どうした」
「暇そうだなと思ってね。どうだろう、きみとの勝負の話だけど、術式構成とレポート、どっちを読む? まだ途中だけどね」
「わしを誰だと思っておる、術式で構わん」
「じゃあ」
影の中、
「ほう? 次元式の格納倉庫だろう、魔術品は歪みが出ないか?」
「術式の中に、魔術式を入れると不具合を起こすって話だろう? 最初に試した時に出たから、じゃあ防御機構を仕込もうと思ってやったんだけど、そんなことをするよりも格納倉庫そのものに手を加えた方が確実だと思って、対策してあるよ」
「変わらず熱心だな」
「――すまない、じーさん。少しこの場を任せていいか? 第四に招集をかけてくる」
「良いとも。名簿も忘れるな」
「おう」
小走りにフェルミが出ていったのは、訓練の内容を見たからだ。
思ったよりも、それぞれに動きのばらつきが見える。真っ先に赤い球を破壊して次に移そうとする者もいれば、動かず待ち構えて判断する者もいた。十人いても、お互いの動きがぶつからないくらいにここは広いが、33個のボールは人数の判断などしない。
さすが騎士。普段から戦闘を前提に訓練しているのだろう、余裕そうだ。
「おい」
「なんだい?」
「黄色、速度を上げろ」
「はいはい。やあ皆様、さすがは騎士、余裕が随分とあるよう見受けられますので、防御の黄色の速度を少し上げますね。物理法則が適応されますので、つまり痛くなりますがご容赦を」
1.5倍くらいでいいかと、手元の術式をいじった。これは想定内なので、すぐ書き換えは可能だ。
「……お主の術式構成は綺麗だな」
「うん? そりゃ見せるためのものだし、綺麗に整えておくよ。さすがにいろいろ試している最中は複雑化するし、魔術構成なんて個人のものだ、基本的には解析が難しいからね。きみならわかるだろう、そういう信用さ」
「さすがに全てを知るには、本腰を入れて解析せねばならんが、目的はわかる。これは肉体と魂の不可分への定義だろう? 核心である魂が何なのかわからないなら、外堀を埋めて、結果的に魂になれば良いという」
「まあね。焦る気持ちはないけど、ぼくの事情で、少し早まるかもしれない」
「――急ぐか」
「うん。あと二年くらいを目安にしてるよ」
「目的を達したあとはどうする」
「どうって、いろいろ大変だよ。その人形に戦闘を教えなきゃいけないし、常識なんかも吸収させなきゃね。
「
「ぎりぎりを見極めてるよ、今のところね。触れた時の感覚が知りたいのもあるけれど……でもまあ、完成しないって空虚な感覚があるだけな気もするよ」
「こう言っては何だが、わしにはそれが可能である、と思えるだけの根拠がない」
「けどぼくにはある」
「何故」
「理由は明かせない……まだ、ね。もし完成したのなら、その時には話せるかもしれない」
「そうか……では、その時が来たら聞かせてもらおう」
「きみは心配性だなあ」
「お主はもう少し、自分が子供である自覚をした方が良いぞ」
「してるよ?」
「それは自覚ではなく、利用だ」
それもそうかと頷き、少し歩いて休憩中の騎士のところへ。
「どうですか」
「ん? ああ、いや」
「言葉は気にせずどうぞ」
「すまんな。実際に訓練になってるよ、こうやって疲れちまうくらいにな。ただ」
「うん」
「可能なら、攻撃で壊すやつ、もうちょっと手ごたえが欲しい。今のままだと、ほとんど空振りに近いような感覚だからな」
「なるほど、斬った感触ですか。そうなると必然的に質量が上がり、当たると痛いですがなるほど、それが目的ですか」
「違うぞ、断じて。痛いのは誰だって嫌だろうに」
「なるほど、なるほど」
「おい、騎士を勘違いしてないか……?」
「皆様! こちらの方から、ありがたい指摘を受けましたので、赤色の球だけ強度を三倍ほど上げてみますね。お気を付けて!」
「俺のせいかよ……!」
「いやいや、ぼくはそんなこと言っていませんよ。それに、三倍にしても耐えられるなら、全体の強度も上げられそうですからね」
「お前、サディストだろ」
「そんなことを言われたのは初めてです」
笑いながら戻れば、フェルミが戻ってきた。後続は三人だ。男一人、女二人。
「パストラル、説明を」
「見ての通り、種類が三つになっています。赤色は攻撃して壊し、黄色は防御すると壊れます。緑色は今まで通り回避。注意点として、現状では黄色の速度がほかと違い、また、赤色を壊した際に手ごたえを出すため、強度を上げたところですね。これからさらに試験する予定ですので、楽しめると思いますよ。躰を慣らす必要がないというのなら、今すぐにでも始めますが」
「わかったら入って訓練を始めろ。怪我に気を付けてな」
騎士の一礼をしてから、三人が中に入った。出入りをして三秒後に、人数ぶんのボールは出現するが、不具合はなさそうだ。術式を展開したまま入った時にどうなるのかも確認したいが、最悪の場合は球遊びの術式そのものが消える可能性もあるので、最後にしておこう。
「これは返すぞ」
「ああうん、どうだった?」
「まだ未完成だろう、どうとも言えん。ただ宝石に情報を詰め込む技術は随分と上手いな」
「父さんが安い宝石をため込んでるからね、いくらでも挑戦できた結果だよ」
「そうか。だが、それだけではあるまい」
「うん?」
「この椅子にしても――いや、いかんな、これは居心地が良すぎる。あくまでも形状変化の術式であって、作ってしまえば維持は必要ないところも良い」
「ありがとう」
「もっと嬉しそうにしたらどうだ」
「誰かに褒められるためにやっているわけじゃないからね」
「ふむ。ちなみに、この球遊びはお主もやっているのか?」
「うん、よくご老体と一緒に遊んでるよ。もっと複雑化させてるけど」
「どうりで、最近のグロウは元気なわけだ……」
「パストラル、どのくらい複雑化させているんだ? 何ならやってみてくれ」
「うーん、上手く誘導して、そこらへんに落ち着かせつつ、不具合の調査をついでにしておいて、うちで遊んでるのをさらに改良しようと思ってたんだけど、まあいいか」
「おい」
「うむ、そのくらい計算高くなければな」
「さて、――さて皆様! そろそろ慣れた頃でしょうから、壁の形を変えますね! 球の跳ね方が大きく変化するのでご注意を!」
言ってすぐ、手元のミニチュアを片手でぐにゃりと握った。
四角形だった範囲指定の結界が変化したのならば、ボールも当たり前のように反射しない。特に目で追っていると、すぐ疲れてしまうだろう。
「実際にご老体と遊ぶ時は、全体的にボールを小さくしてるし、速度も上げて強度も上げてるよ。それともう一つ」
「もったいぶるな」
「フェルミさんも遊びたいのかな? あはは、じゃあタイミングを見て、全員を跳躍させて」
「足場か、いいだろう、少し待て。…………――全員跳べ!」
その合図に即応できるのは、やはり騎士だからか。
上下の範囲は1メートル、彼らが着地する前に地形を変化させた。身を隠すこともできるが視界は遮られ、そしてボールの軌道はもう予想がつかなくなる。
「……じーさん」
「うむ、行って来い」
剣を片手に入っていくフェルミは、どこか楽しそうだった。これを球遊びと言っているのも、ここのあたりが理由だ。どうしたってこれは遊びで、遊びとは楽しむものだから。
「何を参照にした変化だ? 結界そのものは何度か握っていたようだが」
「ああ、きみとフェルミさん、それからぼくの声の波長を拾って混ぜたんだよ。そもそも波形のものだからね、その形を地面に与えて変化させた。以前からランダム性に関しては考察してるんだけど、あまり使いやすいものがなくてね」
「ほう、声か、面白いな……わしにはなかった発想だ」
フェルミの怒号が響く。さすがに対応の難易度が跳ねあがり、目の前の状況にしか意識が割けなくなってくると、球に当たりやすくなり、中には赤色の球にあたった勢いで結界の外に弾かれる人もでてきた。
だが、すぐ中に入る。術式もそういう人物に対しては、そもそも出入りとカウントせず、ボールそのものの数にも変化がないよう指定していて、不具合はなさそうだ。
「――そうだ、きみに頼みたいことがあったんだ」
「ん、なんだ?」
「おっと、いくら心地よいからって、寝ると威厳に関わるよ。お疲れなのはわかるけどね」
「大丈夫だ。さすがにこんなところで眠るわけにはいかん」
「ぼくは気にしないけどね。いや、こっちに滞在するのは二日くらいなんだけど、あのご老体から鍛冶屋で荷物を受け取れと言われていて、それはまあ良いんだけど、魔術素材を買おうと思ってね」
「ああ、ならば紹介状の一つも書こう」
「頼むよ、ぼくの楽しみでもあるからね。この特注の魔術品も、納期は一ヶ月くらいかな……サファイアあたりを使いたいけど、予算と相談か」
「先に仕様書を作ったらどうだ? 実際にフェルミも今、経験している。その上でエメラルドならここまで、サファイアならここまでと、性能を決めてやれば良い」
「ぼくは商人じゃないから、どうだろう。正直に言えば、魔術品に全額入れてもいいんだけど――その場合、次は引き受けないことになる」
「だろうな」
いつでも予算内で最大のものを作ってくれる、などと勘違いされるからだ。
「そちらも、わしが口添えをしておく」
「まあ、そっちは期待しないでおくよ、どちらでも構わないから」
「騎士団側はそうもいくまい。……ところで」
今思い出したと言わんばかりに、フォード・フィニーは足を組み替えた。
「魔術品の製作者、
その問いかけに、肩越しに振り返ったパストラルは小さく笑い、おどけたよう肩を竦めて。
「きっと名前を決める時に、植物図鑑でも開いていたんだろうさ」
そうだ、こんな名前に理由なんて、そのくらいでいい。
――まったく、魔術師らしい。
フォードもまた、納得の理由であった。
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