第6話

 その声とともに最高速度で飛び出したイモは、目にも止まらぬ速さで熊の頭めがけて飛んでいった、らしい。

 と言うのも、ほとんど音速を超えてしまっているような速度で飛んで行ったイモを知覚することもできず、俺の目にはいきなり熊の頭が弾け飛んだようにしか見えなかったのだ。

「いや、威力強すぎだろ……。怖いわ……」

 我がことながらドン引きしてしまうような成果に、俺は手のひらを見つめながらブルリと身体を震わせる。

 多少なりとも怯ませるくらいできたら上出来だと思っていただけなのに、まさか即死レベルの致命傷を与えてしまうとは考えもしなかった。

「……まぁ、なにはともあれ今は助かったことを喜ぶとしよう」

 頭部のなくなってピクリとも動かない熊の死体を眺めながら、俺はもう深く考えることを止めた。

「それにしても、この熊はどうしようか……」

 放置しておいてもたぶん問題はないと思うけど、ちょっともったいないような気がする。

 現状ではイモしか食べる物を持っていない俺にとって、熊肉は貴重なたんぱく源だ。

 できれば確保していきたいんだけど、いかんせん俺には動物を捌くスキルもなければ道具だって持っていない。

 それに周囲には熊から溢れた血の臭いが充満していて、その臭いに釣られて他の肉食動物がやって来るのも時間の問題だろう。

「となると、やっぱりこれは諦めるしかないか……。もったいないけど、仕方ない……」

 熊肉と命を天秤にかければ迷う余地もなく、俺は後ろ髪を引かれる思いでその場を後にしようとした。

 その瞬間、近くの茂みがガサガサと大きな音を立てながら揺れる。

「やばっ!? ゆっくりしすぎたか……!」

 どうやらさっそく、血の臭いに釣られたなにかがやって来てしまったみたいだ。

「どうする? 今から急いで逃げれば……。いや、無理か……?」

 森の中で野生動物から必死に逃げる自分を想像して、すぐに思考を振り払うように首を振る。

 ただでさえ足場の悪い森の中で、野生動物から逃げ切れる想像ができない。

 それならばまだ、このまま迎え撃った方がマシだろう。

「大丈夫……、熊だって撃退できたんだ。落ち着いて、もう一回同じことをするだけだ……!」

 自分を落ち着かせるように呟きながら呼吸を整えて、俺はゆっくりと手のひらを茂みに向ける。

 やがてひと際大きく茂みが揺れた後、そこから現れたのは一人の女の子だった。

「おわっ、すっごい! グレートベアーの頭、なくなってるじゃん。……これ、お兄さんがやったの?」

「えっと、まぁ……。そうなるかな……」

 熊の死体を見て無邪気に驚く女の子にいきなり声を掛けられ、俺はただ曖昧に応えることしかできなかった。

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