第5話

 まったく人の手が加えられていない森の中をひたすら歩き続けた俺は、ついに我慢の限界を迎えてしまった。

「いつまで経っても、見えてくるのは木ばっかり……。いったい、いつになったらこの森を抜けられるんだ……」

 歩けども歩けどもまるで無限に広がっているように続く鬱蒼とした森に、流石の俺でも心が折れてしまいそうになる。

「マジであの女神、ふざけすぎだろ……。ついさっきまで日本でのんびり快適に暮らしてた純日本人に、この仕打ちはさすがに鬼畜過ぎるって……」

 なにが「転生しても最低限の生活はできるはず」だよ。

 こちとらまず、その最低限の生活をする舞台にすら立ててないんだぞ。

 もしかしなくても、俺が転生させられたのは森のかなり深い場所だったみたいだ。

 まっすぐ進めばそのうち出られるだろうと高を括っていたけど、これじゃあまるで遭難しているみたいじゃないか。

「いや、みたいじゃなくて遭難してるのか……」

 森の中で右も左も分からない今の状況は、まさしく遭難と言って過言ではないだろう。

「幸いなのは、今のところ危険な生き物が出てきてないことだけだよな。まぁ、そもそも生き物自体をほとんど見かけていないけど」

 時々遠くからなにかの鳴き声が聞こえてくるし動物が居るのは間違いないんだけど、たぶん見慣れない俺と言う存在を警戒して近寄ってこないんだと思う。

「それが森を出るまでずっと続いてくれたらいいんだけど……。そうもいかないんだよなぁ……」

 言った傍から、近くの茂みが大きな物音を立てながら激しく揺れる。

 そうしてそこから顔を覗かせたのは、3メートルはあるだろう巨体をした一匹の熊だった。

「いや、異世界転生して初めて出会うのが熊とか、運が悪すぎるだろ。こういう時って、普通はスライムとかゴブリンみたいな弱いモンスターじゃないのか?」

 スライムやゴブリンを相手にしてはたして勝てるのかと言う疑問はさておき、この状況はさすがに危険が危なすぎる。

 ついさっきまで現代日本でぬくぬくと生活していた一般人代表みたいな俺では、熊と戦って無事で済むはずがない。

 これで戦闘チートでも持っていれば話は別だっただろうけど、あいにく俺に備わっているのは手からイモを出す能力だけだ。

「となれば逃げの一手しかないんだけど、それも無理そうだよなぁ……」

 ゆっくりと後ずさるように距離を取ってみても、すでに俺を獲物として見ている熊はそれ以上に距離を詰めてくる。

 今はまだ向かい合っているから大丈夫だけど、たぶん背を向ければ一瞬で殺されてしまうだろう。

「せめて、少しでも相手の気を逸らせれば……。なら、やるしかないか」

 そこまで考えて、俺は一か八かの賭けに出ることにした。

 熊から目を離さずに手を持ち上げた俺は、その手のひらを相手に向ける。

 そのまま覚悟を決めるように深呼吸をした俺は、気合を入れるように大声で叫んだ。

「イモだって当たれば痛いだろ! 食らいやがれっ!!」

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