第10話 包囲網

 妊娠という言葉を聞いた瞬間、クラスが凍り付いたのが分かった。男子たちはいつもなら絶対にまとまることが無いくせに皆まとめて俺の方を見てきた。


 主に怒りが含まれているようである。


 女子は男子とは瞳に込められている想いは違うものの、明らかに俺を軽蔑するような視線を送ってきている。

 いや、俺が妊娠させた前提になっているのは意味が分からないのだが。


 …でも疑われてしまうのは仕方ないのか。前に授業で妊娠が発覚するのは行為があってから最速で二週間が経つ必要があると聞いた。


 二週間前…つまりまだ俺と葉月が付き合っていた頃だ。疑うな、という方が難しいだろう。もし俺があいつらの立場だったら同じ反応をしたに決まっている。


「葉月ちゃん、どういうこと?虹橋くんとは別れたって言ってたよね?」


「…そうなんだ…」


 葉月は膝をついて嗚咽を漏らす。


「大丈夫、葉月ちゃん?」


「うん、大丈夫だよ」


 明らかに大丈夫そうではない様子の葉月に周りの女子たちが声をかけていく。まずいな、このままだと俺が悪者扱いになってしまう。


 正直…もう手遅れだと思うが出来ることならば弁明くらいさせてもらいたい。弁明さえ聞いてくれないと思うけど。


 無駄か、そもそもこういう問題の場合は当事者が何も言わないことが案外良かったなんてことがあるのだ。

 直接なにかされない限りは何もしないに徹するのみだ。


 俺は机に突っ伏してやり過ごそうとすると、すごい勢いで俺の頭をはたいてきた人がいた。

 音無さんだ。彼女の瞳にはこのクラスの誰よりも怒りが込められている。


「なにするんだよ、音無さん。痛いじゃないか」


「何してるですって⁈あなた、それ本気で言ってるの?」


「俺はなにもしてないじゃないか。皆、なにか誤解してるみたいだけどそもそも俺と葉月はそういう行為をしたことがない!断じて絶対にだ」


「え、そうなの葉月?」


 音無さんの勢いが弱くなった。良かった、話は聞いてくれるみたいだ。


「なんでそんな嘘を言うのさ、真翔。いっぱい愛し合ったじゃない。私をめちゃくちゃにしておいて忘れたなんて冗談にならないよ」


「やっぱりそうなのね虹橋くん。葉月は嘘をつくような人じゃない。なにもおかしいことじゃないじゃない。付き合っている男女なら当たり前の行為なのに、認めないわけが分からない」


 確かに付き合っている男女間では当たり前に行われる行為かもしれないが、俺と葉月では話が違う。


 俺の考えは結婚してからじゃないとそういう行為をしたくないというものだ。もし若気の至りで妊娠などの間違いが起きてしまったら冗談では済まないからな。


「虹橋くん、良い人だと思ってたのに…」


「虹橋とはもう関わらないようにしようぜ。俺らまで腐っちまうからよ」


「そうだな、あんな奴だとは思って無かったわ。流石に引くわ」


 誤解だ、とは叫ばなかった。いや、叫べなかったという方が正しいな。どうやら俺は既にクラス内での人権がなくなってしまったらしい。

 逆に音無さんの好感度は上がっているようだった。


 「ちょっと待ってみんな、私の話を聞いてくれない?」


 どうしたのかと葉月の方を見るクラスメイト達。肝心な葉月は俺の方を見つめながらこう言った。


「女の子を妊娠させておいて別れるなんて不思議な話だよね。真翔には皆よりも先に妊娠したみたいって話したんだ。そうしたらね、私を振ってきたの」


 めちゃくちゃだ。虚言が過ぎるだろうが。


「こんなの許されると思う?おかしいよね皆、女の子を妊娠させておいて自分は楽な道に逃げるなんておかしいよね。責任とってもらわないとだよね?」


「確かに」

「そうだそうだ」

「責任取りやがれ!」


「だって真翔くん。もう一回付き合ってくれるよね?ううん、私と付き合ってほしいな、真翔?」

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