第2話 愛する勇気がある者には、必ず苦しむ勇気がある

 一瞬この場が凍ったような感じがしたのは俺の気のせいだろうか。


 あれエアコン消えたのか。さっきまで暖房が効いて暖かったが少し寒い気がするな。気のせいではないと思う。なにかしら原因があるに違いない。


 まあいい、ついに彼女に別れを切り出してしまったのだ。今更引き返すことなんて出来ないので話を進めよう。


「突然で申し訳ないと思ってる。でもこれにはちゃんと理由があって」


 なぜ俺は言い訳をするような雰囲気で話しているのだろう。言い訳などではない。


 葉月は俺が別れの話を始めてからずっと俯いたままで俺を見てくれようとはしない。怒っているのだろうか。それとも喜びが抑えきれていないのか。


 後者じゃないことを願うが、俺から別れを切り出しているのだから葉月がどう思おうと俺に口出す権利など存在しない。


「理由を教えてくれないかな?」


 二人の間を沈黙が襲ってからしばらくして、突然葉月が口を開く。


「そうだな…分かった。話すよ」


 それから俺は昨日考えたこと、つまり俺は葉月に釣り合っていないという節を話した。

 不思議と俺は事情を話すときに驚くほど冷静で入れた。きっと悲しみを乗り越えたのではないかと思う。存外、覚悟が出来ていたのかもな。


「というわけなんだ。自分勝手かもしれないけど、熟考してたどり着いた結果なんだ。葉月なら分かってくれるだろ?」


 彼女の返事はない。


 気まずいな。今日から俺は葉月とは何の繋がりもない関係になる。恋人だった同士が別れた後に仲睦まじく友達としてやっていけることなんてほとんどない。


 俺ももちろん例外なくこれから葉月と友人としてやっていけるとは思わない。彼女と話すのは今日、今が最後になることだろう。


 沈黙は肯定ととらえる。葉月はどうやら分かってくれたらしい。なぜ黙っているのか分からないが、複雑な心境にあるに違いない。

 俺だってそうなのだから葉月がそうじゃないわけがないのだ。


「じゃあ、俺は帰るから」


 そう言うと俺は懐から財布を取り出して二人分の料金を机の上に置く。葉月は俺が店を出るときも俯いた顔を最後まで上げることをなかった。







 ☆☆☆


 私、柊葉 葉月にとって彼氏の真翔は命よりも大切な存在だ。


 まだ私がこっちに引っ越してきたばかりの頃、クラスの女子たちによって虐められていた私を救ってくれたのはクラスの地味青年、真翔だった。


 初めて彼を見た時はなんだあの地味な男はなんて酷いことを思った。顔は特別良くないし、髪は整えられていないし、秀でた才能があるわけでもない。


 正直言って魅力を感じなかった。


 でもいじめから救われた日から私の彼への気持ちは百八十度変わることになる。


 彼と関わるようになってからは毎日が虹色のように楽しい日々になった。不思議と彼との会話は話が尽きなかったし、同時に笑顔も絶えなかった。


 仲良くなってしばらくして私は彼から告白された。どうやら彼は私を一目見た時から好きになっていたらしい。


 それが私にはたまらなく嬉しくって、迷うことなく告白を受けた。恋人のなってからはますます楽しい日々を送るようになっていって、これからも二人でずっと一緒に過ごしていくんだろうな…って思っていたのに。


「葉月、別れよう」


 意味が分からなかった。


 だって私は彼、真翔のことを病的なまでに愛していたのだから。

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