第一章②
地下室以外はひたすらノスタルジックなだけで、どこかを開けたらピカピカの隠し部屋があって最先端のハイテク機器がお目見えするとか、壁一面にズラリと武器が並んでいるなんてこともない。ハイテクどころか、狭くて暗くて急勾配な押入れの階段なんて、注意を払わないと転落しそうになる。
戸外との出入りに使うのは、もっぱら二階の部屋の玄関だ。だから外出のたびに、外階段も含めて都合三階層分の昇降を余儀なくされる。
ただ、地下室以外は使えないってわけじゃなく、建物内にある出入口の
空っぽの三階は
本当なら二階の玄関で靴の脱ぎ履きを完結できれば面倒がないのに、一階の廃店や地下室が土足とくる。これについては遠からず改善を求めたいと、中野は
そのほかには屋上の出入りも自由で、天気さえ良ければ洗濯物を干したりビールを飲んだりと、なかなか快適な使い方ができた。
一方、
玄関の正面に位置するドアは射撃訓練スペースの出入口で、特殊な壁を組んだ細長い内部は跳弾防止がどうとか、停弾装置がどうとか──坂上が一度、気のない口調で簡単に説明してくれたけど早々に忘れてしまった。
さらに、そんな部屋があるにもかかわらず、室内に入ってすぐの壁一面が跳弾防止材で覆われ、簡易のバックストップとして使われている。
ちょっとぶっ放したい、だけど射撃訓練部屋に入るのは面倒……というときに、坂上がふらりと弾を撃ち込むための仕様だ。が、そんな気分になること自体、中野には理解しがたい。
とにかく、相変わらず帰ったり帰らなかったりの同居人がいないとき、扉を閉めてしまえば外界の音が何ひとつ入ってこない部屋で中野はひとり過ごすことになる。
深夜、不意に
ここで暮らしはじめた頃、中野は一度こう尋ねたことがあった。
「俺までこんな生活しなきゃならないぐらい、アパートの事件を目撃したのってヤバいことだった?」
すると数秒の沈黙を挟んで、坂上は素っ気なく答えた。
「知らないほうがいい」
「あ、そう……でも家をこんなに頑丈にしても、普通に毎日会社行ってるしさ。外で何かが起こるチャンスはいくらでもあるよね」
「その可能性は低いし、できる手は打ってある」
「どんな手?」
「あんたが知る必要はない」
「あぁ……そう」
会話はそれだけだった。
喉に手を突っ込んで情報を引っ張り出せるなら試してみるけど、そういうわけにもいかない。それに、何だかんだ言ったところでまた引っ越すのも面倒だし、こんな部屋だからこその利点がないわけでもない。
筒状の金属がゴトリと音を立てた。
ダイニングテーブルの上では、さまざまな形状のパーツやら小さなピンやらスプリングに至るまで、完膚なきまでにバラされた銃の部品が神経質なくらい
地下室での共同生活がはじまると、坂上は中野の前で堂々と鉄砲を出すようになった。それでも
中野は目の前で進行中の作業を見るともなく眺めて、ボトルビールを口に運んだ。
黙々と銃のメンテナンスをする彼の姿は、夢中でブロックを組み立てる男児を
ところが、見た目が普段と変わらないからって、油断して話しかけようものなら生命の危機が訪れる。
彼の場合、特に分解と組み立て、とりわけ組み立て時が最も要注意で、一度そのタイミングで鉄砲の素材について質問しかけたら無言で別の銃を向けられた。
おざなりに向けただけじゃない。片手でしっかりグリップされたソイツが真っ直ぐこちらを狙い、銃身の延長線上から
以来、銃の分解がはじまったら声をかけないことにした。
中野はリモコンを引き寄せ、テレビをオンにしてボリュームを絞った。銃のメンテナンス中であっても話しかけさえしなければ、テレビを
二人ともバラエティ番組は好きじゃないから、動画配信サービスの海外ドラマにチャンネルを合わせて適当に番組を選び、ボトルをひと口
坂上が持ち帰るビールに決まった銘柄はなく、大抵は海外の銘柄で、都度さまざまなものがお目見えした。今夜のラベルは、頭に王冠を
特徴的なフォントを直訳すると、ゾンビの──
中野はゾンビの塵を飲みながら画面のドラマを目で追い、時折テーブルの向こうの同居人を観察した。
銃の世界には明るくないから、いまそこで分解されているのがどこのメーカーの何というモデルなのかも、並んだパーツたちがそれぞれどんな役割を果たすのかも知らない。ただ、集中している彼の顔を眺めるのは好きだった。
やがて、坂上が慣れた手つきで銃を組み直し、グリップにマガジンを突っ込んで遊底をスライドさせるなり、前方に腕を伸ばして立て続けに三発ぶっ放した。
中野の隣の席越しに飛んでいった鉛玉が入口脇のバックストップに吸い込まれたであろうことは、振り向いて確認するまでもなくわかった。
が、ちょうどそのときテレビの画面でも元FBIエージェントの女が
「撃つ前にひとこと言ってくれると有り難いな。この距離だと、さすがにびっくりするから」
「いるのを忘れてた」
「またまた、そんな」
坂上はそれ以上反応せず、テーブルに銃を置いてキッチンに消えた。
中野も椅子を立って彼を追い、冷蔵庫を
「あんた、ピアスしないの?」
尋ねると低い
「しない」
「せっかく開いてんのに?」
「開けたのはガキの頃の若気の至りだ」
「へぇ、そんな頃のあんたも見てみたかったな」
「────」
何か言いたげな風情の短い沈黙が訪れ、すぐに素っ気ない声音が投げ出された。
「とにかく、もうその穴は使わない」
「なんで?」
「質問が多いな、あんた」
「ピアスの穴を使わない決意の理由ぐらい、別に教えてくれても良くない?」
「目印を作らないために装飾品を使うのをやめたってだけだ」
もっともらしい答えではあった。坂上には個性というものがない。
形状と配置は整っているのに、そうと思って見なければ気づかない
会話はそこで途切れ、その先は彼の服を
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