第27話 二つの名前







  カスガは先客の女性とテーブルを挟んで楽しそうに談笑している様子だった。


 私としては不思議なことに、思わず焼き餅を妬いてしまったのか、気になって好奇心の赴くがまま静かに、気配を消しながら近付いて、楽しそうに話すカスガとテーブル越しに話す女性のハスキーボイスで奏でられた関西弁に聞き耳を立てていた。


 しかし、最初から気付かれていたのか、泳がされていたのか、不意にカスガの方から声をかけられた私は、思わずビクッと反応したのは言うまでもない。


 呼ばれるがまま彼の隣へとやってきた私は、テーブル越しに対面する女性のご尊顔を静かに眺め、一通りの紹介をカスガにお任せ。


 狐顔美人のドイツ系関西人という、なんとも情報量の多いナギさんの親友が、ここのきつねうどんを絶賛しているという話は聞いたばかり。


 もしかしたら、彼女が噂の主なのだろうか?……確かに狐顔美人であり、どことなくハーフっぽい顔立ちだ。


「はじめまして。うち、新木 志苗(アラキ シナエ)いいます。よろしゅうたのんます」


「風見 日向子です」


 それとも私の思い込みだったのか?


 普通に日本人の名前、狐顔美人の関西人に間違いはないけれど、ドイツ系はいったいどこへ旅立った? フランクフルト国際空港か?


「うちな、カスガ君から色々聞かせてもろたんやけど、あんたなかなかおもろいみたいやな? 入学初日からトラブル言うたらあれや、ナギと同いやな」


「ああ、聞いたところ同級生にからかわれ、頭に来て思い切りよく足を踏み抜いた。しかもご丁寧に両足バランス良くやってくれたものだ。ああ、あとであのクソガキからタクシー代を請求しないといけないな?」


「あんた、かわええ顔してなかなかヤンチャしやはりますな。ほんでイナ先生と雑談しとったっちゅうわけやな? ヒナコちゃん、あんましイナ先生に迷惑かけたらあかんで?……ナギが焼き餅妬いてえらいことなってまうわ」


 シナエさんの口から出てくる小気味の良い関西弁に乗ってきたナギさんとイナ先生の名前からして、おそらく彼女がカスガの言ってた人物であるのだろう。


 私とは対照的に、よく喋る彼女のペースに巻き込まれ、シナエさん劇場を立ち見したままお腹が減る一方だ。


 チケット代わりに食券を買った方が良いのかな?


「……せや、ヒナコちゃん。あんた腹減っとるやろ? うちがご馳走したるから、一緒に食券機まで行こか。カスガ君、あんたはなに食べるんや?」


「今日はきつねの気分だ」


「ふっふっふっ、あんたようわかっとりますな。そらうちが絶賛するんやから当然やろ? こっちのケツネもありっちゃありやからな。ほな、ヒナコちゃん、行きましょか」


 シナエさんは喋り倒すだけでなく、さりげない気遣いも出来る大人の女性なのだろう。


 席を立った彼女は、当然のように小さな小さな私よりも大きく、ナギさん(191cm)を基準にすると世界はバグるから例外として、シナエさんにとっての平均値は、ただの通過点らしい。


「なんや、ヒナコちゃん。そらナギと比べたらうち、ちっさいもんやろ?」


「シナエさん、その、私の前で身長の話は勘弁して欲しい……」


「あっ、ごめんて、うちそないなつもりとちゃうねん」


「大丈夫です、ところでシナエさん、身長は?」


「うちか? 174cmを行ったり来たりしてはりますわ」


 シナエさん、あなたは普通に考えて凄く大きいです。


 食券機を前に二人で並べば殊更に、大人と子供、親子かってぐらいに悲しくなるものだ。


 シナエさんが券売機にお金を入れて、私に好きなものを選べと促す視線の先は、実質きつねうどん一択な気がするのはなんでだろう?


 あるいは、小さな小さな私を気遣い、今すぐにでもシナエさんが、熱視線を送っている先にあるきつねうどんのボタンに手を伸ばしてもおかしくない。


 ごちそうになる以上は、文句を言うのは筋違いだけれど、それはそれとして、例えばここにナギさんが並べば、私はまるで白亜期にタイムスリップして、恐竜たちに囲まれているようなものだと想像してしまう。


 なんだろう、今日知り合った人全員が、私よりも大きいのはなんでだろう?


 最高にクールで快適なボッチライフにお別れを告げたこと、まるで成長をする気配のない身長、まな板に悲しみを覚える一方で、不思議とワクワクするのは、心の底にあるなにかが、恐竜のような速度で進化しようとしているのかもしれないね。


 さて、想像力の赴くがまま、空想に浸ってしまったものだ。


 シナエさんの熱視線が注がれている先、きつねうどんのボタンに手を伸ばそうとした……その時だった。


「おーい、ウィラ」


「ナギ!?」


 ウィラ?……いや、ウィラって誰?


 なんだか外人みたいな名前だなと思いつつ、声のした方へと振り返れば、隣にいるはずのシナエさんが消えていて、更に後ろへと視線を移せばナギさんがいた。


 ウィラと呼ばれたシナエさんは、一目散にナギさんへ向かって駆けた後、ダイナミックに飛び付こうと……待って、ナギさん怪我しているから!?


 ナギさんの事情を知らず、まるで無邪気な子供のように飛び付いたシナエさん? それともウィラさん?


 ともあれ、どうなったかは想像に難いだろうし、今日一日の出来事としては、まだ始まったばかりなんだ。


 私が語れば語るほどに、もっと長くなる濃密な一日だから、いったんここで一区切りさせてもらってもいいかな?


 それじゃ、続きはまた今度───。







 ───『ミニマムで凶暴な 風見 日向子(カザミヒナコ)は、ボッチだけど最高にクールでご機嫌なハイスクールライフを満喫するはずでした……』




 ───cut!




  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る