第26話 噂の狐顔美人のドイツ系関西人?








  生徒指導室を後にした私は、逸る気持ちと空腹を抑えきれないまま、廊下を走る訳にはいかないから小走りで、むしろ突如として小躍りをする不審者となり、食堂の方へと向かって駆け出した。


 携帯端末を片手に取り、メッセージを確認すれば浮かぶカスガの名前。


 今日までボッチだった私の携帯端末らしく、全く容量を食わない連絡帳に一人が仲間入り。


 チョウ・ユンファの物真似をした、チャイニーズマフィアにしか見えないカスガからのメッセージは、実にシンプルなものだった。


『イナ先生との歓談は楽しんだかい? こっちは席を確保したから、終わったら早く来い。お腹、空いただろ?』


 私が初めて入る学生食堂は、いったいどのような感じなのか、想像してみればみる程、カスガには似合わなすぎて笑えてくる。


 彼の紳士的な態度には好感を持てるが、食堂の一角の空気はきっと最悪なことだろう。


 誰も怖くて近寄れず、テーブルに脚でも投げ出して座って待っているのかもしれない。


 ああ、普通に考えたら関わりたくもないが、どうも悪い扱いをされている訳でもないから、ここは素直に心の中で感謝をしておこう。


 小躍りしながら静かに駆けていけば、やがては食堂に繋がる棟へとたどり着き、階段を昇れば目的地。


 生徒指導室でイナ先生と二人きりの歓談を楽しんだお陰か、昼時のピークも過ぎて学生たちの姿もまばら。


 午前中で終わりの私たち一年生にとって、今日だけは特別な貸し切り状態に等しいことだろう。


 食堂の中へと入れば、メガネ越しに少しもボヤけて映るカスガと……ちょっと眼鏡が曇ったのかな?


 それとも私の視力が、更に絶望的な数値を叩き出したのか?


 見間違いでなければ、カスガは女性らしき人とテーブルを挟んで楽しそうに談笑している。


 ナギさんではない、ナギさんだったら縦のスケールがデカ過ぎるから見間違えるはずもないし、そもそも金髪のショートヘアだからね。


 もう少し近付けば、近眼の私でも眼鏡越しに情報量が増えることだろう。


 一歩、また一歩と近付いているものの、カスガは目の前の女性との会話に夢中なのか、まるで気付いた様子はなく、あんなにもいい笑顔を見せるものだから……なんだろう、ちょっとだけ嫌な気分だ。


 だけど、折角のランチに誘ってくれたのだから、私を邪険にすることは無いと思いたいね?


 一方、カスガと話す女性だが、後ろ姿からわかることとして、少しウェーブのかかったアッシュブラウンのセミロングヘアーが美しく、それでいて明らかに、私より身長が高いことだけは確かだ。


 小さな小さな私らしく、スニーキングスキルを駆使して更に接近すれば、はからずも聞こえてくる会話の内容に、思わず聞き耳を立ててしまう。


「……ほんであんたはうちとの約束、ちゃんと守ってくれたんやからな。生きとったら儲けもんや。あんたまた一回生からやけど、今はな、あっちの情勢は安定しとるし、卒業まで急な海外行きはあらへんから安心しぃ? 姉ちゃんがな、あんたを守ったるから、今を目一杯楽しまなあかんで」


「ああ、ありがとう、とても心強いね。ここなら弾は飛んでこないからね」


 気配を消してそっと聞き耳を立てる私は、少しモヤっとした感覚をお供にしながら情報を整理した。


 今朝、初めてカスガに会ったときだったか、ナギさんとの会話の中で、「ここなら弾は飛んでこない」と言っていたことを覚えている。


 イラク、アフガンよりも快適とも言っていたぐらいだから、なにかしらの秘密があってもおかしくないのだろう。


 なんともキナ臭さを感じるワードチョイスだが、ナギさんのときと同じくして、気心の知れた間柄なのだろう。


 なんとも心地よいトーンのハスキーボイスで、関西弁を喋る彼女にもこぼしているのかもしれないね……そう言えば、さっきカスガの口からでた、狐顔美人のドイツ系関西人って、もしかしたら彼女のことだろうか?


 気になった私は、気配を消したままもう少しだけ、近付いてみたいという好奇心に身を任せるか、一区切りが付くまで静観しようか、小さな葛藤を余所に会話は続く。


「……せやな、ここなら安心や。それにうちな、あんたの姉ちゃんみたいなもんやし、お節介かもしれへんけど、世話焼いて当然やろ? せやからな、うちじゃどうにもならんような、仕方あらへんときもあんねんけど、そらそんときはな、ちゃんと休学申請出しとくんやで?」


「ああ、毎回出し忘れたおかげで、四回目の一年生だからな?」


「あんたの友達、もう卒業しとるで?」


「ああ、おかげでしばらくボッチだったが……今日はいいご縁に恵まれた。早速紹介するよ、カザミ」


 気配を消していたつもりだったけど、早々に気付かれていたのか、果ては泳がされていたのか、紹介と言うなら空気を読んで彼の隣に立ち、噂の狐顔美人のドイツ系関西人のご尊顔とやらを確認したくなるよね?───。








 

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