第25話 生徒指導室
◇
私の自己紹介が終わり、有象無象たちの自己紹介を聞き流していれば、あっという間に新入生向けのチュートリアルは終わりを告げた。
明日からは通常通り、授業が始まることを告げられるも、最初の授業も同じくしてチュートリアルから始まるのであろう。
願わくば、自己紹介はもうお腹いっぱいなので、明日の授業はある程度省略、さっさと進めてくれるといいな……そう願いながら明日の時間割を確認して、配られた教科書を置いていくもの、持って帰るものを仕分け、今日はこのまま解散するはずだった。
「カザミ、連絡先の交換をしようか」
私が帰り支度をしていると、後ろから声をかけてきたチャイニーズマフィアは、携帯端末を手にして準備万端の様子。
「いいよ、ちょっと待ってて」
彼と同じく携帯端末を取り出した私は、それまで友達のいないボッチらしく、シンプルで殺風景過ぎる連絡帳を開けば、その先の操作に手間取ったのは言うまでもない。
悲しいことに今まで連絡先の交換、追加をする機会なんて皆無だったからね。
面倒だったのもあってか、好きにしてくれとばかりに携帯端末を手渡し、彼に任せればあっという間に事は済み、返された端末の連絡帳を開けば、追加された、『カスガ トラチヨ』の文字列が輝いて見えたのだ。
中学時代までと同じくして、気ままなボッチライフを過ごすはずだったけれど、これもなにかのご縁なのだろう。
嬉しい反面、私の目指したボッチライフは、東西冷戦の終わりを象徴する、ベルリンの壁のように崩壊していったのだ。
「先に席を確保しておくよ。それじゃ、終わったぐらいに連絡する」
「ありがとう……終わったぐらいに連絡?……どう言うこと?」
私の疑問に答えることなく、カスガは教室を出ていったことで、置いてけぼりを食らったまま、呆然としていたときだ。
「カザミ、ちょっといいか?」
カスガと入れ替わるようにして、突然イナ先生から声をかけられた私は、なにか思い当たるふしでもないかと考えてみれば……いくつか思い当たる。
多分あれだ、入学式のときのトラブルかな?
ある程度は覚悟をしていたけれど、イナ先生に呼ばれるがまま、生徒指導室までエスコートされたことにより、当たっても嬉しくない予想は大当たり。
生徒指導室そのものは、中学時代で度々お世話になったけれど、入学初日からお世話になるなんて思わなかったよ?
もちろん弁明はするし、やり過ぎと言われたら……そりゃそうだとしかいえない。
「カザミ、結論から言う。とりあえず今回の件だけど、学校側はなにも証拠を掴んでいないし、警察沙汰にも停学にもならなかった。今回は運が良かったな」
「なんの話?」
「よく言うぜ? そりゃあ売られた喧嘩を買う気持ちはわかる。カザミはさ、絶対に泣き寝入りなんてしないだろ? だから徹底的に潰して、二度と逆らえないようにするのもわかる。今回はどさくさ紛れだったからさ、うまく誤魔化せたけれど……次は保証できない」
「……悪気はなかったんだ、私は近眼だからね……行き先を邪魔されてたなんて知らなくて、足を踏んづけてしまったよ」
「……ご丁寧にも両足を踏み抜いていたよな?」
「さあ?……そうだね、言葉の壁でとんだトラブルに巻き込まれたよ」
「まだ自己紹介する前でよかったな? ああ、不運にも彼は両足を変な方向に捻ったらしい。だから不幸で間抜けな事故ということで処理した。カスガの言ったように、彼は病院送りだ」
「そう、チビの女にやられたって言ってたの?」
「ああ、そうだよ。えらい具体的だったけど、誰のことかわからないから不幸な事故」
「そいつの行き先は、動物病院かな?」
「お前から見れば、タマも根性もないってか?」
「ついでに理性も、かな?」
生徒指導室にて行われた、担任のイナ先生と生徒である私の二人は、指導とは程遠いブラックユーモアでお互い大口を開けて笑い合い、なんとも言えない心地よさを感じるがままに時は流れていった。
イナ先生だけは気付いていた、けれど実質見逃してくれた特別感に、私は内省しながらもほくそ笑みを浮かべた。
そんな私のことをお見通しなのか、イナ先生から一通り形式上の注意を受けて、解放される頃には昼時か……お腹が空いたかな。
学食のある建物の方に目をやれば、生徒たちでごった返している光景が目に入り、お宮参りのようなことは心底御免だと思いつつ、今日のお昼はどうしよう?
そんな私のことを見透かしていたのか、ふと携帯端末が震えていることに気付いて手に取れば、画面に表示された名前を見てほんの少しだけ、広角が上がったのは言うまでもない───。
◇
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