第22話 植木鉢に拳銃を隠してないよな?








  イナ先生によるスタンダップコメディを堪能した余韻に浸り、好奇心の赴くままに気になる後ろの席から放たれる、ただならぬ威容の正体を調べてみれば、思わず噴いてしまった。


 どこからともなく沸き立ったワクワク感が、心の底でくるりと踊ればあっという間、鳴り響くチャイムにため息を一つ。


 どことなく名残惜しさを感じながら、私はゆっくりと席に着いた。


 チャイムが鳴り終わり、イナ先生が着席を促すものの、未だ着席をしないクラスメイトたちがいるのか。


 イナ先生は困ったような表情を浮かべ、やれやれと肩をすくめて一息ついた後、さっきのスタンダップコメディは、好評につき続編を決定したようだ。


「さ、次はみんなに思い思いの自己紹介をしてもらおうか……さて、立ち仕事を続ける君たち、そう、君と君だ。始業のチャイムを聞き逃したのかな? それじゃ、熱心な君たちは待ちきれないようだし、さっそく始めてもらおうか。ああ、教壇からの眺めは最高だから、こっちに来るといい。もし、心の準備をしたいのであれば、一旦席に着こうか……さ、選びな?」


 イナ先生のユーモア溢れる語りに、教室中から笑い声が溢れ、チャイムを聞き流した奴らも心の準備が出来ていないからか、素直に従ったようでほっと一息をついた。


 次の時間はそうだね、本来ならば私の苦手な、むしろ大嫌いな自己紹介の時間に充てられているけれど、遅れてやってくるであろうヒーローの登場をお待ちかねだ。


 ヒーローの到着はいつ、いつかはわからないけれど、遅れてやってくるカスガは、いったいどんな自己紹介をしてくれるのだろうか? 


 もっとも、ヒーローと言うよりは……ユニークなダークヒーローと言うか、チャイニーズマフィアだけどね?


 イナ先生から空席の主について、特に説明もなく、自己紹介用のプリントを一人一人に渡し、その度に一言二言交わす彼の気遣いなのか、ヒアリングも兼ねているのかはわからない。


 個人的に思うところとして、有能な変わり者の教師であることには間違いないだろう。


 通常であれば、最前列に人数分のプリントを配り、自分の分を取って後ろに渡していくものだと思っていたものだから、少しの驚き、ワクワク感をもたらしたイナ先生はゆっくりと、ついには私の目の前へと回って来た。


「カザミ、後ろの席が気になるようだね? お待ちかねのカスガだけど、そろそろお出ましだ」


「そう、花でも添えておく?」


「ああ、きっと驚くだろうけど、もう今頃お花を摘んでいるのかもね」


 イナ先生と一言二言、ジョークを交わせば自然と溢れる笑い声が心地よく、プリントを渡たされ、次の人に向かう背中を引き留めたいけれど、それじゃあ時間がいくらあっても足りないよね。


 カスガか、流石にサングラスを掛けたまま教室に入ってくる訳は無いよね?


 各々が奏でるペンの音をお供にして待つ間、自己紹介欄をほどほどに埋めていれば、どれぐらいの時間が経ったのだろう。


 静かな廊下の方から聞こえてきた、いくつかの足音、重厚な杖をつくような段々と音が近付きつつあった。


 まもなく教室の前に迫った頃、あわただしくも楽しい朝に聞いた、ナギさんとカスガの声で奏でる、英会話までもが聞こえてきたのだ。


 扉の方に視線を移し、今か今かと待ち構えていればゆっくりと音もなく開く扉……男たちの挽歌のオマージュか?


 そして、突然現れたチャイニーズマフィアに驚くクラスメイト達。


 よく似合っていたレイバンタイプのサングラスを外した彼の素顔は、思ってたよりもベビーフェイスだった。


 まるで香港映画スター気取りのカスガは、小さな小さな私の存在に気付いたのか、とても優しい笑みを浮かべた。


 私も精一杯の笑みを返したものの、教室の空気は凍りついたままだから、一匙のジョークを頼むよ───。







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