第23話 チャイニーズマフィア劇場








  教室の引き戸が音もなくゆっくりと開き、姿を露にした大男は、私が思っていたよりもベビーフェイスなチャイニーズマフィアこと、カスガだった。


 教室に入ってくるなり、これまたチャーミングな笑みを浮かべる様は、まるで若かりし日のチョウ・ユンファに似ている香港映画スター気取りだ。


 早々にイナ先生へのご挨拶を忘れず、年上に対しても案外礼儀が正しいものだと感心した一方、チャイニーズマフィアの登場に教室はシーンと静まり返り、クラスメイト達は凍りついていた。


 私と同じく東洋人らしいベビーフェイスとはいえ、どこからどうみても学舎がまるで似合わないズートスーツを着こなし、上質なロングストールを垂らしたチャイニーズマフィア。


 申し訳程度に東方共栄学園のロゴをポン付けした、アンバランスさはなんというか、やっぱり偽造ビザで不法入国、不法滞在をするチャイニーズマフィアそのものにしか見えない。


 香港映画で例えれば、男たちの挽歌のような、硝煙の匂いを遠慮なくぶちかます男くさいガンアクションがお似合いだ。


 それこそ今から自己紹介の挨拶代わりに、二挺の拳銃を抜いたり、火薬の量を間違えたりしていないか、想像しただけで命がいくつあっても足りず、ハラハラするのはスクリーンの中だけにしてほしい。


 教室の凍りついた空気そのまま、チャイニーズマフィアに続いて、更に長身のハリウッドセレブのようなナギさんもお出ましだ。


 凶器に等しい杖のような映画の小道具を持ち込んで、教室中に睨みを利かせる彼女の姿を前にすれば、穏やかな陽気の外からは、鳥たちのさえずりがよく聴こえる程に静まり返っていた。


 そろそろ一匙のジョークを挟んでくれないと、永久凍土に埋まるマンモスのように凍りついたままだから、どうかよろしく頼むよ。


「Hey, matter f**kers! How are you?(よう、クソッタレども! 調子はどうだい?)」


 教壇の上に立ったチャイニーズマフィアこと、カスガは開口一番、元気いっぱいのご挨拶をするも合いの手すらなく、教室の空気は凍りついたまま、まるで溶ける気配すらない空気に、いったいどうやって打ち解けようと言うのだろうか?


 おっけい、わかったよ、私がなんとかするから続けてくれよな。


「F**king awesome!(超最高だよ!)」


 静まり返っていた教室に、私が精一杯の声を上げて応えれば、カスガ、イナ先生、ナギは大笑い。


 よくわからないままに釣られて小さく笑うクラスメイトたちで、やがては大きな渦となり、凍りついた空気は徐々に溶けていった。


 落ち着いた頃合いを見計らい、教室中を見渡していたカスガは、片手をゆっくりと控えめに挙げ、ゆっくりと二の句を告げた。


「わかったわかった、俺の目の前にいるかわいいおチビさんは、ちゃんと理解しているようだけど……お前らに英語はまだ早かったから日本語で話すよ? 英語を担当する、この牛久大仏みたいなナギ姐の授業を真面目に受ければさ、スラム街の日常会話程度には困らないぜ?」


 おい、誰がおチビさんだよ?


 チャイニーズマフィアにしか見えないカスガが、スラム街と口にすれば、ちらほらと笑い声が聞こえてきた。


 どちらかと言えば、牛久大仏と言われてもなんら違和感のない、ナギさんのことで笑いのツボに入ったのかもしれないけれどね。


「今はナギ姐の紹介じゃなかったな。それじゃあ改めまして……俺の名前は、カスガ トラチヨ。諸事情があって四回もダブっているからさ、入学式で新品の制服を着たお前らに恥をかかせる訳にもいかないし、なによりもまた校長先生の長話を聞くのは勘弁して欲しくてね? ところで、最後まで校長の話を聞いていた猛者はいるかい?……ああ、それはそれは、凄い真面目な人もいるんだね。御愁傷様、今度からいい夢見ろよ」


 イナ先生もそうだけど、カスガも口を開けばこの通り、チャイニーズマフィアのような見た目に反したベビーフェイス、そしてユーモアの溢れる最高に面白い男なんだよね。


 軽快なノリで続くスタンダップコメディで、カスガはクラスメイトたちを魅了し、そろそろ終盤に差し掛かったのだろうか。


 大人の余裕を一足先に身に付けていたカスガに対し、私は羨望の眼差しを送るけれど……一つだけ、お前はやらかしたよな?


 カスが、人前でチビと言いやがったこと、覚えておけよ?───。







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